妖白桜花(ようびゃくおうか)



妖白桜花



黒と藍色の織り成す、月も星も出ていない真っ暗な夜空に、白い花弁がはらはらと舞っている。
まるで、なじみの深い雪が風に舞い散るかのようだと思いながら、シドは石段を一歩一歩上がっていく。
祖国に比べれば、この国の今の季節の夜の外気など暖かい位なのだが、何故か肌寒さを覚えている。

カツン・・・。

石段がそこで途切れ拓けた視界に映ったのは、すっぽりと飲み込まれんばかりの鮮やかな闇色の空、その下には桜の木々の群れと、石畳の延長の先には何年も使われずに朽ちている篝が二本。
今立っている石畳の一面には、まるでここの桜達が意思を持つかのように散らしている花弁が敷き詰められ雪原の中にいるような錯覚に陥る。
薄く透き通ったオレンジ色の瞳に、その光景を映しながら、シドはその木々の方へと、魅入られ引き寄せられるように歩いて行く。
と、その時、後ろの石段から慌しい足音が聞こえ、それが段々と近づいたとき、ぐい・・っとシドの首に手を回してその歩みを止める者がいた。
「シド!」
ぜぇぜぇと息をを切らせながらバドは、どこかいつもと違う弟をそのまま後ろから抱きこんだ。


『桜が見たい。』
シドがバドにそう切り出したのは、アスガルドの雪解けも春もまだ遠い季節だった。
この国には雪桜は咲くものの桜は咲かず、シドのその提案はすなわち“桜の咲く場所へ一緒に行きたい”と言う誘いだとバドは独断し快くそれに応じた。
そして、今の時期に見事に桜が咲き誇る地・・・日本へと赴き、バドは異国での二人きりの旅行に胸を躍らせていた。
昼間、多くの人が訪れる観光名所であり、絶好の花見スポットである公園に足を運び、談笑しながらその景色を楽しんでいたのだが、ふとベンチに並んで座っていたシドの横顔をちらっと見たバドは、 どこか虚ろ気に舞い散る花弁を見続ける彼に少しだけ引っ掛かりを覚えていた。
慣れない異国での旅の途中で疲れが出てきているのだろうか?
そう思いつつ、バドはシドを促し早々に宿へと引き上げた。

宿に戻ってから食事を取り、早めに床に着いた。
本当は旅先での夜の時間に期待を馳せていたのだが、下手に疲れさせて体調を崩されては堪らない。
しかし、布団に入って数分もしないうちに、自分もまた自覚していない疲れがあったのか、バドは深い睡(まどろみ)に落ちていった。

そして・・・。
「ん・・・?」
丑満時、ふといるはずの気配を感じずに、バドは一気に目を覚まし、がばっと飛び起きた。
「シド!?」
隣で眠っているはずのシドの姿は無く、布団に触れてみると、大分冷たくなっている事からして、ずい分前からここには居ないということになる。
慌てて着替えを済ませて、急いで部屋を飛び出す。
うっすらと感じる彼の小宇宙を手繰りながら、迷うことなくこの桜の木々の中にいたシドの姿を見つけ出した―――。


「どうしたんだよ!?こんな時間に!」
一般人では無いとは言え、何事も無いとは限らないのだ。
少し荒げてしまった声に後悔しつつ、ようやく息が収まると、未だ腕の中に抱きしめている弟の身体を自分の方に向かせる。
「・・・・。」
黙ったままのシドの瞳が、どこかやはりいつもと違うと感じたバドは、どきりとしつつも、まだ日程はあるのだから明日にしようと彼の手を引き帰路へとつこうとした。
「っ!?」
しかし、その手を掴む前に、シドの手がバドの首に回され、瞳を閉じて深く口付けるほうが早かった。
「ッ・・・!」
いつもと違う、大胆かつ積極的な口付けに、先ほどまでかき消えていた欲情の火が再びバドの身体に灯る。
唇をこじ開けられ、既に舌先を捕らえようとするシドの身体を改めて抱きしめ、今度は逆にこちら側から攻めてやる。
月もなく、星も無い夜空の下、仄白い桜の木々だけが二人を見下ろしていた―――。


「ふぅ・・・っあ・・・あぁ」
一際大きな古桜の硬くざらついた幹にシドは身体を預け、濡れそぼつソレに快楽を送り込まれていた。
「ああ・・・っ」
脚を広げさせられ、片足を兄の肩にひっかけられた不安定な体勢のままで、深く銜えこまれては先端を舌先で刺激される。
「ん・・っあ・・・あぁあっ!」
人気の無い、夜の桜並木の下に、シドの高い悲鳴が響く。
どくどくと兄の口に己の欲望を解放して、その際身体の力が抜け、ずり落ちそうになるが、閉ざされた秘所に柔らかい異物を入れられた事で再び身体は快感に打ち震えだす。
「んっ・・・く・・ぅ」
舌先と入れ替わるようにして、長い指が侵入し内部を掻き回し始めると、バドの顔が目の前に現れる。
「は・・ぁ・・・あぁっ!」
既にはだけられた衣服から覗く、白い素肌はそれこそ桜色に染まり、周りの景色と相成ってこれ以上無い位に妖艶なものだった。
そんな姿に当てられていつもよりも自制が効かなくなっているバドの愛撫にシドは快楽の中に僅かに苦痛を覗かせ、瞳を閉じ、ガリっと木肌に爪を喰いこませた。
「お前が誘ったんだろ?」
三本にまで増えた指でシドの感じる部位を責め立てながら、熱い吐息を込めて低くそう囁くと、半裸の身体はピクンと跳ね上がる。
そのまま耳たぶを甘噛みし、目じりに溜まった涙を唇で吸い上げ、そして再び深く甘い口付けを与えてやる。
「ん・・っ」
ズルリ・・・と指が引き抜かれる感触に、口付けはそのままで再度兄の首に手を回す。
片足を持ち上げられ更に強く、硬い幹に身体を押さえつけられると、熱く猛った兄のモノが宛がわれ、一気に突き込まれる。
「あぁああ・・・っ!」
力強く押し入ってくる痛みに、シドはバドの身体にしがみ付いた。
はぁはぁと荒く肩で呼吸を繰り返す弟の首筋に、バドは唇を寄せてきつく吸い上げる。
そして鎖骨、胸元へと朱花を散らされていく感覚に、シドは痺れるほどの快感に酔っていく。
呼吸が収まり、潤む視界を開くと、ゆっくりと律動を開始した兄の姿と、その後ろに広がる淡く白い花海が映し出される。

―もし、今、貴方の首筋を裂いてしまえば・・・。――

快楽で占められている思考の中に僅かに残る狂気に従い、シドは首に回した腕をゆっくりと兄の首筋に移動させていく。

―この白い花弁を紅く染めてしまえるくらい・・・。――

自分と寸分違わぬ姿のはずなのに、何故か彼の血で染まった桜の花弁の海はとても綺麗だと思った。
その中で、繋がったままで絶命する兄の姿を想像して、例えようの無い恍惚感に襲われていく。
首筋に回された手が止まり、鋭く伸びた爪を出そうとした刹那、
「やってみろよ・・・。」
その声で、シドははっと我に返った。
「ほら・・・,やってみろよ・・・ん?」
動きを止めるでもなく、バドはシドの腰を逃れることの出来ないように掴み上げ、更に奥へと突き上げていく。
「あっ・・やぁ・・・っ!」
「今なら・・・出来るぞ・・・?」
汗ばみながら、追い詰めていくバドの言葉と激しい位の動きに、シドは弱々しく頭を振り、涙を溢れさせる。
「や・・・だ・・っ!あぁ・・・っ!ごめん・・・、ごめんなさいっ・・・!」
止まる事を知らないかのように涙は溢れ続け、頬を伝いぽたぽたと地面に滴り落ちる。
やがてしがみ付く腕が背中に回されると、バドは優しく、シドの涙に濡れた頬に口付ける。
「イイ子だ・・・。」
しゃくり上げるシドの耳元で囁きかけると、共に達する為に、二人の身体に挟まれ再び立ち上がり始めているシドのソレに手をかけ、強く上下に扱いてやる。
「ぁ・・・っぁああああっっ!!」
咽び泣きながら快楽を迎えたシドの内部はきつく収縮し、バドもまたその際の締め付けにより絶頂を迎え、白く熱い欲望を弟の体内に注ぎ込んだ。


「もしかして心中場所を探しに来たのか?」
事が終わり、元通りに衣服を着せ終え、くったりと横たわるシドの頭を膝の上に乗せたバドは問う。
「・・・・もしかしたらそうなのかも知れませんね・・・・。」
髪に絡まされる指の感触が心地よく、古桜の幹に身体を持たせかけている兄を見上げながらシドは微笑んだ。
「兄さん・・・。」
兄の頬に手を当てて、ふんわりと・・・しかしここに咲く桜の木々のように妖しげに微笑みながら、そっと口を開いた。


「私が死んだら、貴方も後を追って来て下さいますか?」
答えは聞かずとも判っていた。

バドはふ・・・っと優しく笑いかけ、その手を包み込みたった一言だけ・・・、
「ああ。」

散り続けていた花弁は、いつの間にか止んでおり、闇の中には相変わらず桜の木々だけがその存在を誇示するかのように鮮やかに咲き続けていた。




戻りますか?