アナロガー・フールラヴ




・・・ピピピ、ピピピピ、ピピピピピピピ、



「う~・・・んー・・・・。」
「う~ん・・っ!」


小刻みに発せられる電子音に、バドはガサゴソと隣に眠る愛する者の裸体を抱きしめていた片腕をぬくぬくとしたシーツから取り出して、枕元に置かれているシャープな四画を描いている黒いそれを手に取った。
「あ・・、もう時間か・・・・。」
「んー・・・?」
「おはよ、シド・・・・。」
上体を軽く起して、そのディスプレイに記されている時刻を見て、朝のこの爽やかなまどろみをもう少しだけ、この可愛く目を擦りながら寝ぼけかけている彼と共用していたく思うが、目覚まし代わりに使うそれが告げた時間は、几帳面なこの恋人が時刻合わせをした物で確実にピッタリなため、それは叶わずに出かける準備を整えて、ベッドから抜け出す前に、白磁の素肌に赤い花弁を散らばらせている弟の形の良い額に、寝乱れた際に少し崩れた前髪をかき上げて、まずはおはようのキスを送る。
「・・・って、もう時間・・・・っ!?」
降り注いでくる陽光の様な、触れるだけのキスにうっとりと瞳を半分閉じながら、朝から抱き寄せてくれる腕だとか、兄の温もりに酔いしれながらも、もう起きる時間なのか・・・と言う名残惜しさを口にしたところで、シドははっと大きく目を見開かせる。
即ち兄が起きているという事は・・・・、そう、自分はもうとっくに起きなければならない時間なわけで。
「着替えなきゃ・・っ、ちこく・・・!!」
慌てて起き上がり、身支度を整えようとするシドに、バドは片手に携帯電話を持ちながら、もう片方の手でぐいっとシドの身体を抱き寄せて、ぎゅっとその胸の中に閉じ込めてしまう。
「な、に・・・」
するんですかっ!?
「落ち着けって・・・、今日、お前は休みだろう?」
昨日嬉しそうにそう言いながら、だからいっぱい可愛がって欲しいって言っていたのを忘れたのか?

そう耳元で囁かれて、思わず、あ・・・と呆気にとられた表情になるシドだが、後付の台詞にそんなことは言った覚えはありませんーーっ!!と、顔を真っ赤にして食って掛かる弟をバドは可笑しそうに眺めながら、今日は俺だけが出番だから良い子で留守番して居ろよ?とあやされるように髪の毛を梳かしつけられる。
こうして子供扱いされることも、慈しまれる事にも嬉しく思いつつ幸せを感じつつも、兄を起こす役目が自分のモーニングコールではなかったことにちょっとだけの不満を覚えながら、折角目が覚めたのだからと言う事で、シドもゆっくり羽根を伸ばす寝休日を改めなおし、バドと一緒に起き上がり、彼の着替えを手伝いつつも自分自身もまた身支度を整え始める。

「じゃあ、行って来るから。」
「はい。」
部屋を出て、一直線に続く廊下を一緒に歩き、兄は仕事場へ向かう分岐点に立つと、ストラップをつけて首からぶら下げているそれを手に取って、休日を過ごす弟にてを軽く振りながら更に付け加える。
「遅くなるようだったら連絡入れるから。」
「判りました。行ってらっしゃい。」
にこりと笑って兄を見送りながら、シドは自分の服の胸ポケットに入れられて、固いそれに指を辿らせ、それがあることを確認すると、そのまま一人だけの休日を過ごすための予定を頭で組み立てていた。



アナロガー・フールラヴ



北の辺境の土地アスガルドでも、先の聖戦を経てからは、少しずつ少しずつ、外の世界に目を向けてその力を借りながら豊かになっていった。
その変化は、ゆっくりだが確実に目に見える形となって現れてきており、最近それが顕著に表れているのは、携帯電話の普及だった。
まだまだ一般市民には出回っては居ないけれども、今だと定額制、次月繰越料金使用、通話でもパケットでも何でも家族と分け合うことが可能なため、ここワルハラ宮に努める者達は、仕事の関係もあってか殆どが手持ちの月給で支払える位の、割と安心なプランもあってか、ここワルハラ宮にに勤める者達は殆ど持っていた。

それでも最初は手間取ったものの、若者達・・・例えば地上代行者の妹姫、フレアとその従者のハーゲンは面と向かってではあれだけすれ違ってはいたものの、携帯にてメール交換などしあっているし・・・それでも、文字の最後にハートマークの絵文字一つ打つにも恐れ多くて出来ませぬ状態のハーゲンは、何時も義務的な内容になってしまっているようであり、フレアから送られてくる(^3^)/の様な顔文字に対して、沸騰する位顔が赤くなったりもしているようだが・・・、近衛隊長と副官も急な会議の変更も簡単に知らせることも出来るので、そういう意味では重宝していた。
勿論バドも黒い小さな携帯を所持しているが、別に限られた用件のみで、定額料金に達する事無く次から次へと次回に繰越になっている。
片手で数える位しかプライベートにしか使わない相手は悪友か双子の弟かでしかない訳で、意外にも、前者である飲み仲間兼悪友との連絡手段に使うことのほうが多かった。

「あ・・・。」
とりあえず今日一日のゆっくりとした休日・・とは言っても、一人きりで使い切る時間にも限度があるので、多忙に与えられた仕事の内、身体に支障がでない程度に、次の日以降に使う会議用の資料を自室で整理して居り、区切りのいいところで手を止めて、最近ようやく芽吹いて綺麗なつぼみを付け始めたワルハラ宮の中庭にでも言って、目の保養がてらに何本か失敬して、手すきになっているコップに何さしか生けて来ようかと、ギシリと音を立てて立ち上がったとき、ぶるぶるとシドの胸ポケットの中で震動するそれ。
何の前触れもなく胸で震える感覚に、思わず妙な感覚が走るのを自覚する前にそこから取り出して、折りたたみ式の自分の携帯を取り上げて中身を確認すると、ディスプレイに手紙が届いたと言う、青色の封書のアイコンが画面左端に示されている。
慣れた手つきでボタンに指を滑らせ受信メールの項目を開けば、そこには兄専用フォルダに振り分けられた新規のメールが一通。
タイトルは「無題」そして内容もそれに然り。
「定時どおりに帰る。夕飯は一緒に食う。」
顔文字も何も無い、至ってシンプルな一文に、シドはくすりと微笑みながら、これまた「Re」のタイトルに「はい」と一文だけ添えて返した。



あまりにも恋人同士としてのメールのやり取りにしては、飾り気もないもの。
現にシドの通話履歴には、兄から送られて来たプライベートのそれよりも例えば残業で遅くなるだとか、この件についてはどうだのこうだのという仕事類系が多く、絵文字やら\(^0^)/やら(^3^)/chuといったものがくっ付いた内容のメールはほぼ皆無である。 誰かに見られたら困る・・と言うのを抜きにしても、あまりにもシンプルすぎて、以前、内容よりも色取り取りのハートマークやらお花のマークやら猫マークやらが多くくっ付いたメールが妹姫から届いた熱血漢の同僚が、『俺は世界一の果報者だーー!!』等と素で滝涙を流しながら昼の息抜きの席で惚気られ、隣に居た親友兼上司の隊長も『いちいち大げさなヤツだな・・』と口では言っていたものの、彼もまたその携帯を大事に握り締めながら口ごもって、少しだけ顔を赤らめていたので、大体似たような内容のメール交換をしているのだろうと見当はついたのだが、全く羨ましくなんかないですからねっ!と、突っぱねることが出来なかった。
普段二人きりで居る時は、優しい仕草で自分を包み込んでくれるだけに、メールでもそう言った甘い・・・と言って良いものか悩む所だが・・・・、雰囲気を感じていたいと思う自分を恥かしく思いながら、仕事を終えてじぃ・・・っと携帯を眺めていた所、目の前に居る自分に目を合わせないで携帯ばかりを見つめている弟に、バドは大体の察しをつけて、シド・・・と名前を呼びながら、少しばかりむくれている恋人の頬にちゅっとキスをして、そのままふわりとベッドサイドに座り込む彼の身体を抱きしめる。
「ん・・っ」
途端、小さな吐息の様なかすれた甘い声に、バドはじゃれ付くようにそのまま有無を言わさないように柔らかい弟の唇に自分のそれを重ね合わせながら、触れ合わせるだけのキスをしながら、その腕はしっかりとシドの身体を緩やかなにその温もりを持って包み込む。
「顔文字よりも、俺はこっちの方法で直にお前に伝える方がいい。」
「っ、」
覚られていた・・・・、と顔を見る見るうちに赤らめながらも、心地良いその身体に抱きしめられている腕を振り払う事はできず、ぎゅっとその胸の中に赤面した顔を隠す。
そんなシドに、バドはやっぱりな・・・と苦笑しつつも、ただただそんな乙女思考を持つ弟に愛おしさを募らせながら、優しく背中を撫でて、よしよしと言った様にして髪の毛を梳きながら更に本心を綴っていく。
「だって、生身のお前に触れられるのに。」
機械に頼るよりもじかに伝えた方が良いに決まってるだろ?
「・・・・・・・///」
反則だ・・・・。
真っ赤になってしまった顔を上げられないまま、シドはそろそろと瞳を閉じて、その胸元に縋りつく。
どんなに文字を駆使したって、この人の生身の声とかこの温もりとか仕草とか・・・どっちに天秤が傾くかと言ったら確実にこちらのほうに決まっている。
「・・・ずるいですね・・・。」
こんな風に骨抜きにされて、そんなこと言われたら、納得するしかないじゃないですか・・・。
そう口中で転がしたシドの言葉に、バドはますます笑みを濃くしながら、その代わりあまり機械に頼らない分、今まで以上にもっと愛してやるからなと、弟の身体を寝台の上に押し倒し、ますます顔を赤く染めるシドをその言葉以上に愛し尽くしたのがきっかけだった。



それ以来、シンプルなメール文であっても、ひしひしと伝わってくる兄の想いにシドの顔は知らずに綻んで行く。
親友二人には胸を張って惚気られずとも、本の何てこと無い内容のメールで、ここまで浮き足立てるなんて、自身の幸せ呆けを自覚する所だが、それを改めようとは思わなかった。

中庭へ赴き、目当ての花を何本か失敬して、コップに水を満たして生け終えて唐突に思った事。
文面で飾らない愛情を送ってくる兄へ、自分からは外観をシンプルに飾る愛情を送ってもバチは当たらないだろう。
折角のいい天気だし、やはり少し息抜きに足を伸ばそう・・・。
何がいいだろうか?おそろいのあの(可愛いか可愛くないか微妙な)キノコの大きめなマスコットが良いかな?それとも、二人のイニシャル付きのプレートのキーホルダーをお互いに交換してつけても良いかな??


そう思い至って、シドはもう一度携帯を取り出して、ポチポチと文字を打ち始める。




『街へ行ってきます。ついでに今日の夕食に食べたいものがありましたらリクエストを受け付けますので、何なりとお申し付け下さい。』






「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

そのメールの内容に、バドは一瞬石化したが、・・・弟の料理の腕は味噌汁が殺人道具となる腕前ゆえ・・・・、胃腸薬たのむと、打ちそうになるのを懸命に堪えながら、必死に頭をフル回転させて、被害が最小限に食い止められるレシピを思い浮かべていたのだった。




戻ります。