奇子~其の八~
俺が望んでいたのはこんな世界だったのか――?
形だけの父親に無理矢理連れてこられ、心の壊れたシドと入れ替わるようにして生まれて初めて生家に訪れたバドには、およそ極上すぎる部屋があてがわれた。
『開けろ!ここから出せ!!――』
着くなりこの部屋に放り込まれたバドは、無常にも閉じられた扉をガンガンと叩くが、その向こう側にいた、“父”は我が子にこう告げたのだった。
『あれの心がもう戻らない以上、お前しかこの家を継ぐものはいない・・・。そう言った事態になったときのためにお前は今日まで生かされてきたのだ・・・。』
一瞬頭の中が真っ白になった。
そして次の瞬間には、煮えたぎるくらいの殺意をこの男に抱いた。
つまるところ・・・、自分達の“父親”は、子供の事など、この家を跡を継ぐ為の道具としか思っておらず、“双子”と言う忌み子の片割れを何故飼っていたのかをようやく理解できた。
俺もシドも・・・、この男にとっては大差ない価値だという事に・・・。
そして、憎むべきはシドではなかったということに・・・。
長い一日が終わろうと、日はすでに西に傾き始めていた。
あの部屋とは違い、日の光がふんだんに入る大きな窓と広すぎるくらいの空間、そして柔らかい寝台。
その上でぼんやりと膝を抱えながら、バドはここには居ない弟の事を思っていた。
あんなに憎んで、そして壊してしまった弟をどうしてこんなにまで思っているのか?
心を失って初めて、自分に笑いかけてきたシド。
“父親”に引き裂かれた時も、必死になって手を差し伸べてきた、たった一人の半身・・・。
今頃、あの暗い檻の中でどうしているのだろう――?
以前の自分なら考えられなかった。あれだけ憎み、殺意をたぎらせていた彼に対して、こんな気持ちを抱くなどと・・・。
会いたい・・・。ただもう一度だけでいい・・・。
そう思い立ち、ベッドから降り、閉じられた扉が使えないのなら、窓から脱出を試みようと、シーツを剥ぎ取ろうとしたその時だった。
ガチャ ガチャッ
「!?」
不意に目の前の扉の鍵を開ける音が聞こえ、バドは身を強張らせ、立ち尽くした。
キィィ・・・。
開かれた扉の向こうには、自分の面影のある女性が立っていた。
そして後ろ手で扉を閉め、紅に染められたこの部屋の中にバドとその女性は二人きりとなる。
「・・・ッ何しに来たっ!?出て行け!!」
「・・・・。」
そう叫び、バドは後ずさっていくが、女性はひるむ事もなくただ静かにバドへと近づいていく。
「来るな!!」
何とか歩幅を狭めまいとするが、後ずさるバドの身体は硬い壁に阻まれてしまい、それでも威嚇のために目を吊り上げてその女性を睨みつける。
しかし彼女はそのままそこで歩みを止めて、長い睫毛に縁取られた瞳を伏せ、消え入りそうな声で呟いた。
「御免なさい・・・。バド・・・。」
その次の一瞬には、一筋の涙が零れ落ちた。
「アンタも・・・あの男と同類だろ・・・。俺がどんな思いをしてきたのかあんた達に判るのか!?」
血を吐くようなバドの言葉に、彼女は更に悲痛な表情を増していく。
「判っています・・・。私達があなたに対して、どれだけ非道い仕打ちをしたのか・・・。」
だが、気丈にもそう言葉を紡ぎ、女性はそっと懐から白い絹のハンカチに包まれた物を取り出し、再びバドに近づいていき、彼の手にその包みを握らせた。
「許してもらおうなどとは思っていません・・・。だから、あなたがその中身をどのように使おうとも、私には咎める権利もないでしょう・・・。」
包みを握らされたその手をそっと柔らかい両手で包み込まれる温かい感触に、バドの警戒心は少しだけだが薄れていった。
そして次の一瞬に、女性はバドを優しく抱きしめていた。
「こうして・・・あなたを一度でいいから抱きしめたかった・・・!」
抱き寄せられる感覚にバドは抵抗をしなかった。
ただ、生まれて初めて感じた“母親”の温もりに、しばし無言で身を預けていた。
やがて、“母”は身を離し、背を向けて部屋から退出するのを見送ったバドは、その包みの中を開けて見た。
「・・・・・。」
その中身は、彼の持ち物である短刀と、この部屋の鍵、そしてあの暗い檻の扉の鍵が入っていた――。
あれから数時間後、もどかしい気持ちを抑えつつも、真夜中になるのを待ち、バドはそっと屋敷を抜け出した。
やっと、あの暗い部屋から抜け出せたのに、自らの意思で戻りたいと思うなんて・・・。
たった一日余り・・・、それでもこの住み慣れた忌まわしい建物に、懐かしさすら覚えている。
掌に握り締めた二つの物・・・、(屋敷の鍵はここに来る途中捨ててきた)自分の短刀と、そしてこの扉の鍵・・・。
それらを見比べて、バドは鍵を手に取り、重い扉に差し込みゆっくりとそれを回した。
ガ・・・シャン・・・ ギィィィィ・・・
耳に慣れた、軋む音を響かせて、扉はゆっくりと開いていく。
そして、慣れ親しんだ暗闇の中で、たった一人の弟はベッドの上に座り込み、昨日と同じように笑いながら、そこにある枕を引き裂いていた。
飛び散っている枕の綿が、まるで白い羽根のように暗闇を舞っていく。
「シド・・・。」
そっと扉を閉じ、ゆっくりと近づいていくと、シドはそちらに気づき、無垢な笑顔でバドを見た。
「バド!」
ベッドの下には、昨夜と同じままで鋭利な刃をむき出しにしたシドの短刀が転がっている。
バドはそれを拾い、鞘に収め、自分の持つ短刀と一緒にベッド脇の棚に置いた。
そしてシドの隣に腰をかけて、嬉しそうに笑っている彼の髪を優しく撫でてやる。
壊してしまったのは自分で、壊れてしまった事によって、初めて向けられたその笑顔・・・。
例えようのない、身勝手な絶望と欲望・・・、そして決意・・・。
バドはその手をシドの頬に添え直して上向かせると、そっとその唇に自分の唇を落としていった・・・。
「ん・・・っぁあ・・・ンッ」
心を亡くしても身体はすでにバドの存在を覚えこんでおり、バドの唇がシドの肌を愛撫するたびに、シドの唇からは甘い声が紡ぎだされる。
初めて交わした口付けは、例えようのない高潮感をバドにもたらし、そのままシドの唇を開かせて舌を侵入させてやると、躊躇いもなくそれに応えてくる。
長い間そうしていると、シドの唇の端から顎にかけて、互いの唾液が伝っていく。
ようやく唇を離し、シドの顔を見ると、幼さを感じさせるその顔に僅かに赤みがさし、瞳を潤ませている。
まだ物足りないのか、名残惜しそうにバドに擦り寄り、今度はシドのほうから口付けて来た。
それを受け入れながら、バドはこれから自分がなそうとする事、そしてせめてもの償いを込めて優しく抱いてやろうと、そっとシドを抱きしめて服に手をかけ脱がしていった・・・。
白い身体は段々と薄紅色に染まっていくが、胸に巻かれた包帯が痛々しさを物語っている。
バドは包帯越しからその傷口に唇を落とし、舌先で閉じられていない傷痕をなぞっていった。
「ぃ・・・た・・・ぁ・・。」
少し痛そうに顔をしかめ、ピクン・・・と首を仰け反らせたシドに、バドは慌ててそこから唇を離し、わき腹から太ももにかけて朱を散らしていき、やがて兆しているシド自身に辿り着き、
そっと口にソレを含んだ。
「ふぁ・・・っ!」
初めて体感する、突如包まれる温かい熱に、シドは驚きを含んだ甘い声を上げる。
その声が耳に届くとバドは、もっと善がらせてやりたい、と言う気持ちに駆られソレをゆっくりと高めだしていく。
「ん・・・っあぁ・・・っぁ!」
先端を軽く吸い上げ、舌先で更に刺激すると、身体はビクビクと跳ね上がり、更に奥深く銜えこんで、軽く歯を立てながら扱くように追い詰めていくと、一際高い嬌声をあげて、
バドの口内に熱を解放した。
「ん・・・っはぁ・・・は・・・っ。」
荒い息を吐き、そのままぐったりしているシドの足を持ち上げ肩にかけると、バドはその奥まった秘所に舌先でツ・・・と触れてやる。
「ぁ・・・ッ」
そして、何度も蹂躙してきたソコを念入りにほぐそうと、そのまま柔らかい異物を侵入させて、唾液を送り込み、濡れそぼらせていく。
「んぁ・・・っ!あ・・・ぁ・・ッ」
充分にソコを開かせると、次は指先を侵入させ、シドの感じる部分を余すことなく責め立ててやる。
「あ・・・ッあぁ・・・んぅ・・ッ!」
やがて指は二本・・・三本と増え、充分に開ききったソコからそれらを引き抜くと、バドは張り詰めていた自分のモノをソコにあてがった。
「ん・・・ぅぅんぅ・・・。」
挿入していく際、声を上げようと、半開きになったその唇に再びキスを落とし、舌を絡ませてその声を吸収していく。
向かい合う形で兄を受け入れた弟は、初めてその背中に腕を回ししがみ付いていた。
あぁ・・・。こんなに気持ちの良いものだったんだな・・・。――
弟の体温と内部の熱・・・何よりも今までとは違う弟への想いの温かさに包まれたバドは、やがてゆっくりと律動を開始した。
自分の下で全てを曝け出し、恍惚に浮かされた表情で喘ぐ弟は、もう向こう側から戻る事はない。
全てを悟った時はもう遅すぎたのだ・・・。
睦み合う二人の身体には、やがて幾度となく味わった快楽が訪れようとしていた。
バドはシドの身体をキツク抱きしめながら、三度目のキスを落とし、更に激しく貫いていく。
「ん・・・く・・・っ!ぅんんんぅぅっっ!!」
くぐもった声を上げながら、シドは達し、バドもまた彼の中に熱い白濁を解放していた・・・。
「・・・・・。」
行為が終わり、ぐったりと、だが、何処か幸せそうに眠る弟の顔を見下ろしながら、バドは意を決し、弟の上に乗りかかる。
胸の傷は完治していなく、先ほどの行為のせいか、開きかけていて、新たな血が滲み出ていた。
その傷口を塞ぐ包帯をゆっくりと剥いでいき、生々しく残る傷痕にバドは口付けを落とし、その血液を唇で吸い上げると鉄の味と、僅かに甘い味が口内に広がっていった。
「シド・・・。」
今、湧き上がってくる想いは、断じて殺意などではない。
同情・・・?罪悪感・・・?どれもこれも当てはまる言葉など無いようにバドは思えた。
だけど、これ以外に彼に贖える術は思いつかなかった。
「一緒に・・・逝ってやるから。」
カタン・・・と棚の上に置かれていたシドのナイフを取り出し、鞘から刃を引き抜き、その開きかけている傷口に向かって一気に振り下ろした。
せめて苦しまないように心臓を一突きにすると、眠っていたはずのシドの瞳は一瞬大きく見開いた。
そして・・・最後の力を振り絞るかのように、息も絶え絶えにこう告げたのだった。
「バ・・・ド・・・、どうか・・・ゆるして・・・くださ・・・。」
その言葉を聞いたとき、バドの瞳からは涙が滴り落ちた。
一瞬だが、奇跡的に戻った弟の意識が告げた最後の言葉は、自分への贖罪の言葉・・・。
「許しを乞うのは・・・俺の方だ・・・。」
シーツに広がる血だまりの中、今度こそ息絶えた弟の手を胸の上で組ませ、その手の中に今しがたシドを殺したナイフを刃が上に来る様に持たせた。
それを固定するために、先ほど剥ぎ取った包帯をその手に幾重にも巻きつけた。
そしてゆっくりとバドはその切っ先に自分の心臓を抉るように身を倒していく・・・。
シドのその手で自分の命が終わるように・・・。
そして息絶えた自分の骸を、他でもないシドの身体が抱きとめるように・・・。
彼等の心臓を貫いた短刀は、生まれて間も無く引き裂かれた二人の忌み子の魂を、もう二度と引き離さないために
打ち込まれた、弔いと誓いの楔のように静かに鈍色だけを放っていた――・・・。
終
使用音楽:陰陽座『奇子』
戻りますか?
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