Wriggling along





よく晴れた真っ青な空と澄んだ空気。
雪に覆われる前に見せる最後の緑色の絨毯を敷かれた北の国の大地は、これから訪れる冬の前触れをこの時期は微塵も感じさせないで、堂々とした佇まいを見せている。
厳しい冬ばかりが浮彫りになる王国アスガルドは、かの聖戦が過ぎ女神と女王ヒルダが和睦を果たし、徐々に人々の暮らしが豊かで平和になる以前にも、貧しいながらも夏から秋にかけて自然は、ここに住まう人々の心と瞳を癒し続けてきた。
そしてそれはこの国を治める現女王ヒルダと、その妹姫、そして彼らを守護する人々にも、どんなに貧しくとも厳しい耐えるばかりの暮らしでも、この美しい大地を護ると言う誇りと勇気を与え続けてきた。

そのアスガルドが建設されたのは、もう何処の事か。
この国に住まう人々は、主神・オーディーンが設立したと信じているものが殆どであるが、それすらも気の遠くなるような昔の事で既に思い出せない。
アスガルド全土を見渡せる石の台座の上に立ち、その隻眼でずっとこの国を見守っている石像に、人々の顔は重く、暗く、それでも希望はその下に仄かに灯り、冬を耐え忍び祈りを捧げ続ける。
その祈りを先導しているのは、オーディーンの力の依り代となった乙女達で、それは長い年月の節目節目で交代し、純潔のまま魂は天上へと還っていった。
どんなに想う相手がいても、何も語らぬ神の怒りを恐れてか、その想いを無理に断ち切り、国を想い、民を想い、そして神を想う・・・それだけを考え全うしていく・・・それはまるで神と国とに捧げられる生贄に他ならなかった。
別にそれを強要しているつもりは無い。ただ、この国を、神の力を引き出して護るに必要なのは純粋な祈り・・・それだけなのにと、一人、また一人と聖巫女としての役目を終えて天上へと昇っていく魂を、動く事の無い片目だけで見つめながら苦々しく思っても、石像に宿る神の意思は何も伝えられず、ただ崇めてられるばかりであった。





「おお!!ヒルダ様!」
「ジークフリート様!こんにちは!!」
各々の実りを収穫し、家畜の世話を焼く住まいの中、君主ヒルダと、その騎士長であるジークフリートの姿を見つけ、生き生きと働いていた人々の顔を更に輝かせる。
その歓迎を受けながら主を乗せて、目的地に辿り着き、まずジークフリートがその背から降り、主君であり・・・しかし今はそれ以外の感情を少しずつ開いた動作でヒルダの手を取り、そっとそのつま先を地面に下ろすと、その所作だけで民達の顔には暗黙の了解・・・しかしその心に湧きあがるはち切れんばかりの祝いと歓びが笑顔となって現れる。
そして二人の愛馬も、鼻先をくっ付け合って互いを労るようにしているのを目に留めて、更に微笑ましく想いながらもこの平和に感謝する旨を口々にヒルダとジークフリートに湛えだす。
そんな彼らをヒルダはまさに慈母の様な笑顔で・・・そして一歩側らに控えようとするジークフリートの手をそっと握り締めると、ヒルダを護るという立場を保っていたその表情は、まるで初々しい少年の様に変化するのを、動けないながらもその隻眼で静かに見守り続けている。

それと同じ頃、冬は白い雪に覆われている間、静かに種を蓄えて命の訪れと共にその芽を咲かす若い二人の憩いの場となっている花畑では、金色の豊かな髪を陽に照らしながらフレアが、何やらミッドナイトブルーの衣服に身を包んで俯いている褐色の肌の幼馴染の青年に向けてキラキラとした眼差しを湛えながら喜びの歓声を上げていた。
「まぁ!思った以上に素敵ですわ!!」
「・・・ありがとうございます;
その太陽の様な笑顔とは裏腹に、ハーゲンの方が若干暗くなっている気がするのは気のせいではないだろう・・・それに良く見ればこのフレアも何やら裾の長いブラックのプリーツスカートとその上には赤いスカーフと黒の生地で作られた水兵を模した衣服を着て、これから学生デートをしましょうとか何とか言っていたが、暗くなっていた青年はデートと言う言葉に過敏に反応をし、無邪気に繋がれたフレアの手を振りほどく間も無くなすがままに引きずられていっているのを、少々これはどうだろうか・・・?;と思いはしたもののやはり隻眼の神は黙って見守り続けていた。




形はどうであれこんなにも安らいで、幸せそうに笑う神の地上代行者とその妹姫は、この代が初めてだ。
しかしそれ以上に過酷な試練を負わせてしまったのも、この姉妹以外に他にいない。
どれだけの時間、灰色の空の下で、この国は絶え続けて来たのだろう。
何も語らずに、何も手出しをせずに、それが歪み、幾多もの人々の涙と血を流れさせた事だろう。

しかしこの姉妹は耐え抜いた。
己の闇に囚われても尚、正気を取り戻し、この大地へ愛を注いだ姉巫女と、曇りの無い瞳でこの国を護ろうと奔走した妹姫と。



――人間界の表舞台には立たんと決めたが、主達から新たな時代が始まる。
その手助けは見えぬながら行おうぞ・・・。



天に掲げたバルムングの剣の切先が鈍く光りながら、アスガルドの民達によって捧げられた祈りの力が今日も恵みとなって全土へと降り注ぐ。
決して目に見えない、失って始めて気がつくそれを二度と失わない為の、愛と平和の光を永遠に。




基調音楽:にょろにょろ(魑魅魍魎/陰陽座) 生きることと見つけたり(魔王戴天/陰陽座)