何時もその月日の節目は何かがあった。
言葉にしてしまえばたったそれだけの数字の区切り、それでも積み重ねてきた年月全てが失われ、否定され、そしてまた傷口を開くかのごとく生き続けて来た。
次に訪れるその数の節目はきっと自らの死で持って終わらせるのだと。
きっとその数の節目の際には、全てを手に入れて高らかに笑うのだと。
だけど、双つ思い描いていた彼らなりの結末は、あの幼い運命の日と同様に突如裏切られ、そして思いもしなかった始まりの日でもあった。
10years
long agony longing life
『すまなかった!シド・・・・。』
邂逅一番、雪原の中で、冷え切った身体に沁みこむ温もりにゆるゆると瞳を開けたシドに映ったのは、白い甲を纏う鏡像として、何度も想っていた双子の兄だった。
はっきりとしない頭の中、まだ霞んでいく視界で、彼がどうしてここに居るのか、そして何故そんなに涙を流しているのかが判らず、ただぼんやりとバドを眺めて居たが、不意に強く抱き寄せられる。
『え・・・っ?』
そこで初めて意識が鮮明に醒めだし、封じていた疑問が湧き上る。
何故あなたがここに居るのか。
何故あなたが自分をこうして抱きしめて居るのか。
そもそも・・・・、何故自分達はこうして、寒さを凌ぐ小動物の様にぴったりと一部の隙間もなく寄り添っていられるのか・・・・。
だってあなたはずっと・・・・。あの十の頃からずっと、私を・・・・・・・。
『すまなかった・・・・シド・・・・・・・。』
狼狽する自分を抱きしめているその腕の温かさに涙を零しそうになっても、辿ってきた過去の道すじからこれはありえないことと、目覚めた夢の静けさと空しさと哀しさだと、期待してしまわないようにと、シドは慌ててその中からもがきだすが、バドの腕の拘束は緩む気配も無いまま、それどころかますます強くなっていく。
『っ・・!離して』
『離すものか!』
息を呑んで、それでもか細く訴えたその声も、強くきっぱりと否定されたことにより意味を成さない。
すっかりと止んだ雪も、今は空から降る黄金色の天上からの梯子により柔らかな銀色へと変わっている。
時間にしてどれ位、二人抱き合ったままでいただろうか・・・・。
バドは黒い甲の上から尚も、その腕の中からこぼれて逝った弟の温もりを確かめ続けるように、シドは抱き込まれつつも白い甲の上から聞こえてくる鼓動により、確かに兄がそこに在るのだと。
『すまなかった・・・・。』
再三紡がれた言葉は、ようやく落ち着いたシドをその拘束から解き、真正面から彼の瞳を見据えて放たれた。
初めて真正面から至近距離で見る、同じ色をした瞳は、自分より吊りあがった目つきは少しだけきつく感じても、背後から射抜かれていた憎しみに染まる暗さや鋭さはもうどこにも見当たらない。
真っ直ぐに見つめる眼差し、同じ髪の色、白い甲を纏う一寸も違わない姿。
それが故に忌まれ、憎まれ、そして絶望の底へと突き落としたのに、今はもう別の感情が静々と心の底に募り募っていく。
『にいさん・・・・・。』
知らずに頬を濡らしていく涙を拭う間もないまま、兄を呼ぶと、バドは一瞬大きく瞳を見開いたが、そのまままた伸ばしていく腕の中に弟を抱きこんで行く。
シド・・・、シド、シドとその名を呼びながら、それに答えるように、バド・・・兄さん、兄さんと、たった今孵ったばかりの雛の様にその言葉だけを繰り返しながら。
零から始まり十の歳月に訪れた運命の日。
そこから十の運命の日から、絶望に任せて重ね合わせた十の月日に訪れた終末、そして始まりの奇跡の最初に貰ったのは温かい存在だった。
それから二人、手に手を取り合って歩んでいった1・2・3・・・・と重ね合わせていく季節の時間は、途切れなく流れていって、何気ない日々の中与え与えられる日常は積み重なっていく。
「シド。」
不意に名前を呼ばれてシドはふんわりと振り返る。
「はい。」
ざわざわと黄昏の丘の上に吹く風が、森の木々の葉を、そしてその中に建つ隠れ家のような小屋の屋根の上に座り込み、沈みかける夕日と同じ色をした瞳の二人も同様に撫でて通り過ぎていく。
少し肌寒ささえ感じる夕暮れ、シドは簡素な衣服の上から深い翠の色をしたショールを羽織り、隣に座るバドの瞳に自分の姿を照らすように見つめる。
「兄さん?」
自分を呼んだバドの口からその後の言葉が放たれないのに不思議に思い、シドは軽く小首を傾げるが、すぐに思い至る。
傍にいるだけで、何気ない風景にも心動かされ、何気ない日常を愛し、二人だけの世界で生きてきて今日で丁度十の年月が、あの聖戦からも十が流れ、二人が始めて出会った日からはもうじき二十が訪れようとする。
十と言う節目に何かが起こって何かが変わり、それが今の生活を手に入れることが出来たのだと言う真実と、また何かが起こってしまいこの時間を失ってしまうのかもしれないという本能的に感じる怯え。
それを感じてしまったのは多分両者で、シドは言葉を濁したまま黙ったままの兄に、この生活と引き換えに優美さと瑞々しさを失いつつある少しだけかさつく、だけどバドの前ではずっと綺麗だと思わせる両の手を伸ばし、ぎゅっと兄に縋りつくように抱きつく。
「見通されたか・・・。」
「・・・もうどれ位、」
一緒に居ると思っているのですか?
そうためらいがちに紡いだのは、巡り来る十と言う時間が浅すぎると感じたのか。
震え交じりの声の代わりにシドはバドの身体に回したその手に力を込める。
バドもまたしっかりとその身体を繋ぎとめる様に弟が苦しく無い程度に力を込めて行く。
「・・・・今。」
少しだけ肌寒い風と共に傾いていく夕日の中で、トクトクと鼓動と温もりを感じあってからバドはその後の言葉を紡いでいく。
「幸せ、か?」
低く囁かれるようにして問われたその言葉に、シドはゆっくりと顔を上げて、十年前に初めて対面したあの時と同様にしっかりと兄の表情をその眼に映す。
同じだけ年を重ねてきた月日は平等に二人にも訪れて、若いばかりだった風貌・体力、その他諸々に徐々に影響を与えているが、そんなことは気にならないほどに彼らは今も尚、互いに焦がれていてそして共に手に手を取り合って生きている。
そしてこれからもそう在りたいという願いを込めて、シドはゆっくりと首を少しだけ伸ばしてバドの唇に自分のそれを柔らかく施すと、ふんわりと笑みを浮かべる。
一瞬だけの触れ合うだけの口付けは、初めて結ばれた夜からずっと続けられていても飽く事無く互いの存在を確かめるには充分すぎるほど甘く優しくて、それはずっとこれからも続けていくのだというよどみの無い確信。
「幸せですよ・・・・。」
何を当たり前の事を・・とは言葉に出さずに、、ただまっさらな心の底からそう想う気持ちを言葉にして伝えて微笑むと、バドは安堵の様な、それで居て嬉しくて仕方が無いというような微笑みを向けられて、その両頬に手が添えられる。
「俺もだ・・・。」
許してくれたからこそ、こうして共に居られる事が出来るのだと、犯してしまった過去の罪全てを贖えるほどに十の年月は決して長くは無いにしても心底に幸せだと感じ取れる毎日をまた明日も続けて生けるようにと、今度はバドの方からシドに口付けを贈る。
誰にも見咎められることは無い、望み望んで二人だけの小さな世界で生きてきて十の歳月。
そしてまた、1・・・2・・・3・・と重ねあう月日に訪れるであろう十の節目。
そこからまた共に重ねていく時間は、果たして互いに抱え続けているであろう焦燥感を打ち消して引き離されていた時間を取り戻せるのか、それともそれを上回る程の掛け替えの無い想いを残していくことになるのかは判らない事だけど。
確かに言える事、それはこれからずっと先、激しい想いが穏やかな愛に変わろうとも二人連れ添って生きること。
それは変わることの無いことだと言うのは、主達を見守り、少しだけ古くなった双子達の愛の巣の中から聞こえてくるその声が物語っている。
―――明日晴れたら屋根の修理でもするかな?
――・・・・・それは良いですけども、またその上から飛び降りてぎっくり腰にならないで下さいね?もうやんちゃが効く年じゃないのですし・・・・。
――・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
戻ります。
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