嗚呼、麗しき漢達の日々





嗚呼、麗しき漢達の日々。


清く正しく美しいアスガルドの女王、ヒルダ様の住居ワルハラ宮。
その宮内の女官達も主同様、清く正しい者達ばかり・・・が居る訳ではない。
その理由は聖戦終了後、新たにこの宮内で暮らすようになった男達・・・、特にある二人が原因だった。

「あぁ・・・、ミーメ様とバド様・・・。(ポw)」
「あのお二人、どうしてああもお似合いすぎるのかしら・・・?(赤面)」
「本当にお付き合い為されているのではなくて・・・?」
そう・・・、ワルハラ宮内にも、所謂“腐女子”魂を持つ女官が数人程居た。
元々ここワルハラ宮内には、ジークフリートや、シド、ハーゲンと言ったイケメン近衛隊が居るには居たのだが、彼等はどちらかと言うと雲の上の存在・・・、と言うか、アイドルやそっちの類として彼女達は認識していたので、そういう妄想を膨らますには至らなかった。
しかし、今、彼女達の妄想の的となっているバドとミーメは、近衛隊には属さず、どちらかと言うと自由稼業(平たく言うと傭兵)に近い部隊所属の為、割と女官達と接する機会も多かったのである。
バドは、シドと双子の兄でありながら、その野生的な雰囲気や、どこか人懐っこさを感じさせる話し方で、ミーメは、線の細い体つきと、下手をしたら自分達よりも美しい顔立ちとは裏腹に、竹を割ったようにあっさりとした性格をしている事で、彼女達の心をがッちりと掴んでしまったと言う訳だ。
最初は、どこか親近感を感じつつも遠巻きにして見ていた彼女達だが、二人は、友人としていつも一緒つるんでいる為に、何時しか女官達が元から持っていたと思われる腐女魂に火をつけてしまった。

「なぁ・・・、最近なぁーんか妙な視線を感じないか?」
「君も感じていたか・・・。」
そんなある日のこと、この日も一緒につるんでいたバドとミーメは、ここ最近背後から感じるどこか生温かい視線について話していた。
別に他人がどういう目で見ようが、この二人は我関せずだったが、こう毎日の様に得体の知れない視線を浴び続けるとどうも落ち着かない。
「心当たりは無いのかね?バド。例えば君が、弟君に付く悪い虫を退治した為、その報復を狙う輩達の恨みを買ったとか・・・。」
「馬鹿言うなよ!て言うか、そんな輩が居たら退治するどころじゃねえよ!!生まれてきた事を後悔させてやるからな!!」
「あぁ、そうかそうか。」
見る見るうちにヒートアップするバドに、ミーメは軽くあしらった。
確かに聖戦終了後、今までの憎しみが反動したのかどうかは知らないが、この男が最も大事にしている花よ蝶よと溺愛している弟君に手を出す命知らずの輩がこの宮内に居るとは思えない。
「愚問だったな。」
「そういうお前はどうなんだよ?!何か心当たりは無いのか?」
「さぁ・・・、しかし心当たりがあったら、面倒な事にならないように消す事はしているがな・・・。」
「そうだったな、すまん。」
こいつならやりかねない・・・、綺麗な顔をしているが、意外に腹黒い親友の性格を思い出し、バドは明後日の方向を見て素直に謝罪する。
「しかし・・・、今のところ害は無いからな。」
「あぁ・・・、まぁそうだよな。」
神闘士として選ばれたこの二人に危害を及ぼす事の出来る人間は限られているのだが・・・。まぁ、今のところは別に危害は無いと踏んで、二人はこの不快な現象については行く所まで行き着くまでは目をつぶる事で一致した。

だがしかし、この件についてのホシは意外なところから顔を出した。
それはある昼下がり、久しぶりの休みとあってバドとミーメは談笑しながら廊下を歩いていた時の事である。
「どうだ?今日久しぶりに一杯行くか?」
「お、いいねぇ。今日は負けねぇからな!」
そんな会話を彼等の後ろから聞いていた数人の影。
(・・・おい・・・。)
(皆まで言うな、判っている・・・。)
常人にはわからないほどの小声で言葉を交わした後、すぐに二人は気配のする方向へ向き直り、高速の勢いで熱視線を発する位置にまで駆けようとする。
が、
「「「あの・・・っ!」」」
それより早く、彼等の前には女官達がどこか決死の瞳で見上げながら、声をかけて来た。
「「!?」」
これに驚くは、噂の男達である。
「なっ・・・何ぃ!?」
「神闘士達の私たちに悟られず、瞬間移動の如く姿を現すとは・・・!」
腐女子の萌力は、時として奇跡以上の現象を引き起こす事を知らない男二人。
そんな彼らに、彼女達は無謀にもこう訊ねたのだった。

「「「お二人は、どちらが攻めなんですかっ!?」」」

・・・・・。
アスガルドの風雪より冷たく凍えた空気が、男と女の間を吹き抜けた。

「・・・・何・・・だって・・・?」
引きつった顔で、ようやく言葉を絞り出したのはバドだった。
「それはつまり・・・、君達は、私達二人が・・・。」
白く清廉で端整な顔を青ざめさせながら、ミーメはかつてない程の虚脱感に見舞われながらも、恐る恐る訊ねた。
「デキていらっしゃるのでしょう!」
「だって、何処から見てもお似合いなのですもの!!」
「教えてくださいませ。一体どちらが夜の主導権を握っていらっしゃるのか・・・。」
夢に浮かされた、全く邪気の無い瞳で見上げられ訊ねられた二人は、その場で倒れたい衝動に駆られた。
こんな形で、あの正体不明の現象がはっきりしてしまうとは。
しかも、自分達がそういう仲だと勘違いされていたとは・・・。

清純な乙女なんてもう絶滅危惧扱いなんだなと、二人は心の底からそう思ったと言う。

(さて、どうするか・・・。)
ポーカーフェイスを崩さない二人は、チラリと目配せをする。
そして、同時に大笑い。
「君たちの目は節穴かね?この私が、こんな男に本気になるわけ無いだろう?」
「は?」
「そうそう、俺もここまで趣味は悪くは無いぜ。」
「え・・・?」
「言ってくれるな、バド。この私に手を触れようなどと、百回生まれ変わったってあり得ないことを自覚したまえ。」
「そういうお前こそ、その高飛車な性格を棚に上げて良く言うな。」
「・・・・。」
さらりと事も無げにある意味爆弾発言をぶっ放し、痴話げんかとも取れる言い争いを始めた二人に、今度は女官達はどう反応して良いのか判らず立ち尽くす番だった。
その一瞬の間を逃すことなく、二人は彼女たちに背を向けて、やいのやいのと言い争いながら、その場を後にした。

「しっかし・・・。」
その日の夜、アスガルドの数少ない娯楽場の酒場に駆け込んだバドとミーメは、くくっと笑いながら酒を酌み交わしていた。
「どうして女ってのは、こう突拍子の無い事を思いつくかね・・・?」
ぐいっとコップに入った酒を煽ると、ミーメが空になったそれにボトルで酒を注いだ。
「お、サンキュ。」
「まぁ、いいのではないかな?」
そして、バドもまたミーメからボトルを受け取り、親友の空になったコップに酒を注いだ。
「そう言うゆとりがアスガルドにも生まれてきたと言う事で。」
「はー、お前、余裕の大人の発言だな・・・。」
少し疲れたように、身体を前かがみに倒し、髪の毛をぐしゃぐしゃといじりながら、ため息を吐くバド。
「君のおかげだ。」
「は?」
ふと親友の方を見ると、ミーメが並々と酒の注がれたコップを手に持って、バドに微笑みかける。
「恋人・・・と勘違いされたのは、不名誉な事だが、私がそれほど君に近い位置に居れる人間だと認められたのは、それなりに嬉しかったぞ。」
意外な告白に、バドは一瞬目を丸くしたが、同じ様に酒の注がれたコップを手に取った。
「一言多いんだよお前は・・・。」
照れながら苦笑するバド。

「親愛なる友へ・・・。」
「乾杯。」
カチャン・・・。

コップ同士がぶつかる軽やかな音の後、二人は契りの酒を一気に飲み干した。

その後、バドとミーメは親交を続けており、やはり腐女の監視は厳しかったが、そんな視線もどこか楽しんでいるように見えていたという・・・。




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