夢仰紬愛(夢を仰ぎ紬ぐその愛)



俺が朽ちる時は、あの大樹の下にこの器を還してくれ・・・。

どこぞの仏陀の生まれ変わりが言っていた様なことを、まさか自分が思うとは思わなかった。
だけど、置いてけぼりを喰らったこの俺が還れる場所はきっとここしかないと、あの場所にあの樹を植えた時からずっと決めていたことで。
ここに来ればきっとお前に出会える。
そしてもう一度会えたならその時は・・・・。




夢 仰 紬 愛




「・・・・・・・。」
ざわざわと風が揺らす、大きく腕を広げるかのような枝とそこに芽吹く葉がさざめく音で、その大樹の幹に身を持たせかけていたバドは、一度閉じていた瞳を開いて木漏れ日を仰ぎ見る。
「・・・・・・・・・。」
そしてその隣には、やはり無言のままでバドの手を自分の手としっかりと繋いで、同じように身を持たせかけている彼の双子の弟の姿があった。
「・・・・・やっぱり、ここは落ち着くな・・・・。」
「えぇ・・・、静かですしね・・・。」
何をするでもなく、瞑想に近い語らい。
「ここにお前と来ると、何かホッとするんだ・・・。」
「私も・・・、兄さんと一緒にここに来ることが一番嬉しいんです。」
ふふ・・・と、二人は至近距離の位置から顔を見合わせて、何気に恋人同士の様な語らいを交わし始める。


この場所は、遥か昔に起こった聖戦の生き残りである一人の戦士が、死に別れた近しい愛しき者への想いを形あるものに託して、可憐な薄桃色に近い白の無数の花を咲かせる苗木を植えた場所。
幾夜、幾年が巡っても、その男が生き続けている間はその大樹は花を咲き誇らせて枯れる様子も無く、やがて天寿を全うした戦士の亡骸は、この樹の下に埋められたという。
その様にしたのは彼の遺言であり、生きている間に想い人の温もりを得られなかった変わり、死してから魂となりてその人と巡り合える様にと・・・。
その彼の願いが叶ったかのように、この大樹は花こそはつけ無くなった物の、百年ものの歳月を、腐る事無く根を下ろし続け、そして今、年若きこの双子の兄弟を柔らかく包み込んでいた。


「シドはさ・・・。」
年の功は17歳程で、シドと呼ばれた弟の方は、どこかおっとりとした物腰の柔らかそうな雰囲気に対し、バドはそんなシドを支えるように逞しい野性味を感じさせる青年だった。
「はい?」
うん?と言う様に、立ったままの二人はいつの間にかそこにしゃがみ込んでいて、拓けた丘の上から眺める美しいアスガルドの自然の景色を背景にして会話をしていた。
「これから、俺達が離れ離れになったとしたら・・・。」
「え?」
兄の言葉の意味が最初判断しかねて思わず聞き返すシドだが、バドがいいや・・・と苦笑しながら軽く頭を横に振った。
「ごめん、何でもない・・・。」
この二人だけの秘密基地の様な聖域は落ち着くのと同時、何故か焦燥感も湧き上がる。
心が千切られそうな胸騒ぎと、胸が潰れそうなほどの哀しみを何故か感じる。
今、確かに隣に、向かい合わせで居る弟を失うかもしれないと言う恐怖と言うか、古い記録映画の様な既視感が頭の中にたまに映し出されて。

彼等は、普通の兄弟以上の仲の良さだった。
小さい頃からずっと一緒でどこに行くのも一緒で、年頃になってからも別に行動をしようとは思わなかった。
その類稀なる容姿が二つ並んで歩く姿は周りも息を呑んで目の保養にはするものの、放っておいてくれる者が大半だったが、中には邪な想像を掻き立てて、陰口やらあらぬ妄想を垂れ流す下衆な人間も少なからずは居た。
それでも、彼等は今の自分達の仲を改めようとも思わなかった。
これが兄弟愛なのか、それとも何か別の感情が働きかけているのか、それすらも意識しないまま、ずっとこのまま一緒に生きていけると二人は信じて已まなかった。

「・・・そんなこと・・・。」
ふと、シドが今にも泣き出しそうな顔をしているバドの頬を両手で包み込んだ。
「確かにこれからどうなるか、判らない・・・ですけど・・・。」
そして優しい手つきで己の肩口に招き入れるようにして、バドの後頭部に手を添えて向かい合うように抱きよせる。
「でも、私はずっと兄さんと一緒にいたいと思ってます・・・。」

――・・・・離れるだなんて考えた事もありません・・・。

ずっとずっと幼い頃からバドはシドの中の全てであって、それを手放すなんてことは考えたことは無かった。
万が一にこの手を手放す時、それは恐らく自分が消える時。
多分普通の兄弟ならば、もうとっくに別の人生を歩みだす頃だと思うし、こういう感情を抱く事自体どこか私達は何かが違っているのだろう。
でも、これが偽らざるシドの本心で。


もう、この人を哀しませてはいけないと・・・。
遠い遠い場所から発せられてくる、己の声。
それは警告か呪いなのかそれとも・・・。


「俺も・・・、ずっとお前と・・。」
少し涼しくなってきた山の天気の中、バドもまたシドの背中に手を回してピッタリと一つの形になるように抱きしめ返す。
それが兄弟愛なのかそれとも過去からの呪縛か何かが判らないまでも、彼等は二人で居れればそれで良いと本能で察していた。
誰が何と言おうと、どう思われようと、今の彼らにとって引き離される事は考えられないほどの苦痛でしかなく、それ以外の幸せなど要らないと思っていた。






それは遠い過去からの、何度も何度も彼らが手繰る意図、そのままに――・・・・。









――ここにおいで・・・。
器から魂が離れていく、浮遊感の中そう囁く声が耳に届いた。
――私が夢を見続けているあの場所へ・・・。
そこへ行くにはどうすれば・・・?
――もうあなたは来られるはず・・・、だってほら・・・。
・・・!?
――ずっと、かの樹に宿り、一緒に夢を見続けましょう。私達がもう一度出会う夢を・・・。
あぁ、そうだな・・・。もう一度お前に逢う夢を・・・。




誰にも何人にも引き裂かれない、俺とお前だけの幸福な夢を――・・・。





Keep one's end up



戻ります。