April fool a married life


April fool a married life



「・・・・・。」
目が覚めると、既に隣に愛らしい寝息を立てていてバドの腕の中にすっぽりと収まっていた弟の姿は無い。
居間兼寝室から台所に入るくぐりの影から、とんとんとんと小気味良い音を響かせながら、朝食の用意に取り掛かって居るのが判る。
時計を見ると、まだほんの薄暗い時間・・、春の訪れも間近と言う事で、日の昇っている時間は長いとは言え、一緒に暮らし始めた頃に比べるとだいぶ主夫として板に着いてきたとさえ思える。
「ふぁ~・・・。」
寝ぼけ眼で、素っ裸で横たわっていた・・・毎夜毎晩の時間から考えれば、その後すぐに眠ってしまうのは当然といえば当然だが・・・・、昨夜の愛し合った証拠がくっきりと残っているシーツの上に気だるげに起こすと、目の前には彼が今日仕事に着て行く服がきちんと畳まれて用意されている。
「あ、お早う御座いますv」
さほど物音も立てていないのに、身体を起こしただけで小さくあくびをするための声を上げただけで、シドは兄が起きたタイミングをしっかりと捉え、ラフな部屋着ではあるがきっちりと白いエプロンを身につけて、爽やかな笑みを浮かべながら本日最初の微笑を浮かべながら、用意できた朝食をいそいそとダイニングテーブルの上に運んでくる。
「おはよ・・・・。」
かしかしと寝癖のついた、伸びっぱなしの頭をかき混ぜながら、バドはうーんと今度こそ大きく伸びをして、シドが出してくれた着替えのズボンを身につけて、顔を洗う為にユニットバスへと向かう。
これが一緒に暮らし始めてから出て来た余裕と言うものか・・・。ふとバドは、顔を洗いながらそう思った。
今彼らが暮らしているこの掘っ立て小屋とも言える愛の巣は、彼ら双子の両親が最初で最後にくれた贈り物の賜物で、一見狭くはあるが最低限の生活を営める程の設備は整っていた。
元は別荘地にするつもりだと、以前何気なくシドから聞いてはいたが、蛇口を捻れば水道からは水が出るし、寒い時には暖炉にくべる薪も大自然で暮らしてきたバドにしてみれば、森に囲まれたこの場所は宝庫ともいえる。
加えて炊事する為に必要なガスも走っており、洗濯だってさほど無理をしない限りは手作業で出来る。
最初の頃は、蝶よ華よと大切に育てられていた甲斐あってか、家事一般はからきし駄目だった弟だが、年月を重ねるごとにバドの調教教えの甲斐あってか、元々飲み込みが早いのもあってか、今は朝早く起きて、一通りの家事をこなせる位に成長していた。

そこまで考えて、もしも・・・とバドはふと思う。
もしも、あの時に両親が了承してくれなくて、また引き離される事になったら・・・。
そして、了承をしてくれたとしても、この場所を与えられていなかったら、今頃はどんな暮らしだったのだろう・・・?

「何考えてんだ・・・・。」
バシャバシャとしゃっきりとした水で顔を洗い落とし、長く伸びた前髪の水滴を、シドが洗濯してくれた白いタオルで拭いながら、ふと香立つ石鹸の匂いがバドの鼻をくすぐっていく。

・・・・これだって、シドが一生懸命洗濯してくれたものなんだよな・・・・。

生計を立てる為に、バドは稼ぎに出て居る物の、その長い時間シドは途切れる事無く、次から次へと山積みになっている家事をこなして行ってくれている。
自分が知る限り、ベッドのシーツだって何時も、次の夜を迎えるまでは綺麗ですべすべしたものに取り替えられている。

・・・このままで良いのだろうか・・・?

この状態に甘んじてしまって、そこにシドが居るだけで良かった毎日が、何時しかシドがこうして何もかもを先回りしてやってくれることが当たり前になってしまわないだろうか・・・・?
人間は、慣れてしまえばその前の暮らしに戻る事を極端に避けたがる習性を持つ。
シドを喪う事を恐れるよりも、その毎日の暮らしをするためだけの存在に貶めてしまい、そしてその背中を労わる事を忘れてしまってからまた・・またその時に・・・・。
「兄さん?」
と、その時いつまで経っても食卓に着かない兄を訝んでか、ひょっこりとシドが顔を出す。
「あ、すまん・・・、ちょっとな・・・。」
あまりにも馬鹿げた・・妄想よりも性質の悪い不安に駆られていたことなどおくびにも出さないで、今行くからと後ろに居る弟に告げようとした所・・・。
ぎゅっと何も言わないまま、背中にぴとりとくっ付いて、そのまま抱きつく弟。
「嘘・・・・。」
僅かながら下に位置する、シドの形の良い唇から漏れるかすれたような声。
「うそを吐かないで下さいな?」
一緒に暮らし始めてからもうどれだけ経過すると思っているのですか・・・?

ため息の様にささやきの様に、甘く優しい弟のその声に、バドは居た堪れなくなってそのままの姿勢で停止する。
いつもなら振り向いて、真正面から向き合って抱きしめたかったのだけれども、そうしてしまえばまた、当たり前に与えられる物だと認識してしまいそうな自分がどうしても抑え切れそうに無かった。
「うそ・・じゃねぇよ・・・、本当に何でもないんだ・・・・。」
時として、言葉にならない想いを抱いて、その想いをどうにかして伝えようとして、二人はその手段を夜毎寝台の上で繰り返すことによって、相手にその気持ちを際限なく伝えていた。
でもこればっかりはそれで解決するとは思えず、バドは口を噤んでいたが、シドはそこで引き下がらずに、向き合ってくれなくても良いと言う意味合いを込めて、ますますぴったりとくっ付いて、両腕に力を込める。
「人の気持ちなんて、脆弱なものです・・・。」
「え・・・・・。」
まるで言わんとしていたことがまるっきり読まれていたかのような弟の言葉に、思わずバドが振り向くと、シドは泣き出しそうな・・・それでも何処までも優しい微笑を兄に向けている。
「何かしら不安に思うことも、根拠の無い悪い予感に駆られるときだってあると・・・・。」
「・・・・・・・。」
何も言えない。その表情だけで、自分が何を思っていたのか簡単に見破られるほど、これだけ近くに居るのだと、そして離れられないという事をまざまざと突きつけられたようだ。
「当たり前な日常が・・・・、あなたが傍に居てくれることがどれだけ贅沢なことか私にも判っています・・・・それでも、どこかであなたが傍らに居てくれる事が当然と考えるのがひどくおこがましく感じる時がある・・・。」
「シド・・・・・。」
「すみません・・・、どう言って良いのか・・・・。」
狭い洗面所で向かい合ったまま、苦笑して髪をかき混ぜるシド。
それはずっと自分だけの癖だったのが、いつの間にか彼にも及んでいる。
それだけじゃなく、こうした時にぎゅっと抱きしめる為に腕を伸ばすのは、最初は自分の方からだったのに、今では弟の方からも、ハグを求めて伸ばしてくる。
当然だと思うこと・・・そばに居て、支えてくれるそこにあるその腕に甘えることが出来る・・・。
自分自身の癖が相手に及ぶ程、そばに居られることにとてつもなく幸福感を感じるのも事実ならば、何時かその気持ちが嘘の様に引いていってしまう焦燥感を併せ持つのもまた事実・・・・。
「・・・シド・・・・。」
言葉にならないまま、バドはそのままシドを抱きしめ返す。
シドもまたバドをしっかりと離さぬように、心が移ろわぬようにとその手から彼が行かないようにひしりと強く強く・・・。

「・・・・・兄さん・・・・。」
「・・・・何?」
「ずっと掴まえて居て・・・・・。」
離さないで居て欲しいと希う言葉に紡がれる想いも、今この時の一瞬の感情の昂ぶりだと言うのならば・・・。
「あぁ・・・・、俺もずっとお前に捕らわれたままでいい・・・。」
共に生きて行きたいと想う真実とは相反する矛盾した想いでも、それもまた彼らが抱く愛情から沸き起こる一つの欲求。

「とりあえず・・・朝食に致しましょうか・・・?」
「そう、だな・・・・。」
どこにも何にも、この日々が永遠に続くはずだと願ったあの日の気持ちが過ぎ去って行かない保障など無いまま、二人は揃って身体を離す。
神でもなく、互い自身に誓った愛情が何時しか通り過ぎてしまうのではないのかと言う不安は限りなく二人に付きまとう。
それでも、離れたくない、そばに居たい、共に永い睡りに付いて、もう一度巡り会いたい・・・・。
この気持ちに互いに嘘偽りなど無いから、だからそう考えてしまうのだろう。

だけどそれは不毛な欲求のぶつけ合いだと言うのも二人はよく判っていた。
もうこれ以上は何も言えないまま、二人は幸福の絶頂だと周りが見たら賞賛する、来たるべく不安になり得そうな時間に、何事も無かったかのように戻っていく。






願わくば・・・・。
時の流れなどいらない。ずっとこのままで良い。

当たり前に慣れすぎて、相手を思いやれない、敬えなくなる位ならいっその事。
そうなる前にふたりそっと息を止めあって、幸福な形としてこの日々を終えることを願う・・・・。






戻ります。