濃い恋のチカラ



「ちょっと待てジークフリート・・・髪が絡んで・・・。」
「むっ、こ、こうか??」
「痛いいたいイタイ!!抜ける、抜けるってイテえよ!!」
太陽を集めたような真っ直ぐな金髪と、褐色の肌を持つ少年、ハーゲンが頭皮が引き攣るような痛みを覚えて、その髪に触れて・・・否、引っ張られている主に非難の声を上げる。
非難の声を受けて、波打つベージュがかった銀色の髪を肩まで伸ばしている、美丈夫ことジークフリートが焦ったように髪に絡まった物を取ろうとするが、焦れば焦るほどそれは無情にも絡みつくばかりだった。
と言うか、癖っ毛の欠片も無いストレートヘアーでこの有様である。
剣技はずば抜けているのだが、こういった繊細な事柄は本当にからっきし駄目な典型的タイプである事を身を持って改めて思い知らされる。
「おまえっ・・・!2323になったらどうしてくれる・・・っ!」
実験体になってくれとの申し出を受けた時、いくら気心の知れた親友であるとしても、どこか複雑であったが、今なら引き受けても良かったと心の底から思う。
ぶっつけ本番ならば、確実に彼女との距離は今まで以上に開いていたに他ならない。
「はぁ・・・、お前無骨にも程があるぞ、ジークフリート・・・。」
「むぅ・・・すまない。もう一度・・・。」
「しょうがねぇなあ・・・。俺の髪で丁寧に出来れば、本番でも確実に大丈夫だからな。よしみで付き合ってやるよ。」
「ありがとう。ハーゲン。」
「この借りは今度の休日で返せよな。もうじき野うさぎの親子が見れるとフレア様が仰っていたから、それに付き合いたいから。」
「了解した。見事な公私混同だが、私に断る権限は無きに等しいからな。」
「よっしゃ!」
何やら仄暗い様でどうでもいい取引を交わしながら、 少しだけ絡まった髪を手櫛で解しながら、するすると髪に挿さったままの銀のビーズや純白のクリスタルをあしらった髪飾りを滑らすように取り払うと、ほれとジークフリートに手渡すハーゲン。
丸い椅子の上に少し俯き加減で座る親友の後ろに立ち、再び真剣な表情にジークフリート。
今度こそは抜け毛の被害が増えないようにと秘かに、しかし心の底から祈りながらである。
知らず身体が強張るハーゲンと、繊細な髪飾りを握りつぶさんばかりに強張るジークフリートの手がそっとハーゲンの髪の毛に触れる。
そんな二人がいる部屋の扉がいきなり前触れも無く開く。
「あ。」
「あ。」
「あ、あれ?」
そういえばここはどこだったけか。もしかしなくても上官専用とは言っても誰でも立ち入れる談話室ではなかったか?
そもそも鍵をかける必要はないのだ、が、もしかしてここワルハラに住まう大多数に分類するやや不健全な女官達が掃除の為に入って来たならば、影虎と宮廷詩人の他に自分たちもフラグを立てられそうなちょっとこれはややこしい光景ではないかとどちらか片方の人物が思ったのだが、扉の外からやって来た人物は何でもないように落ち着いてぱたりと扉を閉めて中に入って来た。
「あ、いいよ。気にしないでやってて。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
事実何も無かったのだが、文字通りことを荒立てるような態度も素振りも見せず、温和に言い放ち、図書室から借りてきた脇に抱えた本を読む為に、すたすたとその辺にあるテーブルと椅子に向かって歩いていった瞬間、いきなりがっしりと肩を強く掴まれた。
「いたっ!ちょっ、何ご」
「シド、お願いだ!!」
「俺からも頼む。俺の髪の毛の存続の為に!!」
「え、え??」
のんびりとした昼下がり、せっかく窓辺に陣取って日向ぼっこがてらの読書タイムにしようと思っていたのだが鬼気迫る二人の親友に囲まれて頼み込まれて、そのあまりの形相に思わず手にしていた本で後頭部を殴り倒そうとしたのだが、とりあえず思いとどまり話を聞いてみることにした。


「はぁ、なるほど・・・。」
二人の説明を聞いて少々肩を震わせながら頷いたシド。
三日後に控えているのはヒルダ様が地上代行者の力を授かった日。
その記念日には民達がその力に感謝しうる為に、生命力溢れた物を・・・最も時期を問わずに捧げられるのは可憐な花達なのだが・・・彼女に向けてふわりとふわりと投げつける。
はるか昔、今は人々に受け継がれる神話の中、最も美しい神が永遠の命を授かった祝い事を真似た行事なのかは知るよしも無いが、一般人は遠くから花を投げつけるに対し、側らに控える近衛隊隊長他、上官たちは直接彼女に対してその生命溢れる物を捧げられる事は出来る。
その祝い事に乗じてジークフリートは花を模した髪飾りを飾りたいらしいのだ。
それで、ヒルダ様に髪形が似ているハーゲンに頼み込んで訓練中だと言う事を聞いて、思わずシドは吹きだしかけたが必死に笑いを噛み殺している。




全く大胆なのか、繊細なのか・・・・良く判らない。




その大胆さと繊細さと、それに付き合ってやっているハーゲンの人柄のよさを兼ね添えたもう一人二人心当たりのあるシドは、何とか笑いを飲み込んで、まずは無残になりかけているハーゲンの髪を梳いてやる。
「しかし・・・わざわざハーゲンに頼まずとも・・・女官達の中にはヒルダ様ほどとは言わぬが、ストレートヘアーの者はいるだろう。」
そのほうがきっと彼女たちも喜ぶんじゃないのか?と言う言葉に、ジークフリートとハーゲンは思い切り頭を振った。
「こいつの手練じゃ、彼女たちも裸足で逃げ出すだろ。髪の毛は乙女達にとっては命の次に大切な物だ。」
「それに、これはヒルダ様以外の女性には挿したくは無い。」
「・・・・・・・・・・・・あ、そう。」
じゃあヒルダ様に髪形が似ている親友ならばいいのかとシドが思ったのは言うまでも無いが、あまりにも真剣な眼差しに突っ込む気力も萎えていく。
巻き込まれたからにはしっかりと指導をして、ヒルダ様の髪が無残な事にならない様にせねば、折角の祝祭も台無しだ。
「じゃ、始めようか。」
幼い頃、忙しかった父親の代わり、ばあやのエーヴェルや母のシギュンに自らを使われたお人形遊びの黒歴史が、まさかこんなところで役に立つとは・・・。
秘かに溜息を吐きながら、ヒルダ様の代役はそのままハーゲンになってもらい、主君を護る無骨な騎士の手を、一人の乙女を慈しむ指先へとなるように教鞭を振るう。

とりあえず返却期限を三日後に指定して借りてきた本は、一ページも開く事無く図書室に返却になることは目に見えていたが、それでもシドは構わなかった。
親友の人知れず秘めた恋心・・・それでも一部にはとっくに公認でバレバレではあるのだが・・・、それを応援することが出来るのもまた、このアスガルドが平和であり、自身の心に平穏が訪れた事に他ならない。

ついでに、ハーゲンにもフレア様に対して花を飾らないのか聞いてみよう。
同じ様にヒルダ様の祭の日、擬似ごとながらもささやかながらも感謝を込めて母親の髪とばあやの髪を飾る事に長けてきたこの技術が役立つかも知れないから。



「ふぅ・・・。」
軽く疲れた溜息を吐いて、今日の業務を終えてシドは結局読めなかった本をとりあえず返却せずに持ち帰り、自室の扉を開ける。
「本っっ当に飲み込みが悪いったら。」
なまじ一日かけての軍事訓練よりも精神力と体力を消耗したのではないかと思う程、疲れた身体を休ませたく思い、扉を開けてすぐさまに身体を滑り込ませるが、部屋に一歩足を踏み入れるなり、シドの疲れきった身体は柔らかな寝台に沈む前に、温かな体温にまず包み込まれる事になる。
「あ・・・」
「おかえり。」
声を聴かずとも、そのぬくもりと鼻腔を付く匂いだけで・・・否、この部屋にいるそれだけで誰だか判る。
判りすぎるほど判るその存在と、優しく抱きとめてくれるその掌に、もう何度も感じた胸の甘く高鳴る鼓動に任せるまま、微かに背の高い彼を見上げると、ふと、柔らかいシドのペールグリーンの髪に劣らないほど柔らかい仕草でその指が落とされた。
「え・・・?」
「所謂サプライズってやつだ。」
何事かと髪に触れる前に、囁かれたその声に更に顔に薄紅がさして来るシドの頬に、そっと熱い唇が落とされる。
「ヒルダ様に捧げるのとはまた違う意味の物だからな・・・。当日に捧げられな擬似ごとだからせめて今捧ぐ。」
「あ、りがとうございます・・・///」
「どう致しまして。」
くすくすと笑う双子の兄・・・昔ならば共にいることを憚られた存在の・・・バドに先まで親友二人に教えていた慈しみの指先の技法よりも更に甘く触れられて、知らず瞳が潤み始める。
「見ても、良いですか・・・?」
「どうぞ?」
この兄が色んな意味で不意打ちが好きなことを知っていたシドだが、今くれたものは本当は触っただけで・・と言うか視界を横切る霜の様な純白の霞に何を贈られたのか判っていた。
だからその頭上を飾るそれを取らずに見る方法を、シドもバドもお互いに判っていた。
一瞬二人身体を離し、そして微笑み合う。
正面を見据えて隣り合う距離をゼロにするため、バドは掌を上にしてシドに差出し、その掌の上にシドはそっと白いその手を重ねあう。
窓から差し込む夕日が、室内を照らし、その逆行がまるでバージンロードの絨毯の様に赤い色に床を染めている。
ゆっくり二人歩む先は、互いが互いを同時に見ることの出来る透明の貴賓席。
掌を通じて伝わってくる互いの静かな鼓動が、祝福する音楽である行進。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人同時足を止めた先に映るのは、違わぬ姿が二つと、、先ほどジークフリートがヒルダに捧げようとしていた髪飾りに遜色が無い、真っ白だが細かい刺繍が綺麗に施されていたショートマリアベールがシドの頭上を透ける純白が飾っていた。
「綺麗・・・。これ、兄さんが?」
「当然、だろう?お前に似合うものを贈るのに、俺が他人に任せると思うか?」
「・・・~~思いません。」
真顔で向き直られて、ある種の開き直りにもにた大胆不敵な殺し文句。
手先も器用だが、口先もある意味器用・・・しかし純粋で大胆でそれは揺ぎ無い真実だからこそ、何時までもシドの胸をときめかせる。
「でも、どうしてベール・・・?」
「この祭りは・・・昔は遠目から参加していたが、ヒルダ様の加護を永遠に祈るものなんだろう?」
「え、ええ・・・。」
「このベールには俺の想いが込められている。」
さらりとしたベールからバドの手が入り込み、ふとシドの熱を持ちすぎる頬に触れる。
優しすぎるとろける視線が、理性を溶かしていく。
「そして永遠を願う訳だから・・・そういう事だ。」
「・・・どういうことですか?」
脈略の無い説明でも、想われているという確信で本当は何が言いたいか判っているのだが、散々照れさせたお返しとばかりに、上目遣いで覗き込むシドの視線にバドが頬を赤らめて少し視線を彷徨わせる番だった。
「それは、その・・・。お前と何度も永遠を・・・誓いたいって言う俺の・・・。」
少し口ごもるバドに、先ほどジークフリートに抱いた感情を・・・勿論、その前提には恋人と親友である事を踏まえてだが・・・もう一度抱かずに入られなかった。

自分を翻弄したかと思えば、ふと子供の様になり、そしてヘンな所で照れ屋な彼。
ヘンな所で純朴で、ヘンな所で大胆になる親友二人。

「・・・恋心って本当矛盾ばかりですよね・・・。」
「ん?」
「いいえ、何でもありません。」
きっと自分も傍目から見たらそうなんだろうなと内心苦笑しながら、 そっとバドの首に腕を回したのが二人の中で合図となり、頬に触れていたままのバドの掌がそっとマリアベールを静かにかき上げる。



何度も何度も・・・記念日でも、それ以外の平坦な日常でも、夜でも昼でも、何秒の間でも・・・永久を誓い合っても誓い足りないほど大切な人。
そんな人と重ねあう唇の熱さや甘さは、このロマンチックなノイローゼにかかっている限り色褪せる事は決して、無い。



発狂しそうなほど、疼くような気持ちに溺れかけている二人。
淡い恋心を抱き続けて、それがもう一歩で実りそうな果実を持つ二人。
壊れそうなほど脆い硝子細工の様な恋心を壊さないように、しかし護り続けて一歩一進しつつある二人。




どれが正しい恋だなんて決め付ける事は出来ないけれど、それでもそれを抱く事のできるこの平和な時間を齎すための道は決して間違いでは無かったと言い切れる。
そしてそれを今度こそ守りぬく事が、目の前にいる彼と共に出来る事の慶びを押さえきれないように、二人回した腕は強く、熱く、互いを抱きしめあっているままであった。




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