アナログ友愛条約-a once-in-a-lifetime opportunity-



ふわふわのどこか夢現のように柔らかくて儚いのは春の外気。
冬将軍が思い思いに振舞うことの多いこのアスガルドにも短い間だが春が訪れ、今年は少しだけ遅くなったと薄紅に頬を染めた少女の様に、山々、そして草原には可愛らしく可憐な花が咲き誇り、ここにいる二人の男の目を眼福させていた。
「へぇ・・・、中々の穴場だな。」
世界各国からの不思議なものを取り扱っているという、アスガルドの市街地にある何でも屋から連れが買い叩いたという茣蓙の上には、大酒飲みの二人に相応しく少し多く持って来た酒の缶とつまみ、そして倒れないように支えをしてある竪琴とその持ち主である、柔らかな日差しがその髪に一度吸い込まれて、ますます明るい陽の色に染まっている美丈夫のワルハラ宮の宮廷楽師と。
「あぁ、ここは知る人ぞ知る・・って言う、絶好の花見スポットなんだよ。」
そう言いながら、小瓶とは言えどもアルコール度数は中々の酒をすでに五本飲み尽して、拓けた草原に飾る花や、その向こうに見える森林一体に白、桃色、そして萌える緑を付けるこの季節だからこそ映える自然を、座っている悪友に背を向けて立ち上がり、懸命に小さなシャープな機械を両手で持ちながら、その景色をそれに治める緑青色の銀髪の青年。

この男と携帯電話・カメラ付き・・・・。
何だろう、 この組み合わせは自分の中で、中々のミスマッチ部類上位する・・・のだが。

そんなバドを酒を煽ったままじっと視線を送るミーメは、常々思う感想をこの時も抱かずには居られなかった。




ア ナ ロ グ 友 愛 条 約
a once-in-a-lifetime opportunity




アスガルドでも段々と携帯電話が普及して行き、最初はこんな小さな機械に何が出来るとたかを括っていた者達も、今やすっかり使いこなし、生活には事欠かせない物となった。
それでも便利さと引き換えにしてある意味で少しずつ失われていくものはあるのだが、それはこの場に居る二人には該当しないことなので置いておくとして。


鋭く伸びた爪で相手を屠る魔拳を持つ男、その手は修行に明け暮れてごつごつと無骨な戦士の手。
そんな彼が今手に持っているのは、洗練された近代的物体で、懸命にそのレンズに合わせているのは、平和な光をふんだんに浴びて目覚めた一つの季節の一幕。

似合わない・・・・。

もう一度ミーメはそう噛み締めるように思う。少しだけその眉間に皺がよっていることに気がつかないまま、でもきっぱりとそうは言い切れないと自問自答を繰り返しながら。
今彼が必死で映しているのは、今日は仕事がある双子の弟君に、この穴場へと連れて行けなかった代わりの為のせめてもの土産で。

「・・・・・・・。」
暗い狂気の様な憎しみに身を焦せていた彼の視線や雰囲気、そして人柄が変わったのは、氷の様なそれら全てを、双子の弟がこの春の日差しの様に少しずつ少しずつ溶かしていったからに他ならない。
そしてバドは口には出さないが、双子の弟を今は人として愛している。勿論それに伴う禁忌も乗越えると覚悟を決めて、全身全霊で愛情を傾けているのは一番近くに居るからこそ理解出来る物で・・・。

もしここに一緒に来たのが私ではなく弟君の方だったとしたら?
彼はこうして私の為にせめてもの土産をくれるのだろうか?
・・・・・・・・。

こんなことを思う自分は、多分疲れているのだろうか?

肉親であり恋人である彼と、友人であり似た者同士の自分は、バドの中では位置づける場所も違うのに・・・。


もやもやする心のまま、取り留めなく溢れる感情の輪に思考をさらわれそうになったその時。

「あ・・・、悪ぃ;」
正に絶妙のタイミングで、ばつの悪そうなバドがミーメを振り返った。
「?何故。」
滅多にお目にかかれないその表情と言葉に、ミーメはまだ少しもやもやする心を押し隠して、しげしげともの珍しそうに目の前の男を見上げる。
「いや・・・、折角付き合ってくれてんのにそっちのけでさ・・・。」
いくらお前でも失礼だよな・・・と、余計な言葉も聞こえてきたが、意外にも謙虚なその台詞にミーメはぽかんとした表情になる。
些細な事かも知れないが、その言葉で自身が抱えていたその曇りがちだった心は一気に微塵も無く取り払われる。
「意外だな。私の前では傍若無人に振舞っている君がそんな気遣いを見せるとは・・・。」
折角のこの天気も見ごろの花達も、明日は大荒れの天気で全部散ってしまうのが残念だが・・・と、さめざめとした様子で付け足しながらも笑みを浮かべるミーメに、どういう意味だコノヤロウ!と食って掛かるバド。
「だけども・・・・。」
「ん?」
不意に言葉を繋げるミーメに、バドは再び何だ?と言った表情になり、一度撮り終えた画像を保存しながらどっしりとその向かいに腰を下ろす。
「君はこう言う機械にはあまり明るく無いと思っていたのだが・・・。」
言ってみればアナログ派で、愛しい弟に対しては必要最低限の通話やメールしかしない、かかってくるのはもっぱら弟君の方なのだが、こうした機械に自然のまま咲く風景を収める姿は本当に隠れた一面といって良い程に意外だったと言うと、バドはあぁ・・と苦笑する。
「それな、死んだ親父の影響だと思う。」
父親・・と言うキーワードにもう一度だけ身を強張らせるミーメだが、バドはすまんと前置きをして、友人の疑問に答えていく。
「ここはな、俺と親父との狩りの合間に良く来た散策コースだったんだ。」


“バド・・、ほら、今年も綺麗に咲いたなぁ。”
獲物を肩に担いで、片手に狩り道具を携えながら、もう一方の手はいつも血の繋がりはなくとも掛け替えの無い我が子の小さな手を握り締め、ベオウルフは深い皺の刻まれた目を細めながら、満開に咲き誇る花々を付けた木々を見上げていた。
“そうだね、父ちゃん!”
そんな養父に倣い、まだこの世の条理など知る良しも無い、幼く純真だったバドも繋がれたその手を嬉しそうにぶんぶんと振りながらも、自分の倍以上の背丈のある木々が齎すその花達を大きく見上げていた。
“だけどこの自然もまた次の年になったら違う装いを見せる。”
“え?だって毎年同じように見えるけども・・・どこが違うの?”
幼子の目には毎年同じようにしか映らないのだが、養父位の年になるとそれもまた違って見えるのだろうか?と不思議そうな顔をして訊ねるバドに、ベオウルフは一つずつそんな我が子に教えていく。
“それは人の目には判らない違いだが、それでもこの年に咲き誇った花達も、次に巡る季節には微々たる物だが変わり行くもの・・・・だから。”




「この目に今年の分の自然は焼き付けておけって言うのが親父の口癖だった・・・。でも人間の目にはそれを覚えておくのは限界だろ?だから便利になった分だけコイツに覚えておいて貰おうと思ってさ・・・。」
その鈍色に輝く携帯を翳して笑うバドに、ミーメも遠い昔・・・まだあの修羅の道を歩む前のずっとずっと幼い頃に、春の空気に触れながら、武人だったフォルケルの手に引かれて歩いていた記憶を思い返す。




“変わらぬものなど何処にも無い。”
目を細めながら、その年の春を終えて散っていく花達を見つめていたフォルケルの眼差しは、厳しいそれとは違いどこか寂しげだった。
“いつかはこうして終えて行き、そしてまた巡るもの。”
遠くに彷徨うその視線に、ミーメはフォルケルが何処かへ行ってしまうのではないかと不安になり、それでも泣くことは憚られるので、必死にその小さな掌で偉大で大きかった父の手を懸命に握り返していたのをうっすらと思い出す。
“だからこそ、儚い命であろうとも懸命に咲き誇るものだ。ミーメ・・・。”
不意に厳しい父に名を呼ばれたミーメは、は、はい・・っと反射的に身を強張らせながらフォルケルの次の言葉を待つが、彼は意外にも何も言わないまま、幼かったミーメの繋いでいたその手を少しだけ・・だが力強く握り返しただけだった。



その言葉の本当の意味は、彼の口からは永遠に語られることは無くなってしまい、がむしゃらに生きてきた道のりの中で思い出すことも無かったのだが。

ふわりと優しい風が辺りを包み、小さく千切れた草と、白や薄桃と言った儚い色素の花弁をくるりと弧を描かせて舞い上がらせていく。
「・・・・・なぁ、バド。」
「ん?」
押し黙った自分に視線を向けながら、器用に指先だけで先ほどの画像を添付けしたメールを送っている悪友に、一息おいて続きを切り出した。
「今度・・・一緒に買い物に付き合ってくれないか?」
君と同機種のそれを見立てて欲しい。

そんな悪友の言葉に今度はバドが大きく目を見開いた。
それこそ彼の携帯電話は、通話とメールが出来れば良いといった感じの古い物で、他にくっ付いている機能はあってないものだと思い、アラーム機能も使っていないと言っていたのに。

だけども、自分が感じた物をを見て、共感して分け与えたいと思う数少ない人物。


どこかくすぐったい気持ちを抱えながら、了解の言葉を紡ごうとしたバドの携帯の、その人物に特定したメールの着信音が鳴り響いたのは同時の事だった。










『件名:どうも有り難う御座います!本文:お返しにこちらからも綺麗に咲いた宮内の花壇の画像を送りますね!』

「・・・・・・・・・・・・・俺も毎日見てるんだけどなぁ。」
早速弟から返信されたそのメールは、ワルハラ宮殿勤務の者ならば何時もその目を楽しませている中庭の花達と、最近数本貰ってきたと言っていた、戸棚の肥やしとされていた硝子のジョッキに活けられた数本の花の画像が添付けされていた。
「君ならば、きっと弟君の送るものならば、道端の小石でも嬉しいくせに。」
やれやれといった様子で脱力していたものの、それでも嬉しそうに笑みを浮かべるバカップルの片割れに、ミーメは苦笑しながらもこれもまたこの季節にしか咲かない花達だぞ?と更なるツッコミを入れる。
「ま、否定はしねぇよ。大切な人間から贈られるものなら、俺はどんなものでも嬉しいね。」
そう言いながら、バドのダークオレンジの瞳はしっかりとミーメの横に立てかけてある竪琴を捉えている。
「と言うわけだから。」
「・・・・・誰が上手いことを言えと・・・・。」
少しだけ赤くなったミーメの顔は、すぐにふいと横に向けられてしまい、その様子にバドはにっかりと邪気は無いがどこか人の喰ったような笑みを浮かべて、今か今かと・・・・、バドにとっては弟とは別の意味だが、紛れも無く大切な人物からの形の無いが貰って嬉しく思い、そしてこの季節にしかお目にかかれない贈り物が手に入るのを、ワクワクしながら待ちわびていたのだった。




戻ります。