場外市場にて
「猗窩座殿、こっちこっち!」
真っ青な空の下、北の大地の政令指定都市の西に位置する観光名所の一つである様々な味の幸が取り揃う場外市場に童磨と猗窩座は来ていた。
「すごいなぁ…!美味しそうな食材が置いてあるお店がこんなにあるなんて…!」
キラキラと虹色の瞳を輝かせながら、他の観光客でごった返している軒を連ねる店へと駆けていく童磨の後を猗窩座はやれやれと息を吐きつつ追っていく。
前世は人ならざるものとして生き、その生涯を終えた二人。猗窩座が一方的に童磨を嫌い抜いていたが、地獄へ堕ちたそのときに猗窩座が童磨に抱いていた呪いにも似た想いの正体を知り、二人は歩み寄ることが出来た。
そうして生まれ変わった今生で再会を果たした彼らは気心の知れた恋人同士となり、この夏、猗窩座の夏休みに合わせて北海道旅行に繰り出しているというわけである。
童磨が何故これほどまでにテンションが高いのか。それは彼が食材にこだわるタイプだからに他ならない。
今はもちろん食人衝動などないが、鬼の頃、童磨は栄養価が高いという理由で女を好んで食べていた。
対する猗窩座は、今は双子の兄として転生している狛治の記憶ゆえに女はどうしても食えなかった上、手にかけることすら出来なかった。
童磨に対してある“予感”をしていてもどうすることも出来ず、ひたすら虫酸の走る思いをしていた自分にして見れば、その艶麗な美貌も相まって女ばかりを食うということにも腹が立って仕方がなかった。
しかしそれはあくまでも先述したとおり、栄養価が高いからであり、それ以上の理由など無い。人間だって、健康であり続けるためには栄養価が高い物を食べるのは当然のことである。
そんな理由と過去もあり、今生の童磨はとにかく食材にこだわり、なおかつその素材をいかした料理をするのが趣味なのである。しかもそのどれもが抜群に美味しい。
店を開けるレベルと言うものではなく、衆人向けの味なのだろうが、心を奪われた猗窩座の胃袋を鷲掴むには充分すぎるものなのである。
ただ一つ、問題があるとすれば…。
「おい」
「んー、こっちの方が実が詰まっているかなー?でもこっちも捨てがたいし…」
「両方買ったらどうだ?」
「猗窩座殿ってば! こんな良い食材を俺が独り占めする男だと思うのかい!? 同じ食材を求めている人に対してそんな可哀想なことする筈無いじゃないか!」
食材が絡むと一気にIQが低下し、会話が儘ならなくなるのだ。しかも、食材>>猗窩座という図式になるため、普段の想いの深さはどこへやら、対応がおざなりになるのである。
…まあ、これも今だからこそ見られる彼の姿だと思えば眼福ではあるが、そもそもそんなに忍耐強さはない猗窩座である。
ようやく買い物を終えたと思ったのもつかの間、今度は旬の果物に目が行く童磨に、今生では彼にべた甘になりがちな猗窩座もさすがに苛立ちが募ってきた。
「おい、いい加減に」
俺を放置するな構えとは流石に言えない猗窩座はンン゛っと咳ばらいをし、童磨の腕を引っ張るためにその手を伸ばす。だがその時、童磨の口からは聞き捨てならない一言が飛び出した。
「猗窩座殿の貧相な身体に栄養を行き渡らせるためだものな! まだまだ周るよ~♪」
カチンという音が耳の奥のもっと奥から聞こえてきたような気がした。
そう、感情というものをそれなりに備えて生まれてきた童磨だが、それと同時に興味のあることに夢中になった際、視野が狭くなりうっかり発言をするという癖も持って生まれてきた。
人間味が出てきたと言えばそれまでだが、体格について秘かにコンプレックスを持っている猗窩座からすればその一言はまさに虎の尾も同然である。
無言のまま猗窩座は果物を手に取っている童磨の腕をつかみ無理やりにこちらを振り向かせた。何だい何だい? どうしたんだい猗窩座殿と、自分の失言に気が付いていない童磨のきょとんとした顔を見ると、握りしめていた拳とともに毒気が抜けていくのが分かる。
鬼の頃は確信犯的な部分もあって煽ってきていたが、今の言葉は完全に悪気が一切ない類のものだということを瞬時に判断した。だからこそ猗窩座は、ささやかな意趣返しを仕掛けるためわざとにニィと笑い、メロンと桃を手に持っている童磨に密着し口を開いた。
「その貧相な身体の男に毎回ヒィヒィ言わされてる無駄に胸がでかい男は誰だ?」
その瞬間、以前訪れた遊園地と同じように漫画の集中線の如くの視線が二人に注がれる。
ちなみに二人と至近距離にいたこの果物屋の店長に至っては、一言一句二人の会話を聞いて被弾してしまったため、愛想笑いのまま氷像のように凍り付いてしまっていた。
「うん、俺だなぁ♪」
更なる爆弾がにこやかに投下された場外市場はちょっとした凍れる時の秘法が発動したかの如く喧騒が止む。
「もっともっと頑張ってもらえるように愛情込めて料理するからな♪ 楽しみにしていてくれよ!」
「ほぅ? 言ったな? なら今後一週間は腹をくくってもらうぞ?」
そして更なるナパーム弾を追撃と言わんばかりに投げ散らかした当の本人たちはこの惨状にもちろん気付いているはずもなく。
「おーいおじさーん。お勘定お願いー」
メロンと桃を手に取り勘定を頼もうとするも身じろぎ一つしない店長を、どうしたんだろ?という疑問符を浮かべた童磨は首をかしげながらつつき回していた。
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