何もかも、恵まれた環境で育った私――。
その人生の中で、何一つ思い通りにならなかったことなんて無かった。
そう・・・。
あの日に貴方に出会うまで・・・。
目 々 蓮
古の封印から甦った、神闘衣を身に纏い、切って落とされた女神の聖闘士たちとの聖戦。 全ては我等が主、ポラリスのヒルダ様の御言葉のままに。 この北の不毛な大地から抜け出して、一挙に日の当たる地へと進出する最初の足がかりとして、聖域を墜とす。
全てはアスガルドの民達のための――・・・。 そのための聖戦。 そのために我等は命をかける。
北極星に集いし選ばれし七人の戦士とそして――。 あと一人・・・。
「シド・・・。」 一向に降り止まぬ雪を眺めていた私を呼ぶその声に振り向くと、そこには見知った男が立っていた。 北欧伝説最強の勇者と同じ名を持つ、気高く誉れ高きその男。 そして、私の・・・。 「ジークフリートか・・・。」 カツンカツンと、ドウベの神闘衣を纏った彼が、ふと私の隣に立つ。 不意にミザルの神闘衣越しに加わった肩に置かれた手の重みに、私は頭一つ分上に位置する、上官であり親友であるこの男の顔を見上げた。 寒々しいアイスブルーの瞳と、自分のダークオレンジの瞳から発せられる視線が虚空で重なり合う。 そのとき、それとは別の研ぎ澄まされた矢の様に射抜く視線が、この部屋の外から自分に向けられているのを、私は過敏に感じ取る。 「どうだった・・・?戦況は・・・。」 それにことさら気づかないふりをして、私はジークフリートに問うた。 待機を言い渡されている私たちがいるこの一室は、日没前と言う事で、照明となる蝋燭は灯されておらず、尚且つひっきりなしに降る雪と、その巣である分厚い灰色の雲のせいで、黄昏時と変わらぬくらい薄暗い。 「あぁ・・・、報告によるとアルベリッヒが、もう既に二人の聖闘士を血祭りに上げて、三人目と交戦中だとか・・・。」 「そうか・・・。」 ならば我々が出るまでもないな・・・と、口中で呟きながら視線を再び窓の外へと移す。
既に仲間と集った戦士は敵に四人屠られ、残った神闘士は私を含めて三人となり、そのうちの一人-メグレスのアルベリッヒ-が、今前線で戦っている。
まぁ、いずれにしろ・・・。 アルベリッヒが敗れ去ったとしても、私が全て一掃してやるつもりでいるから、彼が敗れ去ろうと何の問題も無い。 ジークフリート自身が手を下すまでも無い。 そして・・・。
「シド?どうしたのだ・・・?」 「いや・・・。」 ちらりと、彼に気づかぬように、彼の背中にある扉を見やる。
あぁ・・・。 まただ。 もう何度と無く感じた、扉の向こうにいる“彼” そこから発せられる凍り付くの眼差し・・・。
「っ!?」 そんな私を不思議そうに見下ろしていたジークフリートの唇に、軽く背伸びをした私の唇が押し当てらる。 プライベートならいざ知らず、今は死闘の真っ只中であるため、当然彼はバっと顔をそらし、手の甲で唇を拭おうとした。 「な・・・っ、おい・・・っ!?」 彼が言いたい事が何だか判る。 だが、私はそんな彼を無視して、肩から流れ落ちる綺麗にウェーブを描く髪を掴んでこちらを向かせ、再び口付ける。 「ん・・っん・・・!」 それでも尚、抗議の声をあげようとする彼を黙らせようと、唇を舌でこじ開けて、奥にある舌を捉えて無理に絡ませた。 と、その瞬間、部屋の扉の外から、また一際鋭く冷たく、私を射抜き殺そうとせんばかりの視線が飛んできた。 この呪われた視線に私の身体は晒されて、ゾクゾクと震え上がる。
そうこうしている内に私の身体はジークフリートの両腕に絡め取られ、強く抱きとめられていた。 もう何を言っても効かぬと悟ったのか、彼はそのまま私をこの部屋にある寝台まで導き、荒々しくこの身を横たえた。 完璧なまでの極みの頂点にいるこの男も、本能には抗えない人間なのだと言うことが証明されたのが、どこか嬉しくて、目を細めて笑う。 「どうした・・・?」 「いや・・・、それよりも・・・、するのか?しないのか?」 柔らかく軋む寝台の上に横たわった私に圧し掛かる彼の肩に落ちている髪の毛をそっと払いのける様に、手を伸ばし誘うつもりで頬に触れる。 硬く冷たい神闘衣越しに伝わる、互いの体温。 そしてそれと全く異なる部屋の外から伝わる、憎悪に満ちた眼差し。 今度は彼から仕掛けてきた口付けに私は応えながら、ちらりと横目で扉・・・の外にいるであろう人物を伺っていた。
冷たく重い甲冑を脱ぎ捨てて、束の間の愛を貪りあう。 逞しくもどこか線の細さを感じる彼の腕の中で全てを曝されながら身悶える私を貫くあの人の視線。 そんなあの人を、私はジークフリートの愛撫を受け入れながら、哀れみと蔑みを込めた目で見返してやる。
いくら気配を絶ったところで、私を羨み憎む、その暗い瞳から発する視線は隠しきれて居ない。 そうでしょう?
可哀相なバド兄さん――・・・。
「シド・・・。」 熱っぽい声で耳元で囁かれ、私を抱き起こしたジークフリートの熱い楔が私の中にゆっくりと入ってくる。 「あぁっ・・・!ジー・・・クぅっ・・・!」 抑える必要の無い、むしろ扉の向こうのあの人に聞かせる様に、見せ付けるように口外に放たれる快楽に戦慄く声。 ぎゅう・・・っと彼の背中にしがみついたと同時、活塞を開始され甘い絶頂感がゆるゆると身体を蝕んでいく中、暗く歪んだ悦びが、じんわりと心の中に滲み出てくる。
そう、貴方は所詮は私の影でしかない。 影は陽の光が存在するからこそ赦された者であるのだ――。 ならばせいぜい貴方はそこで指を銜えて見てるが良い。 貴方が手に入れようとしている、欲しくて憎くて堪らない私が、一体どんな人間であるのかを・・・。
ひっきりなしに、私は淫れた獣の声をあげながら、熱い体を激しく貫かれ揺さ振られ、扉の向こうに在る双子の兄の、侮蔑と冷たさに満ちた呪わしい二つの目に見守られ、私は絶頂に達したのだった――。
アルベリッヒが倒されたことを伝えられ、私はジークフリートと別れ、聖闘士達を迎え撃つべく自らの死地となる場所へ赴いた。 そして、柱の影から相変わらず射殺さんばかりの視線を湛え、私を見つめる双子の兄と共に――。
戻ります。
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