寒 帯 夜
~狂 人 の 花 嫁~
遙か北国に訪れる、沈まない太陽の夜が続く季節。
普段から陽の恩恵を受ける事が少ないこの国の民達は、この季節に感謝を捧げ眠る事も忘れ、一身にその光の下に佇むことに没頭する。
恵みに対する感謝と言うよりも、恵みに飢えた故の“執着”と言って良い程のそれは、異国の者から見ればその姿はどこか異様な光景に目に映るほどだった。
「・・・騒がしいな・・・。」
「仕方がありませんよ、今は夏ですから・・・。」
民達の喜びを余所に、ワルハラ宮殿の自室のベッドに素肌のまま潜り込む二人。
「これからしばらく、こんな騒がしい夜が訪れるんだな・・・。」
軽く溜息を交えながら、気だるく横たわっている弟の身体をついと抱き寄せながら、甘えるようにしてその白い首筋に顔を埋めていくバド。
「えぇ・・・、これからしばらくは、白日の下で睦み合うことになるんですね・・・。」
こちらも苦笑交じり・・・だが、確信犯的にくすくすと漏らしながら、兄の柔らかい髪に指を絡ませながらくすぐったい愛撫に身を任せていくシド。
二人の動きに合わせてたゆたって行くシーツ。
絡み合っていく互いの肢体。
決して沈まない夜の下、暴かれていくのは、決して知られては為らない二人の罪深い秘めた絆――。
聖戦後の彼等は、周りには“誰も入り込めないほど仲の良い兄弟”として認識されていた。
二人の持つ忌々しい過去を知ってか知らずか、それでも彼等の仲を引き裂こう等と言う輩は居なかった。
しかしそれはあくまで“兄弟”としての仲―ー。
ワルハラ宮に仕える女達の中には突如現れた、高嶺の副官殿の双子の兄の人間性に魅かれてその心を射止めんとする者も少なからず出て来たのである。
「・・・・・。」
何度目かの情交後、寝入っているバドの腕をそっと押しのけて、長めの丈の光沢のシルクのシャツを羽織りベッドから下りたシドは、寝台から目に付く場所の机に向って行く。
その上に無造作に置かれている、変哲も無い紙切れをかさ・・・と音を立てて手に取り、その内容を目で追っていく。
「・・・・・・。」
微動だにせず手に取ったそれは段々と凍りついて行き、何秒も経たない内にそれは静かに粉々に砕けていく。
「・・・・何、部屋の中を凍らせてるんだよ・・・?」
くくっ・・・と、寒さに目が醒めた訳ではない、むしろだいぶ前から自らの行動を伺っていた様な兄の声にシドは掌を開き、その氷の粒子をぱらぱらと机の上に落としていく。
「兄さんが・・・。」
判っている。
兄の企みごとが。
「こんな物を堂々と私の目に付くところに置いておくから・・・。」
でも判っていても尚、こうして兄を奪っていこうとする人間に嫉妬せずには居られない。
わざとに拗ねたように、バドの方を振り向かずに淡々と呟くシドの背を、ふわりと優しく包み込む熱。
「莫迦だな・・・。」
短い髪から覗く耳たぶを食む様にして低く囁かれる声は、何時だって優しい。
「こんな紙切れで、俺の心が動くと思うのか?」
企みを知っていながらも、こうして嫉妬してしまうのは――。
そうする度に、こうして自分が貴方のモノだと確認出来るから――ー・・・。
「いいえ・・・思いません・・・。」
くすくすと、笑みながらそっと体重を俺の胸の中に預けてくる弟の顔は、まるで邪気を知らない子供の様に残酷で可愛らしくて仕方が無くて――。
「こんな文字の羅列で、私の下を去っていく貴方なんて・・・。」
しなだれかかる身体と共にするりと首に回される腕は、まるで蛇の様に執拗な冷たい熱を持つ――。
「殺す価値もありませんもの・・・。」
そう言葉を紡ぐ唇が望むものを、俺はゆっくりと与えていく。
こうして子供じみた行為に出てしまうのは、愛しくて仕方が無い弟の、むき出された独占欲をいつも何度でも味わいたいがため――。
何人たりとも踏み込めない、築き上げられた二人の世界。
その中に土足で入り込む愚かな輩の純粋な思い等、彼等にとっては疎ましい以外の何物でもない。
聖域を脅かす愚鈍な存在なぞ、何人集まろうが何の価値もありはしない。
重なりあっていく二人の唇から漏れる吐息。
そこから入り込んで来るのは、鋭いまでに狂った互いへの愛情。
窓の外から差し込む、白い夜に浮んだ太陽は、二つの罪人の影をその光で包む事を耐え難いと感じたのか、ひっそりとなりを潜め始めていったのだった――。
戻ります。
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