Mirror Moon











鏡を見つめるたび、私はそこに居る“貴方”に触れようと手を伸ばし続けていた。
しかし掌に触れるのは、冷たい硝子の感触。
脳裏に浮ぶのは決して微笑む事のない、記憶の中に居る貴方。



 M  i  r  r  o  r
 M  o  o  n



薄暗い室内。
柔らかい寝台の上に優しく押し倒される。
血の通った温かい貴方の手が、私の手首をやんわりと拘束し、吐息と視線が絡み合うほどに互いの顔が近づく。
「シド・・・。」
耳元で響くのは、甘い甘い貴方の声・・・。
もっとその声を聞いていたくて、私は貴方の首に両腕を絡めていく。


貴方と育む、夢の様な時間。
全てに恵まれながらも、“貴方”を諦めて生きていた時間。
対極にあるそれらの時の狭間に何故か、ふとした瞬間立たされる。
そして、その刹那に過ぎっていく消せない記憶。

忌まわしい因習の犠牲になって捨てられた貴方。
その存在を知ったとき、どれほど会いたいと触れたいと希った事だろう・・。
しかしそれは、あの日に見た貴方の殺意と憎しみが込められた視線によって、決して叶うはずのない想いだという事も判っていた。
でも、それでも・・・。
判っていながらも貴方を求める気持ちは抑えることなど出来はしなかった。

溢れ出る、狂気にも似た貴方への想いから・・・、私は、自室にある鏡を見つめ、その中に居る自分を通じて貴方に語りかけていた。
他愛の無い事、貴方の知らない私の事等・・・。
一人よがりの会話が不意に途切れると、触れられるはずも無い貴方を感じようとヒヤリとした鏡に触れていた。
しかしそこから貴方の温もりなど感じるはずも無く、ただ冷たさだけが伝わるだけで。

『・・・バ・・・ド・・・。』
小さく貴方の名前を紡いでも、鏡の中の自分もそれに合わせて言葉を紡ぐだけで。
『・・・・・。』
それでも諦めきれずに鏡に居る彼に向かって、吸い寄せられるように自らの唇を寄せていっても、伝わっていくのは・・・。


「んっ・・・!」
荒い息の元、与えられるのは熱いキス。
繋がった互いの身体を更に溶け合わせる為に、貴方の舌が私の舌を貪るように捕らえていく。
「ひっ・・・、あぁ・・・!」
つー・・・っと、細い糸が唇を結び消えていく中、奥に突き入れられる快感に身悶える。
「愛している・・・、シド・・・。」
私の上にいる、“ホンモノ”の貴方からの甘い束縛の言葉。


温かい・・・。
熱い・・・。

以前の自分には想像もつかなかった生々しい交わりと、それが齎す満たされない飢餓にも似た愛おしさ。


温もりを感じ得ない貴方に泣いていたあの頃の自分。
近づくどころか、その姿すら目に触れることすら叶わなかったあの日々。
それらが、渦の様に襲い掛かる快楽と共に、頭の中で白くフラッシュバックしていく。


「私・・・も・・っ!」
その後の言葉は、貫かれる悦楽に飲み込まれて音にならない。
言葉の変わりに、その背中に両手を回してしがみ付く。



このまま・・・・。。

このままで・・・。
あの日、冷たさと悲しみに泣いた絶望を、 貴方の与えるもの、全てで解いて行って・・・。
そして。
私と共に、果てしない闇の中へ堕ちて行って・・・。

鏡像でも影でもない、生身の貴方を、もう何処にも行かせはしないから――・・・。





戻ります。