この手紙は、多分一生誰の目にも触れないことを祈りつつも、もし目にする人がいるのならそれはあの人であれば良いと僅かながらの期待を込めて、私は筆を走らせる――。
受 戒 の 意 図
~Rushd Snow~
バド・・・・。
私の愛すべき半身であると同時、最も忌むべきであろう双子の兄へ・・・。
これを目にする時、貴方は私を殺してくれているのだろうか?
それともまだ、意地汚く貴方に想われたいが為に、その期待に縋りついたまま逝ったのだろうか・・・?
願わくば前者を望みたいが、そう易々と私の願いを聞き入れてくれるほど、神は慈悲深くなど無い事を私は知っている。
それでももし、神が何かの気紛れでこの手紙が貴方の目に留まることがあるのなら、私は貴方に伝えたい。
憎しみであれ、恨みであれ、殺意であれ、貴方の中に私が常に存在していたのなら、私はそれで救わます。
私が貴方に殺され
ぱたた・・っ、ぱた・・っ。
不意に視界が歪んで、広げていた白い紙上に雫が落ちて、あっという間に黒インクで綴られた文字を滲ませていく。
「あ・・・。」
そのときに泣いているのだと気づくまでしばし時間がかかり、自覚した時にはぼろぼろと堰を切ったように涙が溢れては止まらなかった。
「・・・っ、ふ」
微かに漏らす声は押さえつける事は出来ても、留め様もなく溢れ出る涙は、片手の甲で両目を抑えて必死で押し止めようとしても、悪戯にそれを濡らすだけで止まる事はない。
何で泣くのか、どうして泣く必要があるというのか?
理由も見当たらないまま、需要の無い偽善な涙は余計に私の惨めな心を更なる乾きに誘う。
・・・兄さん・・・。
声に出す事すら躊躇われて、心の中で呼ぶ事すらおこがましい。
どうして捨てられたのが私ではなかったのか?
どうして出会ってしまったのか??
あの日に遠乗りにさえ行かなければ、出会いさえしなければ・・・。
憎んでしまう方がずっと楽だ。
こんな、砂を噛むような空虚感も、彼を想って惨めに泣く事も無かった。
首を振り、感傷を振り払おうとしてふと窓の外に目をやると、深々と静かに地面に降りて来ようとする雪の結晶が目に入る。
「雪・・・。」
誰にとも無く呟いた言葉で、不意に昔を思い出す。
何も知らなかった頃に、憧れ続け、降りしきる雪を眺め続け何時か母に訊ねられた。
『どうしてシドは雪ばかりを見ているの?・・・』
記憶の中の母の問いかけに、まだ何も知らない自分はこう答えていた。
『私は雪になりたいのです・・・。』と。
今ならどうしてそう答えたのか手に取るように判る。
雪になれば・・・。
ふとペンを持ち、滲んでしまった紙を取り払い、新たに真っ白な紙に、その思いを綴って行く。
雪になれば、全ての悲しみを埋め尽くせる・・・。
雪になれば、隔てられた心も場所も飛び越えて、貴方の傍に難なく行けることが出来る・・・。
雪になってしまえば空に還っても尚、またその季節になれば貴方の傍に降り積もる事が出来る・・・。
もし私が・・・、貴方の手にかかることがあれば・・・。
その時は二つの宿命を定めたあの湖に、灰になった私を貴方の手で降らせて欲しい・・・。
決して叶う事は無いのだろうけど・・・・。
机の上に灯された蝋燭で、用済みとなった紙を燃やし、今しがたに書いた“遺書”を白い封筒に入れ、懺悔だけを綴った書物の中に挟んだ。
読まれることは決してないだろうから、残せる代物。
今も尚、こうしている間にも、背後から投げかけられる貴方の視線がそれを物語っているから――・・・。
これから起こる聖戦で、私が死にきれないと言うならば
せめてその手で私を殺して下さい・・・。
私さえいなければ、貴方は全てを叶えられたのだから・・・・。
貴方の憎しみと殺意の放った拳・・・。
そこが私の死に場所です・・・・・・・。
しかしその後、図らずともその手紙はバドの眼に触れることになり、シドのその願いは叶えられる事となる。
しかし、彼が思った通りの事ではなく、今とは違う彼への思いに気づかされた兄が、憎しみを織り上げた手で奏でるようなそれではなく・・・・。
「シド・・・っ!!」
絞り出すような嗚咽にも似た名前を呼ぶその声は、もう彼には届かないであろうとも。
灰になって飛び交うシドを、ゆっくりと静かに望んだ場所に還って行こうと見守る兄の視線が、かつての憎しみに歪んだ眼とは違う物になっているのを、彼がもう見ることは出来なくとも・・・。
それでもバドの腕の中に、僅かに残ったシドは、折りしも吹き付けた風の中さらわれて行く中で、ふわりとまるで純白の羽根の様に舞い上がった後に、バドの元へ再び舞い降りてくる。
・・・・ありがとう・・・と。
そう言いたげに、もう僅かにしかない自分の身体で、立ち尽くすバドをあたかもそっと包み込むかのように・・・。
・・・・ありがとう・・・。愛する我が兄・・・。
・・・・この場所こそが私にとって――、
・・・・・最高の死に場所です―――・・・・。
END
戻ります。
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