歳 暮 賀 正
亥 へ の 刻 み 足
「うーーーっん!」
酒で火照った体にはむしろ冷たい外気が心地良い。
そう酔いを醒ますようにしてバドは大きく身体を伸びをする。
ここは、普段は使われていないワルハラ宮の外れにある時計塔の屋根の上。
もう時を告げる事無く止まった時計と、それを知らせるための鐘がひっそりとそのままになっている人気の無い場所。
大広間とその周りでは大晦日と新年に移り変わる為の祝い事が催されており、その警備に当たっていたバドはようやく僅かな時間が取れて、少しの間だけでもと双子の弟のシドと一緒に祝い酒を飲んでいたのだが、時間が合わなかったため本当に僅かな時間しか取れず、身を持て余してしまう感情を持ったまままた騒がしい喧騒の中に戻るのはどうかと思い、ワルハラ宮の中で一際高いこの場所へと足を運んたのだった。
黒い半そでのラフな服装に、少しだけミスマッチの濃緑の色合いの、無造作に首に巻いたストールが強まってきた雪と風ではたはたと靡き出す。
平気だと言ったのに、風邪を引いたらどうするんだと強くシドに言われて、しぶしぶと・・だが内心そんな心配してくれる事はこそばゆく嬉しく思うのも事実。
「・・・で・・・。」
突如、バドはもたれていた時計塔の壁から僅かに身を起こし、振り返って壁越しに視線を向ける。
「お前も退屈だから抜け出して来たクチか?ミーメ。」
「何時から気づいていた?」
「来た時から。」
反対側の壁には、今年最後の任務は宮廷楽団と共に一緒に演奏をする事となった、藍色のビロードの温かそうな楽師服に身を包み、手には相変わらず竪琴を抱えた同隊の悪友の姿があった。
「その割には何だか悦に浸っていたような気もするが・・・。」
「いやいや、別に?むしろロンリー気分だ。」
「酔っているな。」
「酔ってなきゃこんな場所には来ないさ。」
口からポンポンとついて出るのは本当にたわいの無い内容の会話。
厳しい自然と故に閉鎖された国だと、我が祖国ながら思っていたが、かつての聖戦からこの国は微々たるものだが、確実に発展を遂げ始めていた。
それ故に冬になると暗く沈んだ顔をしていた人々の表情が、少しずつ明るくなり始め、かつて思い思いの業を持つ神闘士達も、隔たっていた心の壁が低くなり始め、その最もたる象徴がここに居る彼ら二人。
片や親殺しの業を持ち、片や双子の因習の犠牲になりたった一人の弟を憎む業を持つ。
こんな軽口を叩き合えるまでに至るまでは決して安穏な展開ではなかったが、それでも自然にこうした存在を持てるのは互いに不快ではない。
「だけどまた雪が積もりそうだなぁ・・・;こないだ折角雪降ろししたばかりなのに・・・。;」
「ここからは落ちないでくれたまえよ?また君を担いで行くのも、弟君に死にそうな顔をして出迎えられるのも懲りたからな。」
「う・・・;あれはだな・・・!」
相変わらずどちらが移動するとかしないで壁越しで本当にどうでも良いような会話を続けている二人。
と、そんな最中に不意に紺碧夜空から星達も混じって落ちて来るかのような雪の景色の中、不意に二人空気が変わるのを肌で感じ取る。
と同時、がやがやとにわかに大広間がある宮殿の方も騒がしくなってくる。
「今何時だ?」
「・・・あともう少しだな。」
時間を尋ねたバドに、ミーメは懐から懐中時計を取り出してその時間を告げると、そろそろか・・・と一人ごち、ふと互いの間にもう一度沈黙が流れ出す。
20・・・・・、15・・・・・・・、
10・・・、
5・・・・・・・、
4・・・・・・、
3・・・・・、
2・・・・、
1・・・、
ガラーン!・・・ガラーン、ガラーン・・ガラーン・・・!
「「∑;!?」」
と、突如今までの静寂を打ち破るように、持たれかかっていた壁の上側から荘厳ながらも大きな鐘の音が鳴り響き、さしもの二人もビックリしたように息を飲む。
その直後に聞こえてくるのは人々の口々に新年を祝う歓声と声。
「・・・吃驚した;」
「・・・・・一年の始まりを告げる為に鳴らすんだなこの鐘は・・・;」
耳を劈くばかりの音を聞かされて、しばし動悸が治まらなかったものの、その時を告げる為に鳴り響く音にも慣れた二人は、すっと隔てている壁からひょこりと顔を出して互いを見合った。
「今年も宜しく・・な・・・。」
「あぁ、こちらこそ。」
そして、落ちないように・・・特にバドは怪我をした後なので慎重になりながら・・バランスを取りながら、手を差し出し、年の変わり目を共に過ごし、そして今年最初に出会うことになった友の手をお互いにしっかりと握り合う。
「兄さんーっ!ミーメも!!」
と、丁度握手を交わし終えた瞬間、さくさくさくと雪を踏み締めながら、駆けて来た人物の下からの呼びかけの声に気づき、二人の男はその方向に眼を向ける。
「おーい!ここだシドー!!」
そして大きく手を振りかぶり弟を呼ぶバドに、シドは視線をはるか上に向けると、年末の出来事が頭を過ぎり、はっとした表情になるも慌てたように身振り手振りを交えながら、また落ちたらどうするんですかー!?と言いながらも、これからヒルダ様のご挨拶があるから早く来て下さいなー!とはやし立てる。
「判ったー!今行くからー!!」
愛してるぞー!と叫ぶバドに、何言ってんですかーーっ!?;と言うレスポンスを送るシドに、ミーメは思わず今年最初の眩暈を覚えて眉間に演奏者の指を添えて、発祥しだす今年一番の頭痛をも押さえ込もうとする。
「愛しの弟君よりも先に新年の挨拶を交わしてしまって、後で怒られそうだな・・・。」
「いや大丈夫だ、アイツには後ほどたっぷりと・・・。」
「皆まで言うな馬鹿。と言うか未だ酔っているのではないのか?;」
出会いも喜びも憎しみも怒りも悲しみも、全ては流れ行くままに静かに浄化する時の中、今年はどれほどの奇跡に出会えるのだろうか・・・。
そんな人間達の脆弱な想いを乗せて年は巡り、新たな明日はまた瞬きを始めんが為、空の彼方からゆっくりと昇ろうとしていたのだった――・・・。
戻ります。
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