恋哀歌(こいエレジー)



二人きりの小さな世界に閉じ込めて、自分だけを覚えこませて。
それだけで充分だった筈なのに。
どうしてかな?本当は繋ぎとめたくてたまらない君をこんな風に手酷くでしか扱えなくなったのは。



恋 哀 歌



「・・・・・っ!ぃッ、っぁ・・・っ!」
冷たく波打つシーツの中に、己の手によってその身を全部剥き出して、彼を労る愛撫もそこそこに、まだ充分に開かれていない弟のソコに猛り狂った自身を宛がい、早くこの気持ちを鎮める為に、めりめりと音すら聞こえてくるほど無理矢理に犯入させていく。
「っ、・・・っひ・・・っぃ・・・。」
激痛を訴えかけた唇、しかしその悲鳴は乾いた喉の奥底に張り付けて、飲み込んだ名残の様な絞りだしたような声と、見開いた瞳からぼろぼろと零れ落ちた涙だけが俺の前に曝け出されている。
「もっと力、抜け・・・。動け、っないだろ・・」
身勝手な欲求、それでもシドは否定などしないまま、懸命に懸命に呼吸を整えながらゆっくりとその暴挙を赦して行く。

それに抵抗してくれれば更に昂ぶるのにと、どこまでも矛盾した苛立ちにも似た想いがその雄に澱みながら、さながら凶器の様に、痛みに戦慄いたままの弟の内部を抉るように貫いて穿っていく。
「ぁ・・っあぁあっ、いやぁ・・っ!」
鮮やかな艶やかさを保つ、緑青の銀の髪を振り乱しながら、清楚な顔を悲痛に歪ませて、白い頬に零れ落ちていくその涙は決して快楽の本能のものではなく、それでもどうにか動かして肉壁の奥まる部分を突いて行けば、シドの中心部にあるその自身は与えられていく痛みを辛うじて悦楽に変化させてか、段々と先端を濡れそぼらせながらびくびくと起ち上がって震え始める。

・・・・こんなのは。
「っ・・・、に、ぃさっ・・・、ぁっんぅ」
・・・・こんなのは違う。
「もっ・・と、ぁっ、もっとぉ・・っ」
きつく、抱いて・・・。

息も絶え絶えに希う弟に、更に苛立ちが燃え盛り、大きく広げている両足を更にこじ開けるように肩に引っ掛けて持ち上げながら、無遠慮に蹂躙していく。

絶叫の様な喘ぎに混じり、裸体にぶちまけられた先に達かせた弟の精と汗の匂いが、ぎしぎしと鳴り響く貧相な寝台の音が、そしてシドの体内へ繰り返し注挿している己の雄と肉壁が擦れて、ぐちゅぐちゅとかき混ぜられるそれと肉のぶつかり合う音が、彼の全てを持って責められている様な錯覚に陥りだして仕方がない。
啼きながら、それでも抵抗する事無く、ただ受け入れるだけで、その身体を開くことによってそれで全てが丸く収まると思っているのか。


――・・・・すでにこれは愛情を確かめ合う行為などではない。


「ぁ・・っ、ああっ!にぃ・・さんっ」
一時的の証でしかない熱を弟の中に余す所なく注ぎ込みながら、バドもまた両者の身体に狭まれたシドの雄から今一度の熱が自分の腹に飛び散るのをまざまざと感じ取っていた。




それが果たして何時頃かはもう定かではない。
長年を経て培ってきた憎しみは、目の前の当事者によって赦されて、それからの二人は仲の良い兄弟としてもう一度歩み直そうと誓い合った。
だけどその関係が変化しだしたのは、どちらが先に想いを抱いたのか・・・・恐らく最初からだったのだろうけど、兄弟としてのそれとまやかされただけで・・・、彼らは深く繋がり合う仲になっていった。
それは夜毎に繰り返すたびに深く深く・・・・、確実に結ばれて行き、それに応じて愛情も積み重なり合っていくものだと、そう信じあってきた。

だけども、ふとした瞬間、例えばシドが向けられる自分以外の誰かに向けられる視線と笑み、それが長年来の親友だったり部下だったり・・・・、その後ろ姿を見送るたびに、バドは自分の中にある心の底にある封じた筈の感情が揺れ動くのを自覚しだしていた。
影としてのあの聖戦の折、毎日見送ってきたその後ろ姿。
決して自分を見る事のない瞳。向けられることのない笑顔。

・・・・・そしてそのまま・・・・・。

その度に催す猜疑心。
もう済んだ筈のことだ。もうとっくに過去は過ぎ去った。
折り合いをつけたはずの自身の中の弱さが齎した過ちに蓋をしても、だけど、紛らわしようのないほどざらついた感情が、その度に胃の中に溜まっていってはどうしようもなく。

シドが繰り返し紡ぐ言葉。
『私は兄さんの優しい所が好きですよ。』
ふわりと花が綻ぶような、全てを受け入れるその笑顔で。
『貴方の全てを愛しています。』
全て・・・・。
その全てと称する中に、この黒い感情はお前の中に認識されているのかと。
向けられる微笑み、優しい眼差し。そして受け入れられる身体・・・・。
本当に全てが判っているのか?

曝け出したくない醜い本音。
愛すればこそこの想い人に寛大で居たくも、堪えきれない浅ましい独占欲が、そんな自分をけたけたと嘲笑うかのように日ごと膨らんでいくばかりで。

ならばどんな様にお前を抱いても、それでもお前は俺から逃げないと言い切れるのか――?
そのままの俺の本性を露にしても、全てを受け入れられたままそれでもまだ微笑んだまま愛せると言えるのか?共に居られるのか?


どんなに俺がお前のその笑みを受け入れたくとも過去に揺り戻されて、その度にお前を束縛したく思っているのか、その受け入れるだけの身体に叩き込んでも尚、お前はそう言えるのか――・・・!?






もう、シドに施すこの行為は、愛情を彼に手向けて注ぎあうそれじゃない。
ただ自分だけの寂しさを、欲望を、渇望を満たすだけの本当に愛する者の身体を使った自慰行為。
「お前の方がよっぽどお優しいよ・・・・。」
充血した瞳を閉じたままの、うっすらと頬に涙の後が残る弟の寝顔・・・、それもまたあの日を彷彿とさせてしまう、弱き己の心を飲下しても、また一つの腐った澱みとして変わっていくに過ぎなかった。
「きっとお前なら、俺が何をしようとも否定はしないだろう?」
すぅ・・と、故意に鋭く伸ばした爪を、寝息を立てる白い喉に宛がい、軽く横一筋に撫でていくと、薄い赤い線が描かれる。
例え本格的にその喉を掻っ切って、血飛沫を上げさせても、そのまま首を締上げても、すまないの一言も言っても言わないままでも、きっとお前ならば・・・・。
「許してくれるのだろう?」
お前はきっと逃げ出さないだろう・・・?



閨の中に呟いた言葉とは裏腹に、赤い筋のついた喉元に堕ちた熱い一滴の涙と共に、呪文の様に唱える「愛シテイル」の言葉。
だけどそれは、手酷く扱う事でしか、弟の気持ちを確かめる事のできない今のバドにとって、それはひどく歪に形を変えた、異質な意味の本心を表す告白でしかなかった。





戻ります。