誰も人は誰かの代わりになどなれはしない。 『だからシド・・・・、忘れないでね。あなたはあなた自身と言う存在なの。あなたに代われる人間はどこにも居ないのよ?』 お父様にとっても、私にとっても、そして・・・。 ・・・・この手に温もりを感じられずに、逝ってしまったあの子にとっても・・・・。 『・・・母様・・・・?』 代わりになれないのだと、大切な存在だと、そう言葉をかけられる相手が己の出生の秘密を知ってしまった私には一生現れることは無いと思っていた。 ア ル 日 ハ ハ ノ 日 微かに顔を上気させて、時折息苦しそうに息を吐きながら、かき上げた前髪を伸縮自在のヘアバンドで止めて、心配そうに俯きながらその表情を見つめる彼と同じ、形の良い額には濡れたタオルが置かれている。 「・・・・・バ、ド・・・。」 代わりになれるものなどいないと、その言葉をようやく信じられるようになったのは、長い間憎まれ続けてきたこの兄が、自分を救おうとしてくれたこと、そしてこうして蘇って一緒に居てくれる様になり、常にそばに居てくれて自分だけを見てくれたからこそだ。 それなのに・・・・・。 どうしてと、理不尽だと判っている思いを抱き始めるシドの手にトクトクと伝わってくる愛する人の体温と鼓動。馬鹿げた嫉妬心に身を焦され始めてそれが自己嫌悪になってシドの瞳を潤ませたその時、バドの身体が一瞬ぴくんと身じろぐと、ゆるゆるとした動きで大きくて無骨な安心できるその手がシドの頬を辿っていく。 「っ・・・」 「ぁ、れ・・・・、シド?」 寝起き特有の掠れた声で弟の名を呼ぶバドの瞳に映るのは、今にも泣き出しそうな弟の顔だった。 「あれ・・?俺・・・。」 寝ぼけたようにシドの顔を見つめていたが、ずっと自分の髪を撫でてくれた心地良い温もりが他でも無い弟の物だと判ると、安堵したように息を吐いた。 「・・・ずっと居てくれたのか?」 そう言って笑いかけてくる兄に、シドは一瞬だけ見せていた哀しげな表情をしまいこんで、えぇとふわりとバドに笑いかける。かつての母が見せたどこか憂いを帯びた柔らかいそれを。 「そうか・・・、ゴメンな・・・。」 何がですか?と思わず聞き返しそうになった。 体調を崩したままでそのまま転寝を続けた事か、それとも先ほどの寝言か。 それを口には勿論表情に出さないようにして、シドはん?と言うように小首を傾げ、上半身を起こした兄をじっと見つめた。 「心配かけたことと・・・・・、それと・・・・・・・。」 ばつの悪そうに俯きながらも、少し関節の痛む両腕を伸ばしてさらりと伸ばした後ろ髪に触れながら、首の後ろに手を回し力いっぱいに抱き寄せる。 「勘違いしちまった事両方。」 「っ・・・!」 自分の放った言葉に気がついていたのか?それとも双子ゆえに伝わる意思の送達かと、シドは思わずその腕の中で固まった。 腕の中で硬直する弟の変化を見て、やはり図星だったか;と思いながら、でも偽りなき気持ちを彼に伝えなければならぬと、バドはその柔らかい耳たぶに、下心なしに唇を寄せていく。 「・・・安心、したんだ・・・。」 今までずっと一人だったから。 耳元で囁かれるその声に、先ほどまで抱えていた棘はゆっくりと引き抜かれていく。 身体を壊そうと何だろうと、生きていくためには必死だった頃は仕事へ行く養父を送り出して一人で管理してきた。 「・・・・・・・・・・・・・私は、男ですよ・・・・。」 「そんなの判ってるって。」 逡巡した後に口について出たシドの言葉に、バドは可愛くて仕方が無いといった様子で声を押し殺して笑う。 後頭部に埋められるその指が心地良くシドの髪を梳きながらも、少しだけ熱が下がった顔をその胸に埋めてくるバドはまるで幼子のようで。 「だけど俺も男で、母性を感じ取りたく思うって事だろう?」 お前の中にある、母親の様に深く穏やかでなその愛情に・・・と、胸元をまさぐるように呟かれる兄のその比喩に、シドはくすぐったさとそして沸々と突き上げてくる柔らかい感覚に、少しずつだが顔を赤らめていく。 「時々だけどこうして甘えさせてくれるか?」 シド・・・と、大猫が喉を鳴らしながら擦り寄るようにして、胸に頬をこすりつけてくる兄の殺し文句にシドは例えようの無い愛しさに鼓動が鳴って行くのを自覚しながら、はい・・・と呟きながらそっと兄を、温もりを湛えるその腕で抱き込んでいった。 『私にとって、シド・・あなたも、あなたのお兄ちゃんのバドも・・・掛け替えの無い私の子なの・・・・。』 寝静まった我が子のその愛らしい寝息と寝顔を眺めながらシギュンはそっと呟いた。 あの子を愛してちょうだいね・・・・? |