思慕友愛





思 慕 友 愛



最近特に人恋しくなる・・・。
昔はそんなことは微塵も思わなかったのに、思おうともしなかったのに・・・。
人恋しい・・・、と言うよりは、温もりが欲しいと言ったほうが正しいのかも知れない。
「はっ・・・、何を・・・。」
子供みたいなことを・・・。
そう嘯き、何度か寝返りを打っていた寝台から起き上がり、物音を立てぬようにそっとドアノブを回した。
すっかり寝静まったワルハラ宮内の静かな廊下をすり足で歩いて行く。
正面玄関の頑丈な扉を、極力静かに開けるが、ギィ・・・と微かに軋む音が耳に入る。
僅かな隙間に身を忍ばせて、外に出て夜空を仰ぐ。
ぽっかりと出ている満月と、その周りを銀色に煌きながら紺碧の空を彩る星々。
その下に横たわるは、ワルハラ宮にある、憩いの場として使われている庭。
その先は同じ領土である森へと続く。
さすがにこんな真夜中、フラフラと出歩く者は居ないらしい。
上に纏ってきた外套を、春先とはいえまだ冷たく吹く風に飛ばされない様に手で押さえながら、庭を突っ切って行く。


明るい月夜は苦手だった。
まぶしくて、何もかもを見透かされている感じがするから。
己の弱さも感情も全部心の中に押し込めて、ひたすら忘れようとしていたあの頃。
そして勃発した聖戦で一度命を落としたと同時、亡き彼の人への想いに気づかされた。


やがて我々は再び生を歩む事を許されて、亡きあの人に対する罪の意識も徐々に薄らぎ、ようやく私は過去の呪縛から解き放たれた。

だけどふとした事で過ぎる思い。

あの大きな手は、幼い頃はただひたすら怖かった。
あの手は、あの足は私を傷つけるだけのものだと思っていた。

その手に一度も抱かれること無く、私は彼の人を葬った。
そのときの私は彼を越えたのだと、盲目的に思い込んでいたのだ・・・。


「ん?」
ぼんやりと森の中まで入っていくと、木々が開けた小さな野原の地に、腰を下ろしている人物がいる。
闇夜の中、月光を受けて銀色に煌く彼の髪。
後ろを向いたままだった彼は、私の気配を察したのか、すぐさま後ろを振り向いた。
「おう、ミーメ!」


「何をやっているんだ?バド。こんな遅くに・・・。」
特に一人になりたかったとかそう言う訳ではないので、手招きでバドに呼ばれたミーメは、やれやれと言った調子でその隣に腰を下ろした。
そして彼の回りを見ると、既に空になった酒の小瓶が二本転がっており、今彼は三本目のボトルに口をつけている。
「見りゃ判るだろう?月見だよ月見。」
「この寒いのにか?全く・・・。」
「別に寒くはないだろう、もうすぐ春なんだし・・・。」
その時バドは、あっと声を上げがさごそと持参していた紙袋を漁り出し、今飲んでいるものと同じ種類の酒を取り出しミーメに手渡した。
「お前、下戸じゃないだろ?飲めよ。」
「・・・あぁ、ありがとう・・・。」
・・・・一体どれだけ買い込んだんだ;?
その言葉は黙って飲み込み、ミーメは素直に差し出された酒を受け取った。
「そういうお前は、何でこんな時間をうろついていたんだ?しかも竪琴も持たないで。」
折角だから、肴に一曲弾いて欲しかったなぁと言いながら、きゅ・・・っとキャップを捻りながら、バドは隣に座る陽色の髪の友人に問いかける。
「・・・・別に・・・、ただ眠れなかったから散歩に出ただけさ。」
「ふーん・・・。」
それ以上は何も言わず、バドはかぱかぱと再び酒を煽りだす。
「君こそ、そんなに飲んで明日弟君に文句を言われても知らないぞ。」
ミーメのその言葉に、一瞬手を止めたバドだったが・・・。
「いーんだよ、いまあいつはしゅっちょー中。」
さすがに酔いが回ってきたのか、少々ろれつが回らなくなった口調でバドは言い、ぐいっとその酒を飲み干した。

あぁ、なるほど・・・。
つまりは、一人寝の寂しさからここに来て酒盛りを始めていたという訳だ。

一人寝ね・・・。
ふ・・・っと寂しそうに静かに笑うミーメ。
「フォルケルの事を思い出していたのか?」
不意に、凛とした声で告げられて、ミーメはびくっと身体を強張らせた。
恐る恐る隣を見ると、先ほどまでの酔いは何処へ行ったのか、真剣そのものの表情のバドばそこに居る。
「まさかお前・・・、まだ引きずってんじゃないだろうな!?」
ぐっ・・・と痛いくらいに肩を掴まれて静かに睨まれる。
「いや・・・違う・・・。」
そうじゃない。
ただ、父の温もりはもう知る事が出来ないのだなと、そう思っただけで。
罪の意識が消えたわけじゃない。
だが、耐え切れない程の想いに潰されている訳ではない。

と、そこまで考えていた時だった。
「うわ・・・っぷ!」
何を思ったのか、バドはミーメの肩に掴んだ手をそのまま自分の方に引き寄せたのだ。
「おいっ!;何をするっ・・・!!」
顔を真っ赤にして、抗議の声を上げるミーメ。
「ちょっと寒くなってきたから、身体貸せ。」
どんどんと胸を叩いても動じずに、寝ぼけた事を抜かしてくる。
「私は枕じゃないんだぞ!?聞いてるのかおい!!」
だが、一向に緩むことのない腕の力に、私はこれ以上抵抗する気力も失せてしまった。
彼のこの抱擁は、別に私をどうにかしようと言うものではなく、ただ本当に寒かったから・・・なのか?;
既に酔っ払っていた様子だったので、本当のところはどうなんだろうか・・・?
「おまえはさぁ・・・。」
と、その時頭上の方から聞こえてくるのは、ひどく優しい・・・しかし少し哀しそうなバドの声。
「そうやっていつまでも独りぼっちみたいな顔すんなよな・・・。」
「・・・・。」

やっぱり無理をしていたのか、抱きつかれた時のバドの身体は冷え切っていたのだが、こうして体温を分け合う中、常温まで戻ったようだ。


だけどそれとは別に、バドはどこか温かかった。


自分より広い、肩幅と胸と、力強い腕。
もしかしたら、今彼が与えてくれるそれは、幼い頃に欲しがっていた父・フォルケルの温もりなのかもしれない。


「とうさん・・・。」

とても小さい、ミーメの一言はどこか安堵したような声だった。


その翌日
「頭痛ぇー・・・。」
二日酔いと風邪の相乗効果で、苦しむバドの額にひんやりと押し当てられる濡れタオル。
「っったく・・・、ジークフリートの野郎・・・、あんなに怒鳴らなくたって・・・。」
「何を言っている。当然の反応だ。」
その傍らには、看護の邪魔にならないように陽色の髪を後ろで一本に括っているミーメ。
「大体、あれから酔いつぶれた君を担いで帰って来たのは誰だ?しかも残りの酒と空き瓶もしっかりと拾って。」
「うっ;」
その華奢な身体にどこにそんな力があるのか・・・。
ぐうの音も出ないバドに、ミーメはふ・・・っと笑う。
「まぁ・・・、こっちも礼を言わなければならない身だからな・・・。それにプラスして看病してもお釣りは来るだろう。」
「あ?」
何かしたっけ?俺?と、心底不思議そうなバド。
そんな彼に、ミーメは更に表情を和らげてこう言った。


「今度月見酒をするときには誘ってくれ。

次は一曲弾いてやる。」




戻ります。