ANGE-散リ逝ク羽根-




人は、手に入らないものであればあるほど、その手に抱きたいと思うもの。
だけどもそれは、愚かな欲求だ。
届かず、手に入らないからこそ、それは美しく、魅き付けれてやまないというのに・・・。


A N G E

~散 リ 逝 ク 羽 根~


冷たい空気が立ち込める室内。
しかしそれと反比例するほど温かい、寝台の中。
素肌を包むシーツの温かさと、腕に抱く人物の温もりに、俺はゆるゆると覚醒していく。
「・・・・。」
白い身体を曝して眠るのは、俺の双子の弟。
あまりにも安らかな寝息と、無防備な寝顔。
その頬にうっすらと残るのは、乾きかけている涙の跡。
貪りつくした白い素肌に散らばる朱印を目にして、先ほどまでの幸福な時間は、湧き上がる罪悪感に塗りつぶされていく。


かつての聖戦で、永遠にこの手の中で失ったシドへの悔恨を抱きながら、俺自身もまた天上へと旅立つべく、その身を横たえた。
双子故に、運命を狂わされたその憎しみを、片割れである弟へぶつけていた。
だがそれは、それは大きな過ちだった。
俺は、シドの傍に居て、共に生きていたいと思っていたことに気づかされた。
それが憎しみにすり替わってしまったのは、決して手の届かない存在である彼への憧れへの裏返し。
しかし、そのことに気づくには、あまりにも遅すぎたのだ・・・。
遠のく意識の中、物言わぬシドの骸に横たわったのは、最後のせめてもの悪あがきだった。

巫女の聖なる祈りが通じたのか、はたまた神の気紛れかは判らないが、命を落とした戦士達は再び新たな生を与えられた。
そして、俺達は、取り戻せるはずの無かった時間を少しずつ築いていった。
そして今度こそは、兄として、弟として、血の絆を持つ者として、共に歩いて行く・・・はずだった。

しかし・・・。
かつて憎しみへと摩り替わった彼への想いは、意外な方へと形を変えていった。
誰よりも近く、遠くて遠すぎた弟の姿は、穢れの無い無垢な存在として何時しか映りだしていた。
距離は近づいたはずなのに、影からお前の姿を覗き見ている、あの頃と同じ様な飢餓感が心に広がっていく。
例えるならば、かつて共存していたと言われている、天使の羽根を手にしたいと、愚かな願いを温めている地べたを這い蹲る人間の様に・・・。
そして、この手で全てをずたずたに引き裂いてやりたいと言う、暗い欲望。


「・・・・シド・・・。」
叶うはずのない想いが実った今でさえ、矛盾する感情が湧き上がって来る。
・・・・愛している・・・。
もう、消えかけている涙の跡にそっと唇を落とすと、シドは僅かに声を上げて、俺の背中に手を回し抱きついてくる。
俺もまた、滑らかな素肌に掌を滑らせて、強くシドの身体を抱き寄せる。

もう、彼は俺の傍から飛び立つ事は無い。
その背中にあったはずの綺麗な羽根は、一枚残らずこの手で引きちぎってしまったから。
血に塗れたその翼では、もう戻れないのだから・・・。

彼に残された道は唯一つ・・・。
俺と共に・・・堕ちるだけ・・・。


戻ります。