あの日もこんな真ん丸いお月様の出ている夜でしたね・・・。
貴方が私の貞操帯を引きちぎって、私の中にあの子達を仕込んだのは・・・。
ねぇ、貴方には見えまして?
「シド、シド。」
「「は~い。」」
優しく鈴を転がす柔らかな母の声に、返ってくる二つの全く同じ音。
たたた・・・っと駆け寄ってくる、シギュンの腰辺りしかない、同じ背丈で、同じ柔らかさの淡緑色の銀の髪、沈む夕日色の瞳を持つ二人の“シド”は自分達を呼ぶ母親の前に立ち止まって、そっくりと同じ動作でその顔を見上げた。
「お食事の時間の前に、ほらお父様に挨拶をなさらないと・・・。」
何の変哲もない胡散臭いほど白い壁に映る影は三つ。しかし彼女の口から呼ぶ名前は一つ。
「ねぇ、母様・・・。」
「あら?なぁに“シド”?」
上品な仕立てのドレスに身を包み微かな絹擦れの音を立てきびすを返そうとしたシギュンは、1/2の“シド”の問いに、きびすを返そうとした動作を止めて、それはそれは甘い砂糖菓子のようにふんわりと微笑んだ。
同じ顔立ちだけども、目元とか身に纏う雰囲気が母親の血を強く受け継いだ“シド”は、傍らに居るどちらかと言うと若干切れ上がった目元の“シド”をちらりと見つめて、おずおずと口を開こうとするが、シギュンの見えない陰になった部分でもう一人の自分に何かを訴えるかのように手を強く握り締められ、曖昧な笑みを浮べううん、と首を振った。
「・・・何でもありません。」
「そう?じゃぁ、お父様にご挨拶なさいな。」
変な子ね、と軽く笑いながらシギュンは、おぞましいほどに真っ白な何の変哲も無い壁を、それ以上に蒼白な手を丸めて軽く叩き、そのまま胸の前で手を組んだ。
幼い二人の我が子達も、母親に倣いそこには何の意志もないまま、壁に向ってそっと手を組む。
「あなた・・・。今日も一日何事も無く過ごせました・・・。」
そう。
あなたの言う≪厄い≫なんて、何も起こらないまま・・・ね。
双子は、家を滅ぼす忌み子だと言って、生れたばかりのこの子達を引き離そうとしたあなた。
私の身体を引き裂いて種を撒き、そして生れたこの子達の事よりも、御家を守るのに精一杯なあなた。
えぇ、えぇ。判ってました。
あなたの大切にするものは一つだけではないと。
この子達も大切だけど、それでもあなたはこの御家の方が大切なんですよね?
だけど、私もあなたが大切だけど、この子達も大切なの。
所詮男と女、価値観は相対するものですから。
だから私はあなたを思い切り刺しました。
疲れ果てていたはずなのに、人間って思いもよらない力を発揮するものなのね?
あっけなくあなたの身体を貫いたナイフと、抜き差しするたびに飛び散る血がとても綺麗だった。
振り向き様に口を開いたあなたが呼ぼうとしたのは、この子達につけようとした名前よね?
シド
良い名前・・・。
この子達にピッタリな名前だわ。
有難うあなた。
だからあなたは、この中で私たちを見守っていらしてね?
この子達は双子じゃない。
この家を滅ぼそうとする凶つ子なんかじゃない。
この子達は二人で一つなの。
現にほら、私達はとっても幸せなの・・・。
あなたには見えていまして?
「それじゃあ、お食事にしましょうか・・。」
ほんの一時、短い間の黙祷だったのだが、幼い彼等にとって見てはそれは退屈な長い時間でしかなく、早々に飽きてしまった二人は隣り合う自分とじゃれあいながら、母親の言葉に嬉しそうに相槌を付く。
「「はい。」」
揃って同じ仕草で頷く“シド”の様子を目を細めて見守りながら、シギュンと双子は、良い匂いが漂う室内へと入っていったのだった。
「ねぇ、バド・・・。」
やがて夜が更ける子供部屋の大きなベッドに身を預けている二人。
“バド”と呼ばれた“シド”は、若干自分より遅く生れた存在にふんわりと微笑みながら、軽く頭を撫で付けた。
「どうした?シド・・。」
“バド”とは彼等が自ら考えた、もう一人の“シド”に対しての字。
母親から、別個人の感情があるなどと思われず、一つの名前しか与えられなかった彼女に対するせめてもの幼いながらの抵抗。
「どうして僕達、一つじゃないんだろう・・・?」
そう言って、大きな瞳を潤ませて呟いた弟を、兄であるバドは苦笑して、馬鹿だな・・と一言だけ漏らしてそっとその身体を抱きしめる。
「何でそんなこと言うんだ?」
「・・・だって・・・・。」
そうは言っても、幼い弟には上手く説明出来ない。
ただ、漠然とした不安だけが圧し掛かり、母が“シド”と名を呼ぶたび、それは不気味に膨らんで行くばかりで・・・。
「もし俺達が一つだったら・・・。」
でも、バドはそんなもう一人の半身の不安を消し去るようにそのまま頬へと唇を落とす。
「・・んっ・・。」
くすぐったさとはまた別な、触れられたところから熱くなる様な幼い感覚のまま声を上げるシドの、小さく可憐な唇をもバドは塞ぎ、拙いながらも薄く肉付くそこを柔らかい舌でぺろりとなぞり上げた。
「ふ・・・・。」
途端、段々と顔が赤くなっていくシドの身体をもう一度強く抱きしめて唇を離し、その同じ色彩の瞳を真っ直ぐに見ながら、バドは悪戯っ子の笑みで囁きかける。
「こんなこと出来ないだろ?」
「ぁッ・・・!」
不意に、さらさらとした夜着ごしに伸ばされた手は、まだ幼い性にそっと触れられる。
「キモチヨクなれないだろ?」
「ぅ・・ぅん・・・っ!」
そっと問いかけられながら、起き上がっていた身がベッドの上に静かに倒されもつれ合う子供達。
「一つになんてならなくても・・・、俺達はひとつなんだよシド・・・。」
手段は知らずとも、本能のままにそれを追い求めているシドに向って、バドは優しく諭しつかせる。
「お前以外なんてどうでも良い・・。」
あの女だって、いずれ俺達を引き裂こうとするんだったら、親父が居るあの場所に放り込んでやるよ・・・。
だから今はお前の前だけでの“バド”で良いんだ――・・・・。
「あっ、バド・・・っ!もっと・・・そこぉっ・・・!」
目元を潤ませ、頬を上気させ、恥じらいも何も無く彼の前だけでの自分を求めてくるシドの全てを、バドが触れていくと、高い悲鳴が夜の闇に溶け込んでいく・・・。
繋がっていくのはらせん状の罪――。
赤い満月の夜に見るこの館の夢は、おぞましいほど甘美な悪夢――・・・。
ねぇ――・・・、
あなたにはこの子達のこんな幸せそうな姿が見えていまして?
戻ります。
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