ドライヤー大攻防
「ぜーーーったいダメ!」
「お願いだ、先っぽ! 先っぽだけでいいから」
「いーやーでーすー!!」
とっぷりと夜も更けたある日の風呂上がり時。
ぐぎぎぎ、ぎぎぎぎという音を軋ませながら、猗窩座と童磨は向かい合い、互いに譲れない戦いに身を投じている真っ最中だった。
何やら必死な形相で、色んな意味で誤解されそうな台詞を吐いている猗窩座の手には、主に童磨が使うドライヤーが握られている。
対する童磨は、そんな恋人にのしかかられどうにかしてその魔手…正確に言えばドライヤー…から逃れようと、彼にしては珍しい拒絶の態度と言葉を吐きながらこちらも必死になって逃れようとしていた。
事の発端は先日出かけた先で発覚した童磨の意外なウィークポイントだった。
たまたま飛んできた枯葉が童磨の髪にひっかかり、猗窩座がそれを取ってやったのだが、背が高いのと”昔”も今も頭を撫でられ慣れていない童磨が初めての経験で思いっきり顔を赤くしてしまい、それ以来なにかと猗窩座は彼の頭を撫でようとするのだ。
”昔”は血を被った跡があった頭頂部を、慈しむように優しく指先で触れられるだけで過敏に反応してしまう。
断っておくが決して嫌なわけではない。むしろ大好きな猗窩座が触れてくるのだから嬉しさしかない。
だが如何せん百年以上生きてきて、経験のなかったことなのでなかなか慣れないだけなのだ。
だから童磨としては、少しずつ、少しずつ、猗窩座が与えてくれる新たな愛情を享受していきたかった。それこそ”昔”から賢いと自負していた彼は、様々なことをアウトプットして自分の中に落とし込むのを繰り返してきたのだから、今回もそうしようと密かに決めていた。
だが猗窩座としては、もっと恋人の頭に触れ、初めて見るその表情を堪能したいという考えだった。
そこで合法的に童磨の頭を撫でられるようにと、毎晩ドライヤーをかけることを提案したのだが、さすがにあからさま過ぎて却下されてしまった。
だがここで引き下がるのは男が廃ると言わんばかりにドライヤー片手に押しまくっても、断固拒否の姿勢を取られる。
なら妥協案として後ろ髪の先っぽだけでもいいから乾かさせろ、むしろ触らせろとさらに詰め寄ったところ、珍しく本気で涙目になりながら拒否され、冒頭のやり取りに至るというわけである。
「ど、どうしてもダメか…?」
ゼーゼーハーハーと息を吐き、少し冷静になった猗窩座が狼狽えた顔でそう訊ねる。
そんな顔を見つめて思わず童磨の心がきゅんっとなってしまったが、それとこれとは話が別だ。
「う、ん…、ダメなんだ…」
垂れた眉をさらに下げて、うっすらと水膜の張る虹色の瞳が痛々しい。そんな童磨の表情を見て、ここは自分の我を押し通すところではないと猗窩座は瞬時に理解する。
「…わかった。あいすまん」
その頭を撫でまわしてその表情を堪能したいのは確かに事実だが、それはある意味で初心な恋人に無理を強いてまで行うべきじゃない。今度こそ、”昔”の分まで童磨を大切にするのだと固く心に決めたのだ。
「…ごめんね、猗窩座殿…」
「馬鹿、謝るな…」
しゅん、とうなだれてしまった童磨の身体を正面からぽす、と抱き留めて緩やかに背中をさする。至近距離から漂ってくるどことなく芳しく甘い童磨の匂いがシャンプーの香りと交じり合って猗窩座の鼻腔をくすぐった。
そんな優しく温かな手に触れられながら童磨は、自分よりも少しだけ華奢な身体をこちらからもぎゅっと抱きしめ返す。
「あの、ね…猗窩座殿…」
「ん?」
お互いの身体から伝わる温かさを堪能している最中に童磨がそっと口を開く。
自分たちはもう、どちらかが一方的に手を上げ続ける関係でも話し続ける関係でもない。
だからちゃんと話そうと、童磨は決意して言葉を紡いでいく。
「俺、猗窩座殿に撫でられるの嫌じゃないんだよ…?」
「ああ、それは分かってる」
よしよしと言わんばかりに猗窩座の手が肩をポンポンとあやすように叩けば、ホワホワして温かい気持ちが童磨の中に広がっていく。
「…ちょっとね、まだ、頭を撫でられることに、慣れていないんだ…」
「…そうか…」
肩を叩いていた手が少し動いて、”昔”より短くなった後髪に触れられると、思わず引くりと身体が跳ね上がる。
「これは平気だよな?」
「ん、大丈夫…」
「じゃ、ここはどうだ?」
「ん……っ」
くしけずるように動いていた手が後頭部にそっと移動し、柔らかく撫でられる。
「ここ、も…ちょっと、…は、ずかしいかも…」
「そうか」
正直に気持ちを吐露すれば嬉しそうな声で答えてくれる猗窩座に、また一つ、童磨の心にふわりと大好きだという気持ちが羽のように降り積もる。
「焦る必要はない。確かに”あの頃”に比べて時間は有限だが、俺はずっとお前と一緒にいるのだから」
「う、ん……っ」
穏やかにそう言ってくれる猗窩座の言葉と優しい声が嬉しくて、もう一つ、泣きそうになるくらい優しい気持ちが童磨の心に降りてくる。
「…大好きだぜ、猗窩座殿…」
「俺も、お前を愛している…童磨…」
そっと顔を見合わせて同時にニコリと笑えば、そっと啄むような口づけを交わす。
好きだから、もっと触ってほしい。
有限の時間だからこそ、少しでも猗窩座殿に触れていたい────…。
恥ずかしさも、ダメになるかもしれないという恐れも、きっと猗窩座殿が触れてくれるから。
だったら他でもない猗窩座殿に、少しずつでいいから取り払ってもらいたい。
そんな気持ちが、ほろほろ、ほろほろと静かに童磨の中に湧き上がってくる。
「だからね、猗窩座殿…」
「ん?」
「…毎日、は、無理だけど…、えっと…、週1回から…お願いしてもいい?」
「え」
「その、…ドライヤー係…」
「っ!」
ダメかな?と小首をかしげて伺いを立てる童磨の表情とその健気さに、猗窩座は矢も盾もたまらずにぎゅううっと抱き着いて、もちろんだともとすぐさま了承する。
そんな恋人の喜びように若干驚きはするものの、やっぱり自分はそんな猗窩座が好きなんだなぁという想いを改めて反芻しながら、童磨もまた彼の洗いたてのブーゲンビリアの髪にそっと唇を落としたのだった。
猗窩座視点 童磨視点
このツイートを見た+フォロワーさんとのやり取りから思い浮かんだ猗窩童。
頭なでなでされて照れまくるどまちゃんと、そんなどまさんが可愛くて愛しくて仕方がない座殿の妄想が滾って、頭がパーンってなりましたw
ちなみにフォロワーさんからイラストを描いてもらったのですが、pixivの方にそちらを表紙に使わせてもらっております♪
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