今更ながらの罰ゲーム

「…どうしてもダメ?」
「ダメだ」
二人一緒に眠るダブルベッドの上にて。どっかりと胡坐をかいて腰を下ろす猗窩座の正面に身を縮めるようにして正座をしながら最後のあがきと言わんばかりに尋ねるも、バッサリすげなく断られてしまった童磨がうぅ~…と未練がましい声を上げる。
「だ、って…、ずっとそうしてきたじゃないか」
「ずっとそうしてきたからこそだ」
いつになく諦めの悪い童磨の言い分をスパッと歯切れよく切り捨てていく。
「往生際が悪いぞ。さっきのゲームでの勝者は誰だった?」
「それはあ、…っ、そう、だけど」
言い淀んでしまった己の言葉に少しだけムッとした表情を見せる猗窩座。
そんなあどけなさが垣間見える表情も可愛くて好きなのだけれども。

事のきっかけは何となく夕食後に手慰みで始めたゲーム勝負だった。
ただのゲームじゃつまらないから、10回勝負で勝った方が負けた方のいうことを聞くというルールを設けたのは童磨からだった。
こうした勝負事は軽いリスクがあればより楽しめるし、何より猗窩座は好戦的な部分がある。
そんな猗窩座と真っ向から真剣勝負をするのが目的だったので、自分が勝った時のことはあんまり考えてはおらず、勝ったら勝ったで美味しい物でもおごってもらおうかな位の気持ちだった。
決して手を抜いたとかそういうことではない。
なので猗窩座が勝利した際も悔しいとかそういう気持ちはわかなかったし、むしろどんなお願い事をしてくれるのかとワクワクして待ちわびているのも確かだった。
そんな童磨の顔を見ながら猗窩座もまたニッコリと笑いかけ、勝者の命令を彼に下した。



「俺のことを呼び捨てにしてみろ」
と。



今更ながらの罰ゲーム

一瞬、え、そんなことでいいの?と呆気にとられたが、この命令が実は非常に難しいミッションであることに童磨が気づかされたのは冒頭のとおりである。 昔は目下の者から目上の者に使われていた敬称だったが、昨今では事情がガラリと変わったため、これを機に改めるのもいいのかもしれない。 だが、百数十年もの間、ずっと”猗窩座殿”呼びをしていたのだ。すっかり”猗窩座殿”までが猗窩座を示す名前であると脳が認識してしまっているのか、呼び捨てにするのはなんだか非常に気まずい…というよりも気恥ずかしいのだ。 「あ…、か、ざどの!」 「やり直し」 「ううぅ…あか、ざ…殿!」 「全然ダメだな」 「ううううううう」 正直もう勘弁してほしい。白橡の髪を持つ頭を抱えながら童磨は俯く。そもそも何で急にそんなことを言い出したのだろう。 「…ねぇ、あか、ざ…殿!」 「今のは特別に貸しにしておく。なんだ?」 「俺に、猗窩座殿って呼ばれるの、嫌だった?」 「は?」 何の脈絡もなく尋ねられた猗窩座はポカンとした表情を見せる。 「待て待て待て待て待て待てなんでそんな話になるんだ?」 「だって、昔と今じゃ”殿”っていう敬称は真逆の意味を持つじゃないか」 だから…と口ごもる童磨に、何だってこいつは時々一周回って馬鹿になるんだと今度は猗窩座が頭を抱える番だった。 「そんな小難しいことではなくてだな、その…、」 ブーゲンビリア色の短髪をガシガシと?きながら、頬を赤く染めて猗窩座は罰ゲームの意図を白状する羽目になる。 「単純にお前に名前で呼んでほしかっただけなんだ」 「え、」 虹色の瞳をまん丸にしてこちらを見つめてくる童磨に、半ばやけになって真意を話す。 「猗窩座殿呼びが嫌だとかそういうのじゃなくて! こ、恋人なんだから名前を呼び捨てにしてほしいと感じるのは、当然のことだろう…」 笑うなら笑えとぷい、とそっぽを向く猗窩座にポカンとした童磨だが、やがてじわじわと胸の中に温かいものが広がってくる。 何だ、猗窩座殿も気恥ずかしかったんだなぁ。 罰ゲームにかこつけてでもなければ、こんなこと確かに言い出せないし、気づきもしなかった。 不思議だなぁ、名前の呼び方一つでこんなにも気恥ずかしくなったり照れてしまうなんて。 ──…でも、幸せだなぁ。 「あ、かざ…っ」 「っ」 ホワホワした気持ちに後押しされるようにかろうじて敬称を飲み込めた童磨がそっと両腕を伸ばして、そっぽを向いた猗窩座の頬に触れ、そのまま肩口に抱き寄せた。 「ごめん、ちょっとこのままでいさせて」 今、どうあがいても見せられないほど顔が真っ赤であるのを自覚している童磨の言葉を肯定するように、猗窩座もまた同じように顔を赤くしながら背中にぎゅっと両腕を回す。 「…仕方がないから妥協してやる」 「うん、ありがとう。あか、ざ…っ」 「…もう一回」 「うぅ…、あかざ、っ」 「……ワンモアプリーズ」 「えぇ…、あかざ……っ」 どうにか名前を呼び捨てにさせることには成功したが、どうしても続きそうになる敬称を飲み込む様子が何とも言えず可愛くて仕方がないという意味を込めて、猗窩座は童磨の肩口にマーキングをするように額をこすりつけた。 「ねぇ」 「何だ?」 「ずっとこの呼び方のほうがいいのかな?」 童磨の問いに猗窩座は一瞬黙り込んだ後、今度は否定の意味でフルフルと首を横に振る。 「たまに、でいい。俺もその…身が持たない、から」 「はは、そうかぁ」 その代わり今日一日はぎこちないその呼び方を堪能しようと心を固めた猗窩座が、恋人の顔をしっかり固定して俺の目を見て呼んでみろと命じるも、たちまち敬称付きの呼び方に逆戻りしてしまうのはそれからすぐのことだった。


どまさんの猗窩座殿呼びは、猗窩童推しからすればめちゃくちゃ妄想が広がるスパイスですよね!
序列が上になったとはいえ、かつての先輩だった座殿に敬意を払っているところとか本当どまさん基本は礼儀正しいんだと思います。
座殿からすれば、猗窩座殿呼びはすっかり馴染んでいるので呼び方を変えさせようとは思わないと考えますが、やっぱり恋人になったなら猗窩座と呼んでほしいよなぁという妄想が爆発しましたw
この二人、座殿がしがらみを解くか解かないかで距離感が180度変わるのも美味しいところですよね(^q^)




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