廃墟の教会の広く吹き抜ける天井を埋めつくす、古ぼけたステンドグラスに月の光が浸透して、涙を零しているように見えた。
もう、顔も見ることも出来ない、固く閂されている棺桶の中で眠るたった一人の・・・―俺にとっては最初から最後までの家族でもあったが―・・・弟が静かに眠る。
魂を導く言の葉の代わりに、古びたパイプオルガンが奏でる鎮魂歌を演奏する旧式の蓄音機だけが、俺以外の彼を見送る唯一のものだった――。
遺 書
~kind a conclusion~
誰も何も要らない、見送りは貴方だけで良い――・・・。
最後の最後まであなた自身の手で私を葬って――・・・。
何でそんな事を・・・?
縁起でもない事を・・・と、多分俺は引き攣った顔つきでお前に向き直ったけども、お前はそれに答えず、うぅん・・と頭を振って、冗談とも本気とも取れない笑みを、同じつくりな筈でも綺麗なその顔に模りながらそっと小指をこちらに差し出した。
約束、して下さいませんか――?
そんな、このゆったりとした平穏で初めて心安らぐ時間を終わらせる為の約束など出来ないと突っぱねれば、お前は少しだけその笑顔に悲しみをいり混ぜて俺を見上げ続けて。
いずれ終わってしまうこの時間なら、一つでも多くあなたと私を結ぶものが欲しいのです。
あなたの中に私が今、存在しえるこの時間、この場所で・・・・・・。
あなたの中に私が、ずっとずっと居られる様に・・・・。
二度目の追悼を行う直前まで、お前は白いベッドの上に横たわりながら、俺を見上げ続けて力なく握った俺の手の平に最後の温もりを残すように柔らかく微笑んだ。
その最後の笑みに連動して脳裏に浮んだのは、神から与えられたもう一つの人生の中でお前が俺に誓わせた事。
「・・・あぁ、そうか・・・・。」
悲しみと後悔と絶望だけが去来した、遠い過去の最初の別離とはまるで違う。
同じように冷たい身体をその手に取った時、頭に浮ぶのはお前と二人だけで静かにやり直せた穏やかで温かい日々。
初めて一緒に暮らしてからお前が作り上げた手料理は、どう見ても人に食わせられるものではない・・・味噌汁が殺人兵器になり得る事をその日初めて知った・・・物体だったとか。
買い置きの取って置きの酒を勝手にお前が飲んでしまって、それで三日間は口を利かなかったりとか。
二人だけで挙げた子どもじみたイベント行事とか・・・。
喪失の痛みよりも遥かに煌き出す、重ね合わせたお前との思い出。
「お前は俺に、“お前”を遺してくれたんだ・・・・。」
その棺で眠る身体が土に還ろうと、魂が輪廻の川を渡り忘却の洗礼を受けようと、シドは俺に、確かな存在を残して逝った。
それは何も残さず何も伝えられなかったあの痛みの時を全て浄化するほどに・・・・。
蓄音機から零れ落ちる音が鳴り止んで、バドはその棺を乗せた滑車を教会の出入り口から出していく。
二人で暮らした思い出の詰め込まれた、隠れ家にあるささやかな庭に、役目を終えた器を還元する為に。
あの日、力なく握り締めた手から零れ落ちる温もりを湛えた微笑で、シドは最後の祈りを最愛の兄に捧げて逝った。
私が居なくなってしまっても、あなたはこの場所で私の分まで幸せになって下さい・・・。
そうして、私に逢いに来て下さい――・・・・。
戻ります。
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