真っ直ぐに伸びている夜のワルハラ宮の回廊の廊下は、まるで自分たちの想いの道の様に、幾ら進んでも進んでも詰め寄る事のできない冷たい迷宮の様に出口も見えないほど長く感じる。
千鳥足でもなければ意識ははっきりとしている・・・つい今しがた夜勤勤務を終えてきたばかりだし、相手は今向かおうとしている部屋の中でアリバイ工作のための残業をこなしている筈である。
だけど行けども行けども足元が拙くぐらつく感覚を覚えて、辿り着けないもどかしさを感じるのはこの夜の時間が短いと感じるせいか。
では、何を持ってして長くないと言える?
今、これからのこの二人芝居の時間が足りないと言う事なのか?
足りなくて大いに結構だ、むしろ無くなってしまったほうがお互いの衛生健康上にずっと良いのに、どうしてか判らない考えを抱いたまま足を止めたジークフリートの腕を不意にぐいっと引っ張るのは、猫の様な身のこなしで、待ち合わせの部屋から当に歩きすぎていた彼に近づいていた毎夜毎晩不義の蜜を味わう共犯者。
「何をぼんやりしているんだ?今日はこの部屋での待ち合わせだった筈だろう?」
頭部一つとまでは言わないが、理想的な身長差を持つ、彼-シド-の何時も見せる怜悧に結ばれている唇はきゅっと不機嫌そうに尖っている。
腕を絡められて、軽く小首を傾げながら見上げられ、あまつさえ唇を尖らせるシチュエーションはさながら待ち人が現れずにむくれている恋・・・・。
「・・・・ジークフリート?」
押し黙ったままでいるジークフリートだが、突如何かを振り切るように小さく頭を振る彼を見て、シドは眉根を寄せて猫の様な瞳の色を変えて不思議そうに見つめるが、それでもその間の時間も惜しいと感じているのは彼も同じで、そのまま腕を絡めてジークフリートを引っ張っていき、あえて残業場所へと宛がっていたその部屋の扉を開ける。
ぎぃ・・と古く開かれる扉は、まるでお互いの心が切なく泣いた声の様な音を立てて、その中に広がる闇の中にどちらともなく飲み込まれていく二人の身体。
密会を待ち望んでいる訳ではない時間、それでもどうしても待ちわびざるをえない状況。
何も変わっては行かない退廃していくだけの時間、もしどちらかが変えてしまえば一瞬にして失われる薄氷の上に成り立つ関係がこの夜も静かに始まりを告げようとしている。
Love saver
-to commit oneself-
出窓の一つもなく夜の闇すら拝めない、むわっとしたかび臭い空気がむせ返るほど充満する、数の多さゆえに何時しかひっそりと埋もれていく本の墓標の様に無数に立つ本棚の中にひっそりとある職務用に運び込まれた粗末なテーブルの上に、上着を肌蹴させて腰を下ろしているシドの胸の突起を嬲りだすジークフリートの中心部分は、小さく声を立てながら上気していく肌のままのシドのその白い手が当てられてそのズボンの上からさすりながら昂ぶらされていく。
服を脱がせながら何かしら言葉をかける暇があれば、さっさとじくじくと痛み出すこの胸の内を欲望として吐き出したいと感じるのは以前よりも強くなり、二人は無心で互い同士で快楽を高めあって慰めあうことに没頭し始めている。
通気性の無いこの部屋にあるのは、無知の者が知を得る資料が所狭しと並べられているが、何よりも知りすぎているが故に、たった一つ巣食う想いを成就させる方法、二人が想う者が目に見えない物に翻弄され続けてきた理由、そしてまたここに居る二人がその想い人によってこれから先、どれだけ翻弄されていくのかなど答えの書かれているそれはどこにも見当たらない。
「あぁ・・・・、今日はいっその事遺体安置所に、すればよかったかも、っね。」
ぬめる舌先を突起物に宛がわれる刺激を受けながら、微かに身を捩じらせているシドの表情を、テーブルの上に置かれているランプの微かな灯りに照らされて嗤っていることを認めたジークフリートは、その言葉を無視したままだが遮ることはせずに、そのまま歯を軽く立てながら、シド自身を直に取り出してその指を絡め始める。
「っ、こんな蒸し暑い場所よりも、ひんやりとした空気に触れれば思い出せる気が、するよ・・・。どんな想いであの人がわたし、を・・・んっ・・抱えて逝ったか・・・・っ。そんな想いを植えつける為に生きてきた・・っぁ、あの、時間が・・・ぁぁっ」
自分の愛撫を受け入れながら、何時になく饒舌に語るシドの身体を抱きしめるようにして腰を浮かせてやるととろとろと先端から滴り始めた先走りの蜜を指先に塗りつけて、その後ろへと伸ばしていく。
「ねぇ・・・ぁっ、君もそれを想いださない?んっぁ」
固く閉ざされたソコを指先で突かれながら、段々とほぐれていく後ろへの感覚に、シドもまた少しずつ脚を広げながらジークフリートを受け入れやすくしつつも、彼もまたその中心部に這わせた手の動きを段々と速めていく。
「あぁ・・・、っ、もっとも君は、木っ端微塵に砕け散って、あの冷たい空気の中で・・・、んぁっ、目覚めなんかしなかったんだっけ?」
小さく痙攣するようにびくびくと身体を跳ね上がらせながらも、まだ喉の奥で笑う余裕を見せ付けるシドだが、ジークフリートはただ無言のままシドのソコに咥え込ませた指を更に奥へと突き刺し始め、その部分にある悦部を攻め続ける。
「ぁ、ん・・っ、ねぇっ・・・、」
与えられる快楽だけに身体を示しながらも、シドはそれでも妖艶に笑いかけながら、自分も直に取り出し始めて扱き始めているジークフリートの雄の根元を強く戒める。
「っ・・・」
途端、切なげに顔を歪めるジークフリートの曲線を描く柔らかな琥珀がかった銀髪をゆっくりと書き上げながら曝しあげた耳元に唇を寄せて息を吹きかけるようにシドは訊ねだす。
「君はどうだった?」
「っ、く・・、何が、だ・・・?」
強情に唇を噛み締めて俯くジークフリートは、今自分自身の熱をせき止めている張本人がどの様な表情で自分を見下ろしているのかはあえて見ないでいる。
「愛しい姫君のために散っていった、熱い思いをしてまで塵にしたその肉体を再生された時、っ、どう想ったの?」
もう一度傍にいられることを嬉しく思った?
答えるまでは達かせてなどやらないと、繊細なティーカップや羽ペンを持っているほうがずっと似合うと思えるその白い手に根元を戒める力を込められながら、弄ぶようにして、磨かれた白い爪を持つ人差し指を先端に宛がわれる。
「ねぇ・・・?答えてよ・・・っ、何も報われない関係なのは判っていたはずなのに・・・」
快楽の源を握られているためか、いつの間にか最奥に触れる指の動きも止められているシドは、無意識のうちに小刻みに腰を動かしながら、その髪の毛に指を絡ませながら頭部を抱きこむようにして、もう一度その耳たぶに声を吹き込みながら甘噛んでいく。
「そう、だ・・・っ!」
耳に繊細に加えられる愛撫に、ジークフリートは耐え切れぬようにか細い声で答えるのを聞き届けると、シドはふーん・・とそっけなく返事を返し、戒めていた根元を解いたその手で上下へ強く動かし始める。
「っ、ぅぁっ!・・はぁっ」
頭を抱きこんだままでその表情は見えなかったけど、低くうめいた声が聞こえた瞬間、その手のひらの中にべっとりと吐き出される生温かい白濁を感じ、シドは更に煽る様に、ホントウに都合の良いほど健気な人と囁いた。
「っ!んっ・・・」
その言葉に流石にジークフリートもむっと来たのか、勢い欲顔を上げて、頭を抱え込んでいるその手を振り払うと、再度奥に咥え込ませたままに指に力を込めて肉壁を擦り上げながら、片手で顎を捉えそのままディープキスを交わす。
「んっ、っんんっ!・・ぁんっ」
いつもならばキスだけはするな!とものすごい勢いで拒否するのに、今夜はシドはびくりと身体を震わせただけでジークフリートの口付けを受け入れながら、両手・・・彼の放った白濁に塗れているその手を、衣服を押し広げた胸元から肩に回していく。
肩にべとりと濡れた感触が触れてもジークフリートは厭う事はせず、一定の範囲を照らしているランプを頼りに、目の前の彼の表情を伺うと、息苦しさと熱さに身を震わせながらも、シドの白い頬に流れる雫を目に留める。
それはこの暑い中に吹き出始めた汗か、それとも本能的に流れ落ちる涙なのかどちらかは定かではない。
しかしそれは、堪えきれずに彼の傷口から溢れ出る血の雫に見えて・・・・。
「っん・・っ!」
思わずシドの唇の端を強く噛み、痛みに顔をしかめて唇を離したその隙を付いて、そのままテーブルの上に半裸状態の彼の身体を押し倒す。
「今度はこっちが聞く番だな。」
「な、に・・・?っ、ああぁっ!」
押し広げていた指を一気に引き抜いて、両足を大きく広げさせたまま抱え込む形で、ジークフリートはまだ萎えずにいるそれをシドの内部に突き入れた。
「あ・・く、ぁぁっ・・・!あっあ」
ぐちゅ、ずちゅ・・と音を立てながら挿入されていくその感覚に伴う痛みに苦悶に満ちた表情を自分の下で見せるシドに、ジークフリートは先ほどの彼と同様に、笑い出しそうなほど明るく表情を変化させていく。
「お前は、どうだったんだ・・・?」
あいつの腕の中で埋葬されて満足だったろ?
そのためにお前は生きてきたようなものだろう?
それを予想もしなかったチャンスを与えられて、めでたく再会を果たした時、お前はあいつの腕の中で意識を取り戻したのだろう?
「っ、!!ん・・ぁっああっ」
「少なくとも・・っ、それに満足していたならば・・・・っ」
私に抱かれている筈は・・・・。
激しさをましていくジークフリートの動きにシドの唇から漏れる声は婀娜声ばかりで、その声と呼応するように締め付けられていく内部の熱さに彼の声もまた上ずっていく。
心はどうであれ、身体だけはピッタリの相性の二人は、快楽に啼く心のまま、この蒸し暑いばかりの密室で更に身体を熱くさせていく。
「あぁあっ、んっ、あぁ・・・っ!、ああっ」
「答えろ・・、不公平だ・・・っ!」
ぐいっと更にシドの脚を高く持ち上げて、腰を大きく浮かせた体制を取らせて、ずんっと深く自身を咥え込ませた姿勢のまま激しく動く事はしないで、前立腺を小刻みな注挿を繰り返し突いて行く。
「あっ、や・・ぁあっあ・・っ」
無理矢理に両膝を胸に付くまで折り曲げさせられることによる圧迫感と、二人の身体に阻まれた自身はびくびくと熱を持ったまま焦らされる体位に、シドは忌々しげに濡れた瞳のままジークフリートを見上げる。
「っ・・!!んっ・・!」
本心はどうであれ、身体は強い快楽を欲しがっているのにそれを許されない律動が齎す微弱に与え続けられる達する事のできない快感に、小さく途切れる声を上げながらびくびくと身体を震わすたびに、ジークフリート自身はますます締め付けられていく。
「っ、きみなんかとは・・・っ」
ようやく観念したかのように・・それでもきつく目尻を吊り上げたまま睨めつけたまま、彼の問いに答えだす。
「比べものにもならない・・・っ!」
逞しく強くある、だけどとても冷たいのにこの瞬間だけは自分だけを捉え続ける両腕と。
温もりを失った自分を抱えて、そして目覚めた時に抱きしめてくれた・・・・そして今は他意もなく、兄弟としての感情でしかなく熱く抱擁を繰り返してくる残酷な両腕と・・・。
せき止められた快楽に便乗して、高い悲鳴を交わらせて昂ぶった感情の独白と共に、幾筋も目尻から頬を伝っていく涙。
あいつを想うだけ伝っていく分の滴だけ、それは傷痕になり、滴り落ちるたびにその道程はまるで血を流した痕に見える。
「そうか・・・・。」
その一言は答えに納得したのか、それとも彼の滴る涙の意味を知る事の出来たそれか、ジークフリートは問いに答えたシドの最も待ちわびるものを与え始めていく。
「あぁあっ!あ、あんっ、あ、ああ・・・っ」
両足を抱え上げて、欲望をせき止められたままのもどかしい動きとは裏腹に激しく突き動かされてかき回されていく内部にシドは頭をふって咽び泣き始める。
「もっと、もっとだ・・」
古ぼけた軋み音にあわせながら、かたかたと揺れるランプ。
そのテーブルの上に投げ出された白い死体の様な艶やかな四肢をジークフリートは征服しながら、焼ききれる寸前の本能で思う。
もっと泣き喚いてみろ。
あいつが見たことの無いような、押さえつけている感情全て、私に曝け出してみろ――!!
どこか矛盾した思いに気づくこと無いまま、ジークフリートは、シドの折り曲げていたシドの両足を元の位置に戻し、そのまま先端部分で熱く息づく最奥部を貫いていく。
「あ、んっ、あっ、あーーー!!」
戒められていた自身が不意に解放され、こみ上げてくる欲望に任せたままその先端から勢いよく熱を放出したと同時に、ジークフリートの熱が弾けて奥の奥まで注がれるのを感じ、シドは大きく肩で息をしながら、内部に広がっていく感触を成すがままに受け止めていた。
「・・・・・・・。」
歪に塞がっていく傷口の瘡蓋を剥ぐ様に、自虐的な痛みを伴うが、変わることは無い彼女への思慕と、目の前にいるこの共犯者への感情。
オレンジ色の貧弱なランプの明かりに白く浮かび上がる半失神状態のシドの身体を拭きながら、ふと艶めかしい匂いを覚えて、ジークフリートはその曲線的な首筋に顔を埋めていく。
「・・・・・・・・・・・・。」
ぴくんっとその感触に身体を震わせるが、勢い欲振り払う事無くただただ無言のまま、うっすらと閉じていた瞳を開きながらその口付けに身を任せたままでいる。
虚ろな瞳のままで先ほどの情事の際に自分が投げつけた問いと、彼が投げかけてきた問いをもう一度思い浮かべる。
何も報われない関係だったのに、それでもあの人を想い続けた。
あの人の想いなど得られない代わりに、一身に受け続けてきた憎しみに満ち溢れた、自分だけを射るその双眸。
だけど今は・・・・、もう自分だけを見てくれることは、無い。
ぱたりと横たえていたその手を緩々と持ち上げて、シドは首筋から辿られていく舌先と唇の熱の心地良さに導かれるように、もう一度彼の頭をかき抱く。
「ねぇ・・・、もう一度・・・・。」壊してよ。
髪に置かれたその掌の感覚が、塵から蘇った際に感じ取った彼女のそれと酷似していて、ジークフリートは軽く顔を上げて、弱々しく潤んだ瞳でこちらを見つめてくるシドと視線をしっかりと合わせる。
「お望みのままに・・・・・。」
そしてふと緩むこの男が見せたその笑みにシドは、きっとあの方はこの男のこんな表情から始まってあんな表情まで見る術は持たないと、ふつふつと湧き上がる優越感のまま静かに身を起こしてその首に縋りつくように腕を回す。
ジークフリートも、こんな無防備で気紛れで、そして自分の手によって色んな場所を攻め弄られて啼かされている姿を、弟としてでしか彼を愛していない双子の兄は決して見る事は無いだろうと微笑みながら、肌蹴たままのシャツから覗く素肌を唇で辿りながら下へ下へと降りて行く。
短い夜の間に重ねあわせる身体だけの逢引は、ほんの刹那の時間であって、二人の心には爪の跡すら残らない。
だけど二人は密かに願う。
母の様な絶対的なぬくもりの中で蘇った後に続く絶望に疲れきった二人だからこそ、必要なこの関係。
どうか今しばらくは、彼の身体に溺れていたいから、彼(女)への想いが醒めないように・・・と。
BGM:T.M.Revolution『LOVE SAVER』
戻ります。
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