真っ白なペンキで塗り潰されたような空の季節が今年もやって来た。
夜が昇らない、太陽の光だけのこの国唯一の暑い季節が訪れても、別に何も感慨も浮ぶはずも無い人生を二人別々に過ごしてきたけれど、今はもう違っていた。
俗世を絶ったような森の奥に建つのは一見すると掘っ立て小屋で、簡素な造りから山の避難場所と見間違えられても無理は無い。
その周りを緑の木々に囲まれて、そこに切り取られたように位置する白い空の景色と相俟って、二人が暮らす愛に溢れる住みかはまるでおとぎ話に出てくる隠れ家のようで。
White Summer Farm
「・・あっちぃ・・・・;」
狭い小屋の外にある、土を耕して慎ましやかに作られた自宅庭園には、かのアスガルドの天才が研究に研究を重ねた北方に位置するこの国の天候でも実を咲かす種や木の実が植えられていて、日々端正な世話の元にようやくそれ等は実を付け始めていた。
北方の国とは言え、夏という季節柄陽の光はその恵みをふんだんに惜しみなく空から注ぎ、森の中に暮らす彼らの住まいにもそれは平等に与えていて、そこにしゃがんで畑の草いじりをしている彼の額に汗を浮ばせる。
萌芽を淡く混ぜたような銀髪を持つ頭にバンダナを巻いて、黒い半そでの吸水性の良い布のシャツを着込んで、下は野良作業に最適な紺地の厚い生地で出来た、少し余裕のある造りの七分丈のズボンを着用しており、足元には黒いツッカケ・・・俗に言う健康サンダル・・・を履いている青年―バド―は少しだけ恨めしげに空を仰ぎながら額を軍手のはめた手で拭った。
白いばかりの空で光も闇の区別の付かない季節だが、人類には体内時計という理知の本能があるため、そろそろ昼時か・・と思いつつ、区切りのいいところまで庭弄りを進めようと作業を再開したバドの背中に不意に冷たく濡れた感触が走る。
「うわっ!」
「あっ!;」
バドがその冷たさにその場に立ち上がったと同時、背後に立つ人物が気まずそうな声を上げた。
「ごめんなさい~;大丈夫ですか;?」
開けっ放しになっている小屋の窓の蛇口から繋いだ青いホースから溢れ出る、適度な量の涼やかな水を庭先に撒こうとしていたらしいのは、彼の双子の弟のシドだった。
前・ワルハラ宮近衛隊副官、現・専業主婦業のこの彼は、久方ぶりに仕事の休みな兄と一緒に取るための昼食を作り終えた後エプロンを外し、白いノースリーブに頭には麦藁帽子、藍色の五分丈のカジュアルパンツ姿と言う出で姿でばつの悪そうにホースを抱えていた。
「冷て・・。」
引っ掛けられた部分のシャツを軍手のはめた手で引っ張りながら、シドの方へ向き直ると放出されている水が、陽に反射してキラキラと宝石の様な飛沫が彼を取り巻いているように見えて思わず息を飲んだ。
昔の彼の前身を知っている身としては、今の彼の姿を見る者が居れば落ちぶれたものだろうと思う者が大半であろうと思われても仕方が無いと思うけど、それでも今の方が生き生きとしていて綺麗だと思う。
押し黙ってしまった兄に軽く首を傾げつつも、それでもお昼までにはまだまだ時間があるので今度はバドにかからない程度で周りに水を与えていくそこには小さく七色の光が反射する。
「・・・お前のその姿・・・。」
「え?」
「いや、今のお前をお前の知っている奴が見たらどう思うだろうかな・・・?」
思わず口を付いて出た兄の言葉にシドはきょとんとした表情を向けるが、すぐ様それは生真面目な表情に変わる。
「見せびらかすつもりはありませんよ?」
「え?」
「だって、兄さんにだけ映っていれば良いんですよ。私の今の幸せな姿は。」
「っ!////」
にっこりと笑って言われた最高の殺し文句に珍しく思わず赤面するバド。
ホースを地面に置いて、す・・っと濡れるのも構わずに兄にしなだれかかるように近づいて、その首に両手をまわしてピッタリと身体を密着させる。
「今の私が不幸せに見えますか?」
「・・・・全然。」
「じゃあ、こんな私を他人に見せたいと思います?」
「・・・いいや?」
悪戯好きな天使の様な唇から芳しい息と共に紡がれる言葉を塞ぐようにして、バドは温めてもらうようにシドの身体を抱きしめながらそっとキスを交わす。
「・・・シ」
くきゅうぅううううん☆
と、その時、うっかり庭先でことに及ぼうとしていたバドの欲情を込めた声をかき消すようにして鳴ったのは、彼らの腹の虫の音。
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
思わず無言で見つめ合い、そして一瞬後に吹き出す二人。
丁度いい事にすっかり陽は南に上り、昼食時を空から知らせている。
「そうだな、まずは腹ごしらからかな。」
「えぇ、あ、今日はヒヤシチュウカと言うのを作ってみました♪兄さんが持って来てくれた料理のレシピ本を見て。」
「初めて作った?」
「はいv」
「・・・・・・・・・・ちゃんと食える様に作ったか?」
「っ、失礼なっ///!」
何でもないことで笑いあって、心から安らげる日々が来た事。
それでもあんな日々をまだ笑い飛ばす事は出来ないけれど、彼が居てくれるから少しずつ傷は白く癒えて行って生きて行ける毎日。
ホースから出しっぱなしの水は緩やかに窪んだ箇所に小さな水溜りを作っており、その小さな鏡に腹が減っては何とやらと言う事で、色んな意味での作業を一時中断して、箱庭の様な自宅へと引き上げていく二人の姿を静かに見守るように映していた。
ここには贅沢も地位も名誉も無いけれど、それらを引き換えにしても惜しくないほど温かさと君に満たされる場所なんだよ――・・・・。
だから、もっともっと・・・、一緒に幸せになろう、ね?
BGM:COCCO『ザンサイアン』より「夏色」
戻ります。
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