光の王子様は実は黒い灰かぶりだった寓話



※注・・・ウサコ様のイラスト“二つの心(現・ステレオグラム)”からイメージした小説です。



控えめなノックが扉を打ち、おっとりとした老女の声がその向こうからしとやかに響く。
「シド様、そろそろ御支度は召されましたか?」
「ああ、もうすぐで済むから。もう少し時間を稼いでくれないかな?エーヴェル。」
立てかけられた姿見の前で、。胸元に施された3段のギャザーフリルのエレガントさが人目を引く白い礼服を纏い、その下にははっきりとしたコントラストを現すための黒いラファエルパンツを身につけたシドはエーヴェルが廊下を立ち去る衣擦れの音を聞いて、深く深く溜息を吐いた。
大広間から微かに漏れる多々なざわめきと、華やかで浮ついた雰囲気。
しかしその主役である自分はこんな祭事など何も目出度くも無い。
「・・・何がめでたいのか。こんな日が・・・」
磨かれた硝子に掌と額を付け、疲れ果てたようにもたれ掛る。
伝わってくるじかに伝わる冷たさは、この馬鹿騒ぎにしか過ぎないその前日に当たる日に棄てられたもう一人の自分の無念さ、淋しさ、怒りを表しているようだと自嘲する。



十を過ぎた頃から、ただその日は重い焼き鏝を一つずつ刻み込まれているようだった。
それこそ、光に選ばれた証、その奴隷だと思い知らされるように。



おめでとうございます―――!
先が楽しみですな―――
なんて賢そうな・・・、愛らしかった子がすっかりと大人びて・・・


周りの大人達が褒めそやす言葉に、両親もまた笑顔で返す。

“この子は私たちの誇りです。”
“大切な宝です。”

たった一人、私が宝だと言うのならば、同じ様に母の胎から生まれてきたあの人だって同じ様な宝物に相違無いのに・・・。
今この日だって、全部知ってしまったあの人はきっと、こうしてぬくぬくと暮らしている私達を憎しみに腫らした思いで迎えているはずなのに。



宝物なんかじゃない。そんな綺麗なものじゃない・・・!

そう叫んで全部ぶちまけたい衝動に駆られるのをどうにか押さえて押さえて押さえつけて、そうして臨む10と何度目かの誕生祝賀会。
祝われる日が、更に呪われるような錯覚を覚えるシドは、しばし自分の姿を映す前で痛みに呻いて俯く。
「・・・!」
自己嫌悪で吐き出しそうになる気持ちのままに絞り出そうとしても、喉の奥で潰えるその声。
きつく閉じる瞳をうっすらと目をあける、氷に閉じ込められているように映る自分の姿は、そんな自分を嘲るように口角を微かに吊り上げているように見える。

壊せるものなら壊してみろ。
愛を注いでくれている両親、エーヴェル、その他支えてくれる者を全て裏切れるものならば裏切ってみろ。
そんな度胸も無いくせに。



と。




「はぁ、は・・っ」
ひどく痛む頭痛はここでしばし途切れる。
一年の間溜め込む罪悪感と葛藤は、こうして鏡を通じて向き合う事で一種の鎮痛となり、また一年しばしの間、両親やエーヴェルが望むであろう長子の仮面を被る事が出来るのだと、シドは鏡面を静かに押して身体を起こし上げる。
少し乱れてしまった白い襟を正し、そして礼装用のジャケットを羽織ると、鏡に背を背けて靴音を軽やかにならして部屋を後にする。
しかし持ち主が居なくなっても尚、鏡に映る残像は真紅の瞳のまま黒い影を落としながら、憎々しげに忌々しげにその出て行った扉をずっと見つめ続けていたのだった。