ずるずると、油断すればすぐに雪の中に足を取られそうになる、まだ自由の利かない身体を引きずりながら歩いて行く。
灰色の陰鬱とした空に囲まれていたこの世界は、緩やかに息吹を取り戻そうとしているのは、今こうして我々が蘇った事がそれを証明していた。
自由のない、神に縛られた巫女が流すかのような雪は、今はなりを潜め、柔らかい金色の太陽がその代わりに降り注いで居る。
「・・・・・。」
私は、まだ信じられない思いで隣・・・、僅かに半歩先に行く、純白の甲に身を包んだ人物を見つめていた。
そして彼もまた、私のその視線に気づいたようにピタリと歩を止めて同じ色の・・・、このアスガルド地平の彼方に沈む夕日の色の瞳をこちらに向けた。
「・・・・如何した・・・?」
明らかに自分とは違う低い・・、だけど紛れもなく同じ時に生れた半身。
「・・・いいえ・・・・。」
ぎこちないまま答える自分の声はどこと無く震えているのが判る。
言いたい事はこんな事じゃなくて、まだあるのにそれが上手く声に伝わっていかないこと、それは仕方が無い事だと思う。
蘇ったばかりの私達が最初に行ったのは、言葉を交わす事無くただひたすら歩き続ける事だった――。
醒 添 双 虎
「・・・・・。」
俺の半歩後ろを歩く、弟の視線に気づき振り向いた時に不意に思い出したのは、過去の自分のこと。
こうして俺は何時も影として、ただ染み出す汚泥の様な憎しみだけを滾らせて、こいつの後ろばかりを見つめていた。
この手で奪うと決めていた命を、目の前で零れて行くのを目の当たりにして、欺いていた真心に気づいたのはつい先ほどの事で、その朽ちた命を抱いてどこまでも逝ってしまいたかった。
だが、今は・・・・。
「なぁ・・・。」
今度は俺の方から声をかけると、後ろから聞こえてくるざくざくと雪を踏み締める音がぴたりと止まる。
「・・・・は、はい?」
顔だけを振り返ると、そこにはさっき一瞬だけ垣間見ただけのシドが確かに存在していた。
薄暗い中、背後だけしか見ることを許されなかった双子の弟が。
この手の中で冷たくなっていった筈の、哀しげな表情で訴えていた俺の半身が・・・。
ここにちゃんと居る・・・。
「わ・・っ!」
殆ど無意識のうちに腕を伸ばして、ふらふらと歩いてくる弟の腕を引っつかみ、そのまま自分の肩に回す。
「え・・?何・・。」
驚きを見せる彼に、俺は精一杯出来る限りにシドを安心させる為の表情を作る。
「・・・・そんなふら付いて後ろ歩くな・・・。」
だけど、口を吐いて出た言葉は、俺の思ったことの半分も表現できずに、そのまま空に舞う。
「・・・掴まってろ。」
自分で歩けるからと断る暇も無いまま、そう言って私を自分の肩に掴まらせて、再び歩く兄。
「・・・・・。」
歩きながらすぐそばの横目で伺った顔に浮んでいたのは、どんなに願っていても手に入らないと、自分だけの妄信でしかないと思っていた優しい笑顔だった。
「・・・・・バド・・・。」
思わず湧き上がる心のまま、小さく小さく名前を呼ぶ。
「・・・何だ?」
「・・・・・いいえ。」
「・・・、全く、用も無く人の名を呼ぶな・・・。」
歩きながら、ぶっきらぼうに聞こえるような言葉でも、私は嬉しくてたまらなかった。
だって貴方は今、確かに私と共に歩いている。
こんな小さな声で名を呼んでも、確かに聞こえる距離に貴方は居る。
「・・・・シド。」
その心が聞こえたのかどうか。
バドもまた、聞こえるか聞こえないかの声で隣に歩く弟の名を呼ぶ。
「・・・はい・・・。」
するとシドもまた、先ほどと同じようにすぐに返事を兄へと返す。
「何ですか?」
くすくすと言う笑みを零すのを止められないままシドが問うと、寒さのせいかそれとも別の何かか、耳まで真っ赤にしたバドが小さく答えた。
「・・・・なんでも、無い・・・・。」
黒と白の申し子達が踏み締めていく雪の跡は、空から降る陽が照り返り白銀へと光り輝いている。
それは、これから本当の絆を築いて行く為に、彼等の心の中に僅かにある蟠りを溶かして行く光さながらに。
まだまだ、ワルハラ宮まで辿り着く長い道のりは、きっと二十年分の心の内を明かすには全然足りないであろうけども。
身体の自由はもうすっかりと取り戻していたシドだったが、彼は兄から離れようとはせず、またバドもまたそんな弟を離す事は無く、寄り添いながら一路を共にして行く彼等にとっては、もう二度と掻き消える事は無い、互いの瞳に映る存在の、隔てられてきた距離とその温もりを確かめ合うには、充分な時間と距離であった――・・・。
戻ります。
|