それはふと、匂い立つ。
彼が甘えるように身を摺り寄せてくる時、夜の時間が訪れ堪らなくその身をかき抱く時・・・。
否。
彼にとっては何気ない仕草をしている時にでさえ、それは酷く香立つ。
それはまるで媚薬の様に、俺の中の雄を狂わせていく・・・・。
魔 香
-M A K A-
「シド・・・。」 「
ん・・・っ」
闇の寝息がどんどんと息づく時間は、恋人同士の密会の刻。
ギシリ・・と、向かい合う形で座る二人の体重を支えるベッドのスプリングが僅かに軋む。
ぽたぽたと銀緑の髪から滴る水滴が、長く伸ばされ首筋に張り付く後ろ髪を伝って、雪と見紛う程白い・・・だが、今は浴びてきたシャワーのお湯のせいかほんのりと赤く染まる・・・肌の上を滑らかに滑る。
その上から纏う、シドのバスローブに手をかけながらするすると脱がせていくと、ふわりとした香がバドの鼻腔を擽る。
・・・綺麗だ・・・、と何時も思う。
同じつくりのはずなのにその肌の白さはと言い、身体つきと言い女性的な美しさとはまた違う、しなやかな艶やかさを放っている。
パサ・・と、床に弟の身に纏う物を払い落とし、優しくその身体を押し倒すと、全てを目の前に曝け出されたシドは恥かしそうに目を伏せる。
兄の賛辞を込めた視線に晒されている恥かしさか、それとも目くるめく官能のために痴態を演じてしまう自分に対してか。
「に・・・いさ・・・っんっ」
まだ何もしていないのに、甘く掠れたどこか媚びた声音が耳に届いただけで、バドの欲望は急速に中心部へ集束されていく。
それと同時、むしゃぶりつきたくなる衝動を押さえつけて、白い肌の上に朱華を散らしていく際、またその肌の上から香立つそれに、眩暈に似た感覚を引き起こされる。
・・・・惑わされている・・・。
ぼうっと、痺れてくる頭の芯。
無意識かのうちにかき乱される本能。
「ぅ・・・ん・・・、んっ・・・」
それに加算される、耳を擽る甘い声を放出する唇を、バドは熱に浮かされる様に貪りだす。
うっすらと水膜を張る瞳で自分を見つめてくるシドに、バドの理性はそこでいつも焼き切れる。
後は、激しく交わり二人堕ちる閨。
どれだけ弟が、悲鳴にも似た叫びを上げようとも、バドにはそれを労るゆとりも余裕も無い。
シドが快楽に達せば、達すほど、その匂いは更に濃さを増していく。
即ち、そこまで兄を猛らせ狂わせるのは他でもない弟のせいなのだ。
「魔性・・・だな・・・。」
「・・・ぇ・・・?」
激しく愛を交し合い、ぐったりとベッドの中に沈み込む弟の髪を優しく撫でながら、ポツリと漏らしたバドに、シドは動くのも億劫なのか視線だけを兄の方に向ける。
「いや・・・何でもないよ・・・。」
上半身だけを起こした形で、額に手を当てて苦笑しながら首を振るバドに、訝しげにシドは眉を寄せる。
無意識かの内に放つ彼の香は、日を追うごとに色濃く沸き立つ。
きっともう、俺は逃げられない・・・。
「シド・・・。」
「ん・・・っ。」
ようやく呼吸が整った弟の上に、バドは返事を待たずに再び覆いかぶさり口付けを強要する。
シドもまたそれを厭うでも無く、無造作に伸ばされた襟足と逞しく筋肉の付く身体に指を滑らせて絡ませていく。
彼の持つその匂いは、張り巡らせた蜘蛛の巣の様。
それに捕らわれてしまった彼は、その白い身体に溺れ、最後には骨の髄までしゃぶり尽くされる――。
「俺を・・・、ずっと離すなよ・・・・。」
「え?」
口付けを解かれ、そのまま抱き寄せられて耳元で囁かれた兄の言葉に思わず聞き返すが、バドはそれに答えずに睡魔に誘われるままに目を閉じていってしまった。
「・・・・・。」
残されたシドは、兄の問の意味が判らずにしばらく混迷していたが、やがて隣からの睡魔の効果と、バドの腕の温かさに同じように眠りに落ちて行った。
それは、ふと匂い立つ。
俺の下でくねるその姿態から、放たれる声から、重ね合わせる唇から。
しがみ付いてくる腕から、お前の内部から。
そして。
こうして温もりを感じながら、この腕で抱いて眠るその夢の中にさえ――・・・。
無意識に放たれるそのお前の魔香に、俺の全てが支配される日は、そう遠くは無いだろう――・・・・。
戻ります。
|