そこは、決して溶ける事のない業罪があった。
“それ”は、泣きもせず、笑いもせず、ただじっと瞳を閉じ、その存在全てを以って、彼を以前よりもずっと苦しめていた。
そして彼の中で“芽生えだした”感情が、余計にその苦しみを加速させていたのである――・・・。
狂 死 曲
『僕』
寝ても醒めても、“それ”はそこに在る事で、俺を追い詰めていく。
に い さ ん・・・。
凍りついた棺から発せられる冷気は、さながら死者が放つ腐臭に満ちた霊気と相成って、眩暈すら覚えてくる。
す・・・っと、手を差し伸べて、氷の壁越しに彼の頬を撫でる仕草をしても、掌に伝わるのは恐ろしいほどの冷たさだけだった。
「シ・・・ド・・・。」
名も無い洞窟の中に置かれた、朽ちることのない氷の棺に眠るのは、俺の双子の弟。
誰よりも近しい、他の何者でもない俺の手で葬り去った、憎らしい存在・・・・のはずだった。
あの時・・・。
確かにこの手で、彼の命を奪った時に感じたのは、果たしえなかった欲望をようやく叶えたと言う達成感。
この手を血に濡らす事によって、ようやく奪える事のできた彼の全て。
その死に顔は、さぞかし苦渋に満ちたモノだと信じて疑わなかった。
だけど――・・・・。
「お前は・・・・・。」
あれ程の手練を持つ彼が、俺の殺気を感じえないはずも無く、あっけなく血まみれになって倒れこんだ彼。
そしてあの時、死に逝く間際に見せたその表情を目にした瞬間、信じていた物全てが崩れ去っていった様な気がした。
「一体何を・・・・。」
氷壁越しに頬に触れていた手は滑るように、今も尚笑みを模る唇に移動していく。
ず っ と ・・・、
苦 し め ば 、 い い・・・・・。
柱の影から、一方的に聞いていた彼のその声が、キンキンと寒さに痛み出す脳髄に響き渡る。
返ってくるのは、いつも同じ幻聴。
「ふ・・・ははははは・・・っ。」
そうだ。それ以外に何がある?
二度と開かれぬ瞳の中に、俺を映すだろう、かけられた事などないその声で俺の名を呼ぶだろうと言う期待を持ち続けている、愚兄の姿を見続ける事が、こいつの望みなのだ。
「望みどおり・・・。」
もう既に生きる望みを、お前の死を以って果たしてしまった事に気づいてしまった哀れな生き骸の俺は、ずっとお前の傍でのた打ち回っているさ・・・。
天使の様な悪魔の微笑み。
霞んでいく視界と共に、頬に熱く濡れた雫が溢れてくる。
それが何を意味するのか判らずに、バドは自らの手で封じ込めた、シドの骸を棺ごと抱きしめて、笑みを模るその唇に自らの唇を落として行く――・・・。
兄を慕い続けた弟の、何時しか狂いだして行った祈りは、最後の最後まで叶えられていた。
決して、手に入らぬはずのバドの心は、彼が朽ちていくまでずっと自分だけのものに在ると――・・・。
終
戻ります。
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