ただ夢中だった――。
初めての行為で与えられる気持ちも、間近で名前を呼ばれるその声の低さも甘さも感じられる位近くにいるのに、ただ無我夢中で目の前の彼に全てを任せていた。
今までの時間を埋め尽くすように・・・。
結ばれていく過程の中、何も考えられず、初めての波に身体が沈んでいく事だけを追い求めていた――・・・。
ロ マ ン ス
「・・・ド。・・・シド・・・。」
しゃらしゃらと、大きな窓から入り込む朝日と共に、柔らかく入り込む風が揺らす薄いカーテンの衣擦れの音と、近くから聞こえるあの人の声で、ゆっくりと意識は覚醒していく。
「あ・・・・。」
「おはよ。」
軽く顔を近づけられ、額に優しく落とされる唇の感触。
それでも未だ寝ぼけ眼で目を擦り、身を起こそうとした時、自分の胸に散らされた朱印が目に入る。
「~~~~ッッ!!」
それが目に映った瞬間、昨夜はただただ夢中だったその行為の模様が、まざまざと思い出され、感じなかった羞恥心が一気に頭に上っていくのが判る。
「え・・・?おーい、シド??」
照れていく顔を隠そうと、突然すっぽりとシーツを引き上げた私の上から、バドの声と布越しから軽く肩に触れられて揺すられる。
「おーい、何で隠れる?」
彼の顔を見たいと思う反面、今はどうしても彼の顔を直視出来ないと言うジレンマ。
「・・・・・。」
シーツとシーツの間に包まっていても、顔の火照りは治まっていくどころか、ますます上昇していく中、ふとギシ・・・とベッドが軋む。
「もしかして・・・、イヤ・・・だったのか・・・?」
「!!」
軽く背を撫ぜられながらも、不安そうな兄の声に、私は居ても立っても居られず、シーツを撥ね退けてベッド脇に座る彼を見上げた。
「そんなわけ、無い・・」
「あぁ、やっと顔上げたな。」
「え・・・。」
してやったりと笑う彼に、私はようやくそれが彼の策略だった事に気づいて、慌てて顔を伏せようとするが、今度は未然に阻止された。
「や・・・・、はなし・・・。」
「駄目。離してなんかやんない。」
照れる顔を見られたくなくて身を捩ろうとしても、やんわりと抱き込まれる事によって、それは無駄な抵抗に終わった。
「だって、今、凄い顔しているし・・・!」
「それが何だ。」
しれっと言葉を返されて、ますます抱きしめられる腕の力は強まっていく。
「俺だって今、凄い情けない顔しているぞ?」
「・・・嘘。」
そんなこと言われても信じられない私は、思わず埋められていた胸から顔を上げて、彼の顔を見つめた。
「あ・・・。」
だがしかし、彼の言う事は本当の事で、私に負けず劣らずに顔を赤らめている。
でも、情けないと言うのは当てはまらず、いつもの彼と似つかわしくないほどに可愛らしく見える表情だった。
「・・・照れ臭いのはこっちも同じだって事だ・・・。」
がしがしと、片手で若干寝癖の付いている自分の髪をかき混ぜながら目を伏せる彼に、思わず笑みを漏らしてしまう。
「全くお前って奴は・・・。」
さっきまで照れていたくせに、もう笑っている私の姿に、どこか呆れたようでありながらも、柔らかく微笑みかけてくる。
「本当に可愛い奴だな・・・。」
「ッ・・!?」
さっきの仕返しとばかりに、今度は耳元に顔を寄せられて囁きかけられる事によって、引いていった熱が再びぶり返してくる。
くく・・と、喉の奥で押し殺したような笑いが何だか少し悔しくもありつつ、それでいて嬉しくて堪らなくもありつつ・・・。
「じゃ、そろそろモーニングティーでも飲もうか?」
「はい。」
頷いて、シャツを羽織り立ち上がろうとすると、先に立っていたバドが、そっと手を差し伸べてくる。
溢れてくる幸福感に満たされながら、そっとその掌の上に自らの手を置くと、温かい指で包まれていく――。
判り合う為に話す言葉も、それでも足りない想いを求め合い、確かめ合う行為も、これから限りある時間の中で育んで行く愛情の過程。
重なり合うことが許された二人の壊れそうなほど甘いロマンスは、まだまだ始まったばかり――。
戻ります。
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