世にも奇妙な物語~バグ・ファザー~



退屈だなぁ・・・・。

軽くあくびをかみ殺し、くすんだ陽の瞳を微かに濡らした、緑青がかった銀の髪の幼い少年はぼんやりとそう思った。
豪奢なつくりの客間のソファには、寸分違わぬ二人の男・・・即ち自分“達”を作った“父親”が、必死な形相であれやこれやと御託を自分に並べている。
そして、その周りを5~6人のワルハラ宮付き近衛の制服を着た屈強な男達が、取り囲むようにして目を光らせながら座っていた。
その御託を耳に入れるフリをして、また逆の耳から押し流している少年の心はここにあらず、別ごとに関心を示しているようだった。


世 に も 奇 妙 な 物 語
~バ グ ・フ ァ ザー~


今から一週間ほど前だったか、何の吉兆も前触れも無く“父親”が増殖するという奇怪な事態がアスガルド国内を見舞った。
アスガルドの民達が崇めたてる老神の気紛れか怒りか、それとも在らざる者共のたくらみか、国を治めるうら若き巫女はこの事態を重く受け止めて、自らもオーディーンに神託を仰ぐ為に祈りを捧ぐ為に時間を多く割き、その細い身体にいたずらに負担を強いたが、結果は何も得られずにただ不気味に現象は続いた。
ある家は三人、ある家は五人、そしてまたある家は十二人と増え方は庶民も権力者も老も若も関係なく、ただ“父親”と言う項目が共通するに過ぎなかった。
隣で夫と一緒にくつろいでいた所にもう一人の夫が帰宅する様を見て目を大きく見開く妻や、一家団欒でに夕食を取ろうとしてリビングに足を踏み入れた途端、自分の席にもう一人の自分が座っている光景を目の当たりにして呆然とする者、躍起になって『我こそが本物だ!』と狂ったように叫び、寸分違わぬ自分に飛び掛ったりする者・・と、穏やかに解決しろと言う方が無理な光景に、人々は戦き混乱していった。
被害に見舞われた父親の伴侶・・・所謂“母親”は現実を受け入れられずに倒れるか、それともこの国の破滅だと怯えて自害するかのいずれかを選ぶ羽目になっている。

そしてこの名門の当主といわれたバルドも例外では無く。
それを発見したのは、夜中に何気なく目を覚まし、水を飲む為に台所に行こうとした幼い息子のシドであり、夕方に帰宅して晩餐を共にしていた父親が、「今帰って来た」という台詞でこの家も混乱に巻き込まれたのであった。
ちなみに母親のシギュンは、この事実に伏せってしまい、自室から一歩も外には出ようとせず、睡眠薬を服用して現実と夢想の区別を付かせないようにと必死にあがいている。

結果、八方手を尽くした国を治める地上代行者の乙女が取った方法は、最も手っ取り早く最も確実な方法だった。
それは妻なり子供なり、自分達で誰が本当の父親かをこの手で決めろというものであり、早い話がこの国で不吉な片割れとされている双子をどちらかの手で選べというものと何ら変わりは無いものだった。
勿論、増えてしまった父親達にも権利はあり、これからどの様な家庭を築いていくか、どの様な態度で家族を愛するかという弁論じみた抱負を語る微々たる時間だが与えられる。
選ばれなかった“父親”がどの様な末路を辿るのか、それははっきりとはしなかったが、恐らくは無益な殺生を好まぬ神とやらの“生贄”か、長く属国として隷従している海の神にでも捧げるかのどちらかだろう。

そんな訳でこの幼子は、意識を手放し選択の権利を放棄した母に代わり、自分“達”を作った人間を廃棄する為の手続きを取っている真っ最中なのである。


シドは今、自分と捨てられてしまった“兄”を繋ぐ一本の糸よろしく短刀を手の中で弄びながら、必死に自分に対しての弁論をまくし立てる“父親”達を、冷ややかな目で見つめていた。
無表情を装いながら、それでもこみ上げてくるおかしさを必死に飲み込みながら。

皮肉なものだね。父様。
この手で私の誰よりも近しい存在を捨てた貴方が、生き残った私の手によって、生きるか死ぬかの運命を握られているなんて・・・・。

きっと二人の父は、私の顔に捨てたもう一人の我が子を重ねずには居られないだろう。
その証拠にほら・・・、顔色が最初の頃よりも心なしか青ざめている・・・。
かわいそうに、うわ言の様に『お前も・・お前もきっと一緒に暮らせるようにするから・・・、人一人の命が、この家より軽いわけは無いだろうが』なんて寝ぼけた事を繰り返している。

世迷言はもう良いよ。
だってどうせ貴方なんて、どうでもいいし。
貴方が、同じ顔をした我が子を『どちらにしようかな?オーディーン様の言う通り』で決めたように、私もこの短刀を垂直に立てて、傾いた方に立っている貴方を本当のお父様に選ぶから・・・。



ね・・・、それよりも気になることがあるんだ。




貴方のその汚く濁った目の中に居るのは、シドであるこの私?












それとも、“シド”の姿をしたもう一人の――・・・・・。
















パタン


戻ります。