be without a rival-sadly in eyes-



本来ならば誰よりも真っ直ぐで清く、力強く真っ白だったあなたの魂を憤怒の暗き色に染めたのは他でも無い私だった。
私と言う個の存在が知らずあなたを貶めて、その心も身体も悪戯に傷つけて長きに渡っての荊の道へと誘った。

私を赦して欲しいなどと願わない。ただ私に出来る事。
その哀しい色をした、純白の甲を纏ったまま、その腕にまた新たに生々しい傷痕を作って敵に俯いたまま殺せと呟くあなたに私が出来る事・・・。
今この時しか無い、長い間練りに練ったシナリオ劇をようやく遂行させる時が来たと、私は軋んでもう幾ばくも動けずに居るだろう、暗い色に塗り潰された重い光の甲を纏いてその身体を起こし上げた。



「バ・・・、バドよ・・・、はやく・・・!」



さぁ、その幕はゆっくりと開かれた。
この愚かしいこの存在を今この場で華々しく散らせる、私の最期の独り舞台の幕が。




be without a rival
sadly in eyes




人の運命ほど、神の気紛れによって悪戯に紡がれているものは無いと私が悟ったのは十を数えた時からだった。
それまでは、心の底に押さえつけていた多少の飢餓感があったとしてもそれなりには満ち足りていた。

薄れていた意識の中であなたが言った言葉。
『そのまま二人会う事も無ければ、俺も拾われた村人の子供として貧しくも平和に暮らしていたかも知れぬ。』

そう、私もあなたを知ることなく、と何度思っただろう。
あなたを知ってしまってから、何時も私は飢えていた。
脆く儚く崩れ去る、砂上の砦の様に、あなたを踏みにじっている自分も消えてしまえばいいとどれだけ思った事だろう。



あの時に出会ったあなたの真っ直ぐな心根を宿した瞳を、無理矢理に折り曲げさせて、その何も知らない心に憎しみを植えつけさせて、その肉体を限界までに痛めつけるようにして力を得たこと。
凍りついた湖から出でた冷たい雪原の色をした神闘衣を纏いながら、その心に闇色の雪を降らせるかのごとくに憎しみを募らせてその首を跳ねたく思っていたことも、背中に突き刺さるその視線が全部物語っていた。
それでもそ知らぬふりを続けて来た仮面生活を投棄てなかった理由。

最初から、この時代のこの国に生れた瞬間から遠い所に、人の力など及ばぬ運命の膝元に堕ちたあなたと私。
本当は何よりもあなたと寄り添って、何のしがらみも無く双子の兄弟として普通に生きていたかった。
不条理溢れるこの世界の中で、ただ兄としてあなたを弟として想って、弟としてあなたを兄と慕って甘えてみたかった。

地位も名誉も何もいらないから、あなたと一緒に居させて欲しいとどれだけこの無慈悲な神に願っても、もう何もかもが手遅れで。



元は純白の羽根でありながら、たった一度の過ちによってその身を闇色の喪に窶して小さく啼いているカラスの様に、これ以上哭意に染まる本心をあなたに悟られて見せ付けるその前に・・・・・。


「あなたの憎しみは当然だ・・・・・。」
気が狂うほどに静かな、ガランとした薄暗い回廊の中にただ私の台詞が響き渡る。
「でもこれだけは伝えたかった・・・・!」
偶然にも私が独白しようとしたその事に、予想外のアドリブを入れてきたこの敵である聖闘士身体を羽交い絞めにしながら、少しだけシナリオを変えた。少しだけ逸れてしまっても、まだ私の脳内で描くそれは続行可能。
「このシドも・・・、父や母も・・・・決してあなたを忘れた事は無かったと・・・・!」
長年秘め続けてきた嘘偽り無い本音を晒け出し、その中にほんの少しだけの浅ましさを入れ混ぜる。
「しかしあなたはこのシドを救おうとしてくれた・・・・!もはやこのシドにとってこの世に何の悔いも無いっ!」
さぁ、クライマックスはここからだ。
「ましてや血を分けた兄であるあなたに、ζ星の神闘士を託すことが出来るのだ・・・・!さぁ、今度はこのシドがあなたを助ける番だ・・・・っ」
そして私も報われるその瞬間が目の前に。
「私に構わず拳を・・拳を放つのですっ!」

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・これで、良い。

瞳を驚愕に見開いて、その目尻を吊り上げたあなたが、白い魔拳を構えてこの身ごと敵を打ち抜けばもう何も思い残すことは無い完璧な終幕。
その手を私の血で汚し、身体を打ち抜いた感触と、その手で私を殺したと言う事実で、少なくとも私はあなたの心の中で居座っていられる。
ここで私の命が潰えることで。
長きに渡って憎しみとは言え思い続けてきてくれたあなたならきっと忘れる事はないでしょう。
その手によって流される私の鉛の血の色に塗れて、この黒い甲に包まれた身体が力なく崩れ落ちて埋葬されたその時から、あなたはきっと私を、半永久的に思い続けてくれる・・・・。

さぁ早く・・・、その手で憎しみに干ばつされたその心をこの薄汚い穢れたこの存在を砕くことで潤して下さい・・・!





だが、シドがあれ程望んでいた結末は訪れることは無かった。

次の瞬間シドの、光を失いつつある鈍色に染まるダークオレンジの瞳には、同じ角度の形の良い眉が哀しげに寄せられて、その口からは一つ息を漏らして長く伸ばしたその爪を元に戻し、力なくその拳を下ろしたと言う、もう一人の主役であるバドの予想外のアドリブが映し出されることによって。





「に・・ぃさん・・・。」
なぜ・・・・?

あんなにシュミレーションしたのに・・・・。
あなたの今までの心情を思えば、この身体に最期に与えられる尾を引くような激痛こそが私にとっての最大の餞なのに・・・・・。



あぁ・・・、やはり・・・・・。

もう力が入らない。ずるずると崩れ落ちていく身体を支える術すら浮ばない・・・・・。

私はどこまでも神の気紛れに翻弄される運命なのだ・・・・・。

近づいてくるあなたの気配。沈殿していく意識は静かに泡沫に弾けていく――・・・。





どうしてこんな最期の最後で、あなたは私に期待を持たせることを・・・・。
『・・・ド・・・。』
もうあなたの声も姿も・・・・本心すらも語り合うことは出来ないと言うのに・・・・。
シド・・・・!!
こんな筈の結末じゃなかった・・・・。



バドがシドに駆け寄って、そのマントを翻しながらその傍に跪いたその瞬間、最期の一欠けに残っていたシドの意識は、穏やかな永久の睡りの泡沫に弾け飛んでいく――・・・・・。






だからシドは知る由も無かった。
“あなたと一緒に生きていたかった・・・・・。”
今際の最中、全ての憎しみが浄化されたバドの心の中に、何よりも彼が望んでいたその願いとなる温床が他でも無いシドの独白によって創られ、そしてその後もしんしんと募っていくことに・・・・。



手に入らぬならその身を砕かせると、捜し求めて乞い求めて居た双子の兄を待たずに先立った弟を想い涕する、生れたばかりの純粋で優しくも哀しい、儚い雪の様に――・・・・。






戻ります。