誓想~雨に濡れた夢路の痕に~



誓 想
-雨に濡れた夢路の痕に-


幼い頃、家の近くを通るたびに目にしていた光景がある。

小高い丘の上にある大きな一本の杉の樹。
その下で笑い合い、はしゃぎ合いながら、胴の周りをぐるぐると回りながら、お互いを追い掛け回している兄弟。


-お兄ちゃん、掴まえた~-
-よ~し、今度は兄ちゃんが鬼だ。-
-わーい、きゃーっ!!-


兄弟水入らずの遊びの時間。
何の変哲も無い、無邪気な光景。
でも私には・・・・。

やがて兄弟の母親が夕飯だと、我が子を呼びに来る。
二人はもっと遊びたい~、と駄々をこねるが、また明日があるでしょうと母に諭されて、しぶしぶと帰路へと着く。
だけど、彼等はギュッと繋がれた手から、また明日も同じ時間が流れると信じて疑わない。
何にも言わなくても、それは保障された日常。


誰も居なくなった、夕日が照らされる杉の樹の下に、私は膝を抱えて蹲る。
『おにいちゃ・・・。』
口を着いて出そうになる、その言葉を必死に必死に飲み込んで。
夜を運ぶ夕刻の風は、遮るものが何も無いこの場所では、冷たさをそのままにこの身に絡み付いてくる。
それはあの日に見た、“彼”の眼差しと自分に向けられてくる感情を反映したかのようで・・・。
『お・・・にい・・・ちゃ・・・。』
しがらみ無く、そう呼べたらと。
どれだけ思ったのか知れない。
でもそれは決してしてはいけないことなのだ。
渇望しても、得られるものではないのだと。
『・・・ふぇ・・・ぇ・・・っ。』
ぎゅうっと、縦に立てた膝の上に組まれた手の上に額を押付けて、声を殺して泣いた。

泣いても泣いても、目蓋の裏に焼きつく“彼”の目はとても冷たくて。
手を差し伸べても、脳裏の“彼”はそれを受け入れてくれなくて。

どうしようもない後悔と寂しさから、私はずっとここに蹲ったままで、やがて眠りに落ちていく・・・。



「・・・ド、シド!」
「ん~・・・?」
木漏れ日の杉の木の下、寝ぼけ眼を擦って目を覚ました弟に、バドは呆れたように溜息を吐いた。
「全く、折角の休日に二人だけで出掛けたのに・・・。」
それでも尚、完全に起き切っていないのか、惚けた様に見上げてくるシドの頬に手を添えて・・・。
「うゃっ。」
「お前が寝ちゃうから、あっという間に一日が終わっちゃったじゃねぇか。」
軽く抓られて、上ずった声を上げるシド。
片頬だけでは飽き足らず、両手でむにむにと摘まれて、軽く円を描かれた後、ちょん・・・っと離される。
「兄さん・・・私の頬は貴方の玩具ですか・・・?」
兄の顔を見上げて抗議の声を上げるものの、その顔はどこか嬉しそうな表情だった。
「ん~?あぁ、まぁそうだな・・・。」
はぐらかす様に目を逸らしつつも、また視線を弟の方に戻し、今しがた自分が触れていた頬に、ちゅ・・っと口付けを落とす。
「お前は俺のものだから、それはあながち間違いじゃないな♪」
にしし・・・とせせら笑うような無防備な顔。
沈みかけている夕日と同じ色の瞳が、大きく見開かれて、見る見るうちに白い頬は赤く染まっていく。
「もうっ!知りませんから!!」
勢い良く立ち上がろうとしたところ、不意にバドの手がシドの手首を捉えて引っ張り、その場所に留まらせる。
「折角お前の昼寝に付き合ったんだから、お前も俺に付き合えよな?」
「~~~っ!(///)」
ずるい・・・。
その言葉は飲み込みながら、背中を受け止める淡緑の草と同じ色が混じる、さらさらと鼻先を擽る銀髪を覆いかぶさるその人の耳にかけながら。
「・・・・ハイ・・・。」


頷いた弟が兄の首にするりと腕を回すと、兄は弟に微笑みかけて優しい口付けを与える――。





初めは、夢。
幼い頃にずっと独りで見てきた夢。


あの頃には戻れないけども、少しずつ歩んで行くことで取り戻せる事が出来る、始まったばかりの夢。


願わくばどうか・・・。
この夢が醒めませんように・・・。





戻ります。