秋の足音が去り、白い雪と共に訪れる冬。
その夜空に瞬く銀色に煌めく星達の中、くっきりと浮ぶ北斗七星とその傍で光り輝く星を見上げるたびに、胸に去来するこの想いは一体何なのだろう・・・?
雪 月 夜
-プ ラ ネ タ リ ウ ム-
「・・・ド、シド?」 「・・・え?あ」 ここは、あの聖戦から百年の歳月が経過した北の神の国・アスガルド。 聖戦に纏わる、幾多の悲しい物語が語り継がれるこの国は、あれ以降、静かな平和の時間を歩んできた。 しかし過去の過ちを繰り返さぬ戒めとして、先代の地上代行者を中心とした先人達は、国の中心部であるヴァルハラ宮殿の横に広がる原に、闘いの犠牲となった戦士達の慰霊碑である石碑を立て、その横には平和を象徴とする小さな鐘台を設置した。 この平和は彼等の血と痛みを流さなければ得られなかったと言うのを後々の世まで伝える為に――・・・。 聖戦の為、北斗七星に選ばれた戦士-神闘士-達はその名の通り七人・・・ではなく。 ζ星、ミザルの影に寄り添うように瞬く双子星-アルコル-の宿命の下に生まれたもう一人の神闘士の存在があった。
「どうしたんだよ?ぼんやりして。」 「いえ・・・ごめんなさい・・・。」 同じ顔立ち、同じ目線で隣に座っている弟-シド-を気遣う双子の兄-バド-。 年の頃は十五歳ほどか。 今日揃って誕生日を迎えた二人は、夜の散歩と称して両親の目を盗んでこっそりと家を抜け出し、おそろいの黒いウールのコートを身に纏い、神闘士達の石碑の隣にある、丁度良い高さの塀の上に腰を下ろし、ぴったりと寄り添いながら、他愛のないことを話していたが、ふとシドの目線が星空・・・-北斗七星-を仰視していた為、バドは言葉を区切り、彼の顔の前でヒラヒラと手を上下に振り関心を自分の方に戻す事に成功した。 「ごめんなさい・・・、本当に何でもないですから・・・。」 心配そうに覗き込んでくる兄に、ぼんやりと無理に微笑み返しながら、シドは胸の中にくすぶるざわめきを持て余していた――・・・。
北斗七星に選ばれし戦士達の幾多の哀しき物語。 その中に伝わる、ミザルとアルコルの双子の神闘士達の悲話。 百年前のアスガルドの貴族達の間では、双子は忌み子とされて、どちらかを選ばなければならないと言う因習があった。 その中で名門の中の名門の下に生まれた二人も例外では無く、生後間も無く引き離され、風雪吹き荒ぶ極寒の大地に兄が捨てられた。 そのまま互いを知らずに育っていれば、二人は何事も無く生きて行けたであろう。 しかし運命は牙を剥いて二人に襲い掛かったのだった。 彼等が生まれて十年後・・・、一匹の兎が彼等を引き合わせたのだった。 兄は、貧しい樵の下に引き取られ、その日しのぎの貧しい生活を余儀なくされていた。 片や弟は、何不自由も無く恵まれた暮らしを約束され、あまつさえ両親の愛情も充分に注がれて育っていた。 その光景を目の当たりにした兄はその時から、激しい憎悪の炎に身を焦がす事となる。 その炎は成長して尚も、ζ星、ミザルの守護星である弟の影星・アルコルに魅入られたことによりより大きく燃え盛る事となった。 消えぬ憎しみ。 相容れぬ道。 弟の持つもの全てをこの手で奪う事を支えとして生きてきた兄。 しかしそれは、聖戦で全て覆される事となる。 二度目の再会で、死を間近にした弟から告げられた想いと、崩れ落ちていく姿と共に、その憎しみは溶ける様に失せ、代わりに“悔恨”と言う気持ちが芽生えていったのだった――・・・。
闇の中、降りしきる雪と、どこまでも続いている回廊の如く白い雪原と、鮮やかなコントラストの夜空に浮ぶ北斗七星。 それ等はどこか苦く、どこか悲しい面影を持って、シドの心に入り込んでくる。 何か判らない、得体の知れない不安に押しつぶされないように、隣に居る兄の手を取り、震えを悟られないようにぎゅっと握る。 重ねられたその手を払いのける事も無く、そのままの状態で居たバドだったが、急にあっと声を上げて、弟のその手を取り、ひらりと柔らかい地面の上に飛び降りた。 「???」 その場にしゃがみ込んで雪を掬い上げて盛り上げていく兄につられてシドもしゃがみ込むと、バドはいい事を思いついたように弾んだ声で言った。 「折角こんな時間に抜け出して来たんだし、二人で何か記念になるものでも作らないか?」 「え?」 一瞬呆気に取られたが、もう既に黙々と作業に取り掛かっている兄をとめる間も無く、弟もこくんと頷いて、向かいに居るバドに倣い雪を盛り上げていった。
聖戦後、生き残る事となったアルコルの神闘士は、近しい半身であるミザルの神闘士である弟を抱え、どこまでも降りしきる雪の中を歩いて行った。 憎しみでしか彼を想うことの出来なかった自分を悔い、最後まで温もりを知ることの無かったその手で絶望と失意の中、かつて自分達が廻りあった白き丘に埋葬した。
もう一度、兄弟としてこの国に生まれたい――。 そして今度こそ共に生きて行きたい――・・・。 祈りに近い願いを込めて・・・。
「「出来たっ!」」 同じ声が見事なまでにハモり、同時にパッと顔を上げた時にお互いに目が合い、一瞬間を置いて思わず吹き出す二人。 手首の辺りにもこもことした黒い羽の付いた手袋をはめた二人の両手が、完成された作品から外されていく。 そこには二匹の雪うさぎが、鼻先をくっ付けあうような形で斜めに向かい合っていた。 その大きさも形も、瞳になる部分に埋め込まれた小さな赤い実と、耳に見立てて飾られた二枚の葉っぱの位置も何もかも同じな二つのうさぎ。 「まるで俺達みたいだな、こいつ等。」 そう言いながら、白い息を吐き出しながら、寒さで赤らむ顔をくしゃりとほころばせて笑う兄に、シドもまたつられて笑みを零していた。 「そうですね・・・。」 しばらくは自分達が生んだ作品の出来栄えを見守っていた二人だったが、やがて今度は先ほどとは逆に、シドが兄の手を取って、再び塀に腰をかけた。 「どうし・・わっ!」 そしてそのまま、兄の腕に自分の両腕をするりと絡ませてぴったりと寄り添う。 「ありがとう・・・兄さん・・・。」 気が付くと、さっきまで感じていた不安は跡形も無く消えており、ぽかぽかとした気持ちが、ぽっと胸に灯りだす。 「変なヤツ・・・。」 そう言いながらも、回された腕を厭うでもなく、自分の肩に擦り寄っている弟の頭に、自分の頭をコツンと重ねる。
祝福を・・・。 十五年前のこの日に生まれた、穢れ無き魂達に祝福の光を――・・・。
天に瞬く、ミザルとアルコルの星が、しゃらしゃらと降る雪と共に、淡く優しい光を二人に贈る。
何も不安になる事は無いと。 何も二人をさえぎるものは無いと・・・。
今度こそ、二人は幸せになるのだと――・・・。
大 好 き だ よ・・・。
今しがた、二人に命を与えられた二匹の雪うさぎ達も、心なしかどこか嬉しそうに微笑んでいるようだった――。
このイラストのイメージSSです。宜しければ合わせてお楽しみ下さい(*_ _*)
戻ります。
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