純 想 未 来 記
仕事を終えて、一歩外に出れば、肌に絡む空気は身を斬るようなそれではなく身を包み込むような軽やかな風で、それが不意に愛しい彼を思い浮かべては思わず笑みが零れる。
くたくたに疲れていた筈なのに、これからこの足は双子の弟の待つ家路へと向かうのだと思うと、往来の人の幾つもの数え切れない足跡に埋もれているこの石の道ですら歓迎されているかのような幸福な錯覚すら覚えだす。
春のアスガルド・・・、寒さの厳しい気候は相変わらずだが、待ち焦がれていた季節の到来と近年まれに見る発展のおかげか、昔に比べて人々の笑顔は明るく安らぎに満ちており、それぞれが帰るべき場所・待っている人の下へと戻る黄昏の喧騒。
鼻をくすぐっていく夕食の準備をする匂いも、バドの最も欲しがっていた安らぎの象徴を思い起こさせるようで、多くの人でごった返す道のりもそれほど苦ではなく歩みを進めていく・・が、ふとそこで彼は立ち止まる。
向かいの道路を歩いている、自分と彼と同じ位の身長の男性。
髪の色も目の色も、勿論顔形も違っており顔見知りでもないのだが、バドの夕焼け色の瞳がその目に留めていたのは、その男性の取り巻く光景だった。
隣には妻と思しき女性と、その間に入るように両親に手を繋がれて歩く子供が二人、優しい視線を注ぎながら母親は、せっつかれる我が子達に少しばかり苦笑しながら何かと言葉を紡いでいる。
その男性の手には大きな袋がぶら下がっており、その中から察するには今日の夕食の支度の買出しなのだろう・・・、子供の詮索の内容は、何度も聞き返しても聞き飽きない今日の夕食のメニューなのだろうと、ありありと想像できた自分にバドはふとそこで我に帰る。
そして不意に、もう一度その脳裏に浮ぶのは、何時も自分を受け入れてくれて、迎え入れてくれて、包み込んでくれる双子の弟のシドの姿。
一生の時間を捧げて一緒に生きようと誓い合ったのは、長い長い間失われていた家族として・・・兄弟としての絆を取り戻そうとするためだった。
それは今では、家族であるよりも兄弟であるよりも、何者にも変えがたい大切な伴侶としての愛情を注いでいけると想える程の存在へとなった。
だけど根底ではきっと、長い間求め続けていた家族としての愛情を断ち切ることは出来ないのかもしれない。
それは、今も健在でいる彼らの両親の元へ戻って、一家団欒をしたいというそれではなく。
自分達の手で作っていけたらと言う、途方も無い無いもの強請り。
もしも自分達が全くの赤の他人で、憎悪と愛情の狭間の苦悩もなく出会えていても、それを成すのは不可能で、かといって血の絆があったままで、もしも彼が自分の精を受け止められる身体を持っていたとしても、そうさせてしまえば、より深く傷付き、悩み憂うのは彼の方。
・・・・・・・。
何考えてるんだ・・・・。
先ほどまでの甘く浮き足立っていた心はどこへやら、頭に浮んでしまったそんな考えを浅ましいと感じ、バドは軽く頭を振ってその家族連れから目をそっと逸らし、もう一度自分が望んだ彼との幸せの軌跡を思い浮かべながら家路に着くことを優先させるが、ふとそう言えばある生活用品が切れ掛かっている事を思浮かべ、今の時間ならばタイムサービスで安くなっているからな・・と、弟が選んでくれた、安くて長持ちをする腕時計を見ながら、今来た道を引き返し市場へ向かおうとした、正にその時だった。
「あ・・・。」
目の前にチラついた、人の流れの中の鮮やかな緑青が綺麗に交じり合った銀の髪。
先に気づいたのは向こうのようで、流石に人ごみの中で大声で呼びかけられずに軽く手をあげながら、嬉しそうに笑いながら、小走りで駆け寄ってくる。
「こっちだ、シド!」
そんなバドも息急きながら近づいてくる弟のそばに早く行きたくて、人にぶつからないように気を回りながらすたすたと早足で距離を詰めていく。
3、2、1・・・で、お互いに触れ合うまでに近づくと、シドは少しだけ勢いをつけて、ちょっとだけ茶目っ気を出したように、兄の胸の中に抱きつくようにして飛び込んだ。
「っ、」
「お疲れ様でした。」
流石にこんな人ごみの中で・・と、兄が焦る前に、まだ雪の残る我が家から降りてきたのか、少しだけ寒さを滲ませた赤く染まる頬で、綻ぶように笑うシド。
何時もなら、この時間は家にいて、帰るべき家で待っていてくれる弟に、偶然にもこの時間に出会えたことに少し驚愕しながらも嬉しく思うが、それを察して、シドはばつが悪そうに苦笑する。
「あ・・ちょっと買い置きがなくなったものがありまして・・・・。」
主夫失格ですね・・と呟くシドにバドもまた苦笑する。
「いや、俺もそれを今思い出してさ、買いに行こうと思っていたんだよ。」
考える事は同じだな・・という兄に、シドは少しだけその顔に翳りを浮かべる。
「・・・どうした?」
「あ、いいえ・・・・。毎日疲れているのに・・・。」
至らない自分に少し苛立つのと同時、同じ事を考えるのは恋人としてではなく、むしろ双子としての繋がりがそうさせるのかなと言う少しの寂しさも手伝って、俯くシドをバドは、たまらなく突き上げてくる感情のまま、ここが人通りが溢れる道だと言うことを少しだけ考慮しつつ、その手を引っ張り建物の影になった部分へと除けてそのままぎゅうっと抱きしめた。
「ちょっ・・、にいさんっ・・・!?」
人が、人が・・・!とあわあわとうろたえるシドの意見を塞ぎこむように、かき抱く両腕をますます強めていく。
「・・・お前のそう言うところ・・・、すごく好きだ。」
「えっ・・?」
傍から見て、聞いてしまえばバカップルも甚だしい。
しかしバドにしてみれば、当たり前に慣れ親しんできた筈の日常でも、それをそうとは受け止めないで何時も自分を優先して考えて、気遣ってくれるこの伴侶、偶然だとしても何だとしてもこうして自分が少しだけ落ちそうになったときは何も言わずとも、意図せずとも手を差し伸べるようにして自分を支えてくれるこの双子の弟の事を、たまらなく愛している事を思い知らされる。
それを言葉に出すのは、家路についてからでも良かったかもしれないけども、どうしても今伝えたく、人目を憚る事無く抱きしめてしまった事は少し浅はかだったかなと思った矢先、案の定ちらちらと好奇の目を向けてくる一般人達の視線を受けて、その胸にシドの手が当てられた感触に、バドは少々名残惜しげに身体を離す。
「・・・ゴメン;」
「・・・・いいえ?」
彼の腕の中、しばらくは呆然として成すがままになっていたシドだったが、その腕に抱きしめられることは何よりも心地良いもので、自分もそのまま抱き返そうと思っていたのだが、時と場所を考えて、名残惜しげに彼に話してもらうよう促したのだが、それでもその代わりと言う様に、無骨で大きなその手をそっと自分の手で包み込む。
「・・・続きは、帰ってからいっぱいして下さいね?」
背伸びして、耳元で囁きかけたい気持ちを押さえ込みながら、ほんの少しだけ上にある兄の顔を覗き込みながら、二人にしか聞こえない程の声で伝えられて、バドはぐらぐらと揺れる理性をそのままどうにか持ちこたえさせながらも、繋がれたその手をぎゅっとつなぎ返す。
忘れられない長い過去に、この手はついに結ばれる事はなく、その命は一度潰えた。
だけど今は、苛まされていた罪悪感、それが齎していた痛み、全てを分け合いながら、許しあい、そして浄化させていく為にこの両の手は結ばれ合って行く。
そしてその果てに見つけたのが・・・、嘘偽りの無い互いの想い。
ゆっくりと道行く人たちの流れに混じって、それに沿いながら、埋もれながら歩いて行く双子。
時折見つめあいながらも、それでも真っ直ぐに前を見据えて。
同じ顔形、同じ位の背丈、血のしがらみの上に築いた絆は公言できるものではなくとも、誰からも祝福されるものではなく覆い隠される物だとしても、それでもその手からとくとくと伝わってくる温もりがしっかりと二人を放さないでいる。
例え人並みの家庭を築けない間柄だとしても、それを彼が求めていたとしても与えられなくても・・・、それ以上に愛情の全てを捧げられる相手を見つけられたこと、受け入れてくれた事、そばに居てくれること、それでもう十分な幸福に身を蕩かされていくのを自覚しながら、シドはそっとバドに伝える。
「さっきの続きじゃないですけど・・・。」
「ん?」
磨かれた鏡の様にきらきらと光を湛える夕日色の瞳が照り合いだす。
「私も兄さんのそういうところが好きですよ。」
「・・・・・(真っ赤)」
手をぎゅっと繋ぎこまれたまま、にっこりと微笑んでのその思いがけない言葉に、バドは思わず赤面するが、ふと、ん?どう言うところだ??と言う疑問が湧き上るが、シドは先回りするように、私だけしか知らなくていいから教えませんvと切り返されて、それならば力づくで吐かせてやる!と言わんばかりに、つないでいた手を肩に回していく兄に、弟はほんの少しの抵抗を見せながらも、今度は成すがままに抱き込まれ、その腕をそっと広い背中に回していく。
そんなはた迷惑な双子同士の恋人達を、周りは避けて通っていたが、遠巻きに眺める幼い視線。
先ほどバドが遠巻きに眺めていた、買い物を終えて、後ろに歩く両親たちよりも先走る二人の幼い子供達。
あまりじろじろ見るんじゃありません、と母親にたしなめられて、二人は素直に返事を返したが、いつか自分達にもああいう人が出来るかなぁと・・・、二人は一度顔を見合わせながら、母親に気づかれないようにもう一度、彼らに純粋な視線を向け続けていた。
戻ります。
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