雪光篝



雪 光 篝



「はぁ・・・。」
憂鬱そうに窓の傍に佇み、オーロラが映えそうな藍色の空からシュガーパウダーの様にはらはらと舞い散る雪を眺めながら、シドは人知れずに溜息を着いた。
やむ事を知らない雪達は、シドの清廉な顔つきが不満そうな色を宿し恨みがましい視線を送っていても、我関せずと言った感じで、先程よりも仲間を増やして舞い落ちてくる。
「今日はもう、帰って来れないのかな・・・・?」
ふと寂しげに窓の外を見ながら微笑む彼の部屋にあるテーブルの上には、今日帰ってくる筈の待ち人を出迎える為のワインとグラスが二つ。
そしてささやかながら用意された、小さくカットされた二人分のベイクドチーズケーキが、白い皿の上に乗って、冷蔵庫の中に保管されている。
他にも、あの人に贈ろうと思っていた品物だって、綺麗に包装されて部屋の隅に用意されていたのだが、肝心のゲストは来そうにもない。

こんな事、別に今までも無かった事じゃない。
自分は近衛隊、あの人は自由兵部隊。
仕事場が違うから、必然的に仕事が終わる時間だって違ってくるし、こっちが出張して、帰って来て間も無く向こうが出張になることだってしばしばだ。


ただ、こんな日くらいは・・・。
「・・・・帰ってくるって言ってたのにな・・・・。」
今宵はホーリーナイト。
始めて彼と過ごせるはずだったクリスマスイヴ。


『すぐ帰るから。』
見送りに出向いたシドの不安そうな表情に、例によって突然出張になった彼は苦笑しながらそう答えた。
『そうだな・・・。クリスマスの夜には戻るから、それまで待ってろよな?』
『・・・・本当に?』
『あぁ・・、雪の降る日には、もう一人にはなりたくないしな。』
そう低い優しい声で囁いた彼は、シドの身体をきつく抱きしめ、唇と唇を触れ合わせた。
『・・・・行ってらっしゃい・・。』
『・・あぁ・・。』
名残惜しそうに見つめ合う、今生の別れを体験した二人は、今でも雪降る日に一人になるのに怯えているのを隠せない。
だから帰ってきたら、祝い事だけではなくその分の温もりも確かめ合いたいと思っていた。


「・・・もう寝よう・・・。」
ふと寝台に身を横たえる為、ようやく窓辺から身を離す。
テーブルの上に置かれたグラスもワインも、キャンドルの台も、全部明日片付ける事にした。
期待の反動で脱力する身体を横たえながら、自分の中の身勝手な感情が湧き上り、涙腺を決壊させようとする。
「・・・・っ、」
何でこんな事位でと自分でも思う。
だけども止まらない。
あの人に触れてから、近づいてから、あの人が欠けた暮らしなんてしたくない。
特にこんな夜は・・・。



コン

「?」
その時、部屋の窓に何かが軽くぶつかる音が聞こえて、シドはふと息を呑んだ。

コン、コン。

断続的二回窓にぶつかる何かは、雪が雹になって当たっているそれとは違い、まるでノックをしている様な音だった。
でも、ここは地上からは幾分離れている階層なのだ。
まさか・・いや・・・。
湧き上がる期待とそれを打ち消す猜疑心を押し殺し、身を起こし、ベッドから降りるシドは、ゆっくりとゆっくりと窓辺に近づいて行く。

コン、コン、コン

するとまた、まるで主がこちらに近づいているのを知っているかのように、急かすようになる物音。

間違いない・・。

確信しながら、そっと、まるで贈り物の箱を開けるような高騰感で、窓に手を掛け徐々に開いて行く。
途端に肌に刺すような済んだ外気が中に入り込むが、構わずに下を覗き見ると、そこには雪の中を急いできたであろう、若干雪まみれで微笑むバドの姿があった。
夜中なので大声で呼ぶ訳には行かずに、翳した指先に小宇宙を集め、小さな氷の結晶を生み出しては窓に投げつけていたのだ。
感極まって声も出せないシドに、バドは視線をそのままこちらに向けて、唇だけの紡ぎ言葉を弟に送る。



“た だ い ま”




「・・・っ」
そのまま階下に降り、三日も触れていなかった兄の存在を確かめたいと、返事をする間ももどかしく感じたシドは、何を思ったのか、窓枠に手をかけ、両素足を乗せて、そのまま飛び降りていったのだった・・・。


どすっ
ドサッ

閑静なワルハラ宮外、鈍い音が二つほど小さく響く。
「はぁ・・・・はぁ、はぁ・・・;」
「ご、ごめんなさい・・・;」
下に居たバドは悲鳴を上げる間も無く、急降下してきた弟の身体をしっかりと両腕で受け止めたはいいものの、まともに両膝が入り、顔面蒼白になりながらも、しっかりとシドの身体を抱きとめたまま積もり積もった新雪の上を歩いてきた自分の足跡で固まった雪に仰向けで倒れこんだ。
シドはシドの方で、別に着地は自分でするつもりだったし、例え素足でも別に寒さには強いので、少しの間ならば良いと思ったし、とにかく兄に会いたかったし・・が交差しての行動だったが、自分が落下する真下の地点にバドが慌ててやってきたのを見て面食らったが、着地地点まであとわずかなところで方向変更する事も出来ず、そのまま彼に空中膝蹴りを喰らわせながら、雪の中に兄と飛び込むハメになってしまった。
「ぁー・・・、急いで帰ってきたのに、その仕打ちがこれか・・。」
「す・・・すみません・・・っ!」
未だに雪の上で寝転がりながら、片手の甲で両目を塞いだバドの発言に、シドは思わず泣きそうになりながら、その上からどけようとするが、兄の片手はしっかりとシドの腰に回されたままだった。
「あ、あの・・・。」
「・・・ばぁか、冗談に決まってるだろ?」
そう言いながら上体を起こし、寝着姿の跨ったままの弟を今度は両腕でしっかりと抱きしめながら、その胸の中に頭を預けた。
「ただ、もうあんな危ない真似はするなよな?」
「ハイ・・・。」
外の寒さも褪せるほどに温かい、交じり合う相手の熱に二人は包まれて行く。
「・・・・一緒に過ごしてやれなくてごめんな・・・。」
「・・・良いんですそんな・・・。」
ただ、抱きしめあってキスをして、そこに居てくれるだけで満たされる相手が居れば、他には何もいらない。


ようやく回復したらしいバドは、薄着のまま降ってきたシドの体を立て抱きにひょいと抱き上げると、シドは慌てて降りようともがき出す。
「こらっ、大人しくしてろ!」
「だって・・!兄さん疲れているし!」
「俺が良いんだからそれで良いんだよ。」
「///;」
無茶苦茶な理論だと、赤面しながら考え込むシドに、バドは下からいたずらっ子の様に覗き込み、じゃぁ・・と促し目を閉じた。
「お前の気が済まないなら、駄賃を頂こうかな?」
「・・・・・もう///」
そう言いつつも、シドの方も兄の首に両腕を回し、滅多に見下ろす事のない兄に、甘いキスを落とした――。



日付は午前十二時丁度を差し、また雪が降り始めてくる。
キリスト降臨前夜祭は終了し、今彼等のベッドの中には、しっかりと抱き合ったままの二人が天使の様なあどけない顔ですやすやと眠っている。

それは二人にとって、この上なく最高の贈り物を互いから貰ったと言う証に他ならなかった――・・・・。





戻ります。