「頼田ってさぁ、氷雨にどういう風に可愛がられているんだ?」
帰りのHRと掃除も終わり愛しの童磨を迎えに行こうとする俺を、何かにつけて絡んでくるクラスメイト3人ほどに絡まれた。仲良くもなく深い話もしない、ただ流行りの話題に乗っかかりたいだけの有象無象にしか過ぎない存在だが、クラスに一人くらいは仲のいい奴がいなければ何かと不便なので当り障りのない付き合いをしている連中だ。
そんな奴らに俺の童磨のことを話題に出されるのは些か…いやかなり不愉快ではあったが、ここで変に突っぱねて童磨に不利益を被らせることは避けたいため、俺は適当に話を合わせてあしらうことにした。
『そういう手合いとまともに話しているとこっちの神経が削られるからね』とは童磨の言である。”昔”取った杵柄ともいうべきか、あいつはクラスカウンセラーのような役割を担っているのだと誰かが話していた。
それを確かめるべく童磨に尋ねたところ、まあそういうことになるのかなぁとアハハと笑って答えていた。お前はまたそんなどうでもいい愚痴を一身に引き受けているのかと吐き捨てながら顔を歪めた俺を見て、あいつは苦笑しながら先述した言葉を俺に伝えたのだ。
『薄いとはいえ”昔”に比べると俺にもそれなりに感情はあるからね。心身ともに傾けて聞いていると疲れてしまうから、気持ちはフラットにして聞くのが大事だなぁって思うようになったよ』
『だから猗窩座殿もあまり感情移入しない方が良いよ。ただでさえあなたは情に厚いところがあるのだから』と、どこまでも俺のことを思いやってくれる童磨をたまらずに抱きしめたのは記憶に新しい。
「おい無視すんなって!」
っと、いかんいかん。童磨のことを考えていたら取るに足らないこいつらのことはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
えーっと何だったか? 俺が童磨にどのように可愛がられているかという話か。
「…可愛がられているというのはどういう意味でだ?」
答えようとしたが質問の意図がよくわからなくて逆に質問で返す。だって普通に意味が分からん。確かにあいつは俺の髪をわしゃわしゃと撫でまわすが、別にそれは可愛がりでもなんでもなくて単なるスキンシップだろう。『猗窩座殿は可愛いな』なんて言ってきたからお前の方が26億倍可愛いと返せば、『えーっ!?猗窩座殿の方がその33億倍可愛いよ!』とヒートアップした結果収拾がつかなくなってしまい、気が付けばその日に見に行くはずだった映画の上映時間が過ぎてしまって以来、俺たちの間では”可愛い”は暗黙の了解で禁句になっている。
しかしその分恋人としてのスキンシップは欠かすことはない。頭を撫でられれば撫で返し、ぎゅっと抱きしめられればあいつの胸の中に顔を埋めて思いっきり腰を抱き寄せる。
それを可愛がられているというならば確かにそうだが、俺もその分あいつを可愛がっている。そう正直に言えばクラスメイトAがニヤニヤと虫の好かないツラで詰め寄ってきた。
「は? いやいや、そういうのいいから」
「何がそういうのなんだ?」
一体何なんだ鬱陶しい。
こんな問答している暇があったらさっさと童磨のところへ向かいたいのだ。要領を得ない質問に時間を割いているほど俺は暇じゃない。
「ハッキリ言え。お前らは何が言いたい?」
「えぇえ?ここではっきり言っちゃっていいのぉ?」
おちょくるようなBの言葉にビキリと血管が額に浮き上がりそうになる。
こいつらのアホ面にフルスイングで椅子か机をめり込ませてやりたい衝動に駆られるが、それは流石にどうかと思うので耐える。
「これ以上要領を得ない質問で時間を食い潰すれるよりはマシだ」
だからさっさと言えと先を促した俺に、Cがニチャァとした笑みを浮かべながら言い放った。
「だぁから! 氷雨君にどういう風にエッチされてるのかって聞いてるのよ俺らは」
「は?」
「そうそう、顔はあっちの方が綺麗だけど身長はお前の方が低いだろぉ? 体格差もあるしお前がどんなふうに啼かされてるのか俺ら興味津々でさあ」
「それにあいつ、なんかやばそうな趣味持ってそうな顔だしさぁ」
ギャハハギャハハと汚く笑うこいつらに俺は本気で宇宙に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
…何を言っているのだこいつらは?
俺が? 童磨に?? 組み敷かれて?? 啼かされる??? は??????
というか俺たちはまだそういう段階に行こうとすら思っていないのだが。
確かに童磨の心だけではなくて身も貰い受けたいとは思うが、今はお互いにお互いを知り、想いを育むところから始めているのだ。それは俺と童磨の”昔”に端を発するのだが、こいつらに伝える義理も無ければ義務もない。
更に言えば童磨には告白してOKをもらった時に、俺が彼を抱きたいのだと伝えている。
そしてそれは童磨も納得はしているし、いずれ互いの心の準備が出来たら自然に任せて結ばれ合いたいとも話した。
そんなことすらわからないのかこいつらは…と哀れに思ったのも束の間、先ほど聞き捨てならない台詞を吐いていたことに思い当たり、ざわり、と胸の内に不快感が湧き上がってくる。
「あれー?w頼田怒っちゃった??」
「悪ィ悪ィw流石に込み入った話過ぎたわww」
「でも無言ってことは相当氷雨にやばいことされて悦んで」
「黙れ」
自分でもわかるほど地の這うほどに低い声を発した瞬間、のままCの口を勢いよく片手で塞ぎにかかる。
「ふぐぅっ」
煮えたぎるぐつぐつとした怒りに任せながら、俺はアイアンクローの要領でCの口を締め上げていく。
「お前、先ほど何と言った?」
「むぐぅ、ふぐうううう」
「俺の童磨の何を知ってそんな風な口を叩けた?」
「ぶぐうううううっ」
「いいから答えろ…答えられるものならな」
「っ、頼田! よせっておい!」
「俺らが悪かったって! ほんの冗談じゃねえか!」
先ほどとは打って変わってAとBが俺に締め上げているCに助け舟を出す。一応こいつ等にも辛うじて仲間意識があったのだな。そこは感心する。だが。
「冗談…? 俺と童磨の仲を下世話な妄想で囃し立た挙句、心から愛しく思う大事な存在をいわれのない最底辺の下種野郎にされて怒らない人間がいるとでも思っているのか…?」
そのままCの顎骨を砕いてやろうかと、怒りに任せて手に力を籠めようとしたその刹那。
「猗窩座殿、お待たせ♡」
背後から聞こえてきた耳障りの良い俺とあまり高さの変わらない声と共に、ふわりと柔らかく抱擁される。
「…童磨…」
「もぅ、俺との約束の時間はとっくに過ぎているんだけど?」
ハッとして腕時計を見ると確かに童磨の教室に迎えに行く時間はとっくに過ぎていた。
今日は件の見損ねてしまった映画を今度こそ見に行く日だった。学割が効くのとポップコーンペアセットのクーポンの締め切りが明日までなので、今日を逃せばチャンスはもうない。
「すまない童磨! 俺としたことが!!」
「いいよいいよ、友人づきあいも大事だからねー」
そう言いながら後ろから腕を解かれたのと同時、俺はさっさとCから手を離し、カバンを持ち直して童磨の手をぎゅっと繋ぐ。
「遅れたわびにポップコーンペアセットは俺が出す」
「いいよいいよ、間に合いそうだし」
「だが…」
「俺は猗窩座殿と一緒にお出かけできるだけで嬉しいんだ」
カラカラと笑いながらも俺の手をぎゅっと繋ぎ返してくれる童磨に改めて愛しさがこみ上げてくる。絶妙なタイミングで俺の頭を冷やしてくれたばかりか、こんな健気なことを本心から告げてくる恋人が、お前らが言うやばい奴な訳があるか。
「じゃあね♪ ばいばーい」
そう言いながらABCにも手を振り律儀に挨拶をする童磨をこれ以上下賤な奴らの目に晒したくなくて、俺は童磨の手を握ったまま少し強引に歩を進めて教室を後にした。
その翌日、あの短時間のやり取りで童磨の人となりをすっかり理解したどころか骨抜きになったらしい
ABCがくるりと掌を返し「どんなふうにお前氷雨さんを啼かせているんだようらやまけしからん」とか懲りずに宣いやがったので、トリプルラリアットを根性でぶちかましたが、昨日のやり取りを見ていた生徒たちの口添えもあり、特に咎められはしなかった。
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コソコソ話
基本モブにも人権を派な私ですが、この手のモブを書く際は徹底的に思考回路馬鹿人間をモチーフにして、ドロドロに感情を煮詰めて書いてますw
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