昔の自分をどう思っていたか知りたかっただけの童磨さんの話


「あのさ…」
正面に向き合ったまま激しく抱き合った後のベッドに沈むひと時。
俺は背中に付けてしまった傷をそっと撫ぜながら、俺の髪を撫でてくる猗窩座殿にふと気になったことを尋ねてみる。
「何だ?」
「昔の俺って、あなたにとってどんなふうに見えていたの?」
その瞬間、ぴたりと髪を撫ぜる動きが止まり、険しい表情になる。
あ、これ、もしかしなくても地雷かな?
無意識のうちに俺の身は硬くなってしまった。

人間に生まれ変わって、憧れていた感情を手に入れたけど、それでも人よりはどこか薄かった。あいつは空気が読めないだのなんだのと陰口を叩かれて居ても、空気は読むものではなく吸うものだとしか俺は思えなかった。
人より好奇心旺盛で、気になってしまうことは聞きたいし調べたい。人間っていうのはそんな探求心から新たな物事を生み出したり発見するものじゃないのかな。
教祖よ神の子よと傅かれていた頃とは違い、今世の俺はただ単に顔のいい一般人だったから、ヘンに目立って攻撃の対象になることはしょっちゅうだった。でも決して泣き寝入りはせず、証拠を押さえてちょっかいを出してきた相手には全員法的制裁を受けさせた。
こんな調子だから恋人はできても長続きはしなく、あの頃と同じような恋愛ごっこに耽っていた頃に、猗窩座殿と再会した。
開口一番に土下座せんばかりの勢いで謝り倒され、周囲の人には何事かとチラチラ見られていたのが今では懐かしい。そもそも俺が記憶を持っていなかったらどうするつもりだったのかという話ではあるが、それはあり得ないことだった。

何故なら俺たちは鬼の生を終えて、一度地獄で会っている。

猗窩座殿は前身の”狛治”殿と分かたれ、猗窩座殿として俺を待っていたと言っていた。
そして俺に尋ねたんだ。お前はどうやって死んだのかと。
だから正直に答えたよ。蟲柱の女の子の”毒”にやられたって。
その後、猗窩座殿はボロボロと涙をこぼしながら首だけになった俺を抱き寄せて、ただただ泣きじゃくっていたというのが地獄での記憶。
それを鮮明に思い出した後、俺は猗窩座殿の顔を上げさせ、そして謝罪した。
どんなに正論を言っても物の言い方というものがあるだろうと何度も繰り返し今生で言われてきた言葉により、どれだけあの頃の俺が無神経な発言を繰り返していたかようやく分かったから。
その俺の謝罪にお前は何も悪くはないと、猗窩座殿はまた泣きながら今度は俺に抱き着いてきた。

そうしてその後も色々あったけど、今はこうして一緒にいる。
たまに衝突はするけれど、あの頃とは違って話し合える余裕がお互いにあるから、物騒なことにはならない。
だから今、ずっと気になっていたことを尋ねてみたんだけど、猗窩座殿の反応を見るにああ失敗したなと思った。
俺を見る目や触れる手、愛撫する指先はとても優しい。でも時々どうしようもなく苦し気にこちらを見て、触れてくる。そう、今この時も。
だからそれを断ち切るきっかけになるんじゃないかっていう気持ちもあったのに、結果はこれだ。
どうして俺は彼に対していつもこうなのかな?
仲良くなりたいっていう気持ちは、表現方法は間違えていたけれど純粋なものだったのに。今もその気持ちは変わらないのにな。
流石にあのころと違って鬼じゃないから、顔面を砕かれるなんてことはないと思うけど、それでも頬に衝撃が走る位は覚悟しないとなぁなんて思いながら、ぎゅっと身をこわばらせるも、しばらく経っても何も起こらない。
「…猗窩座殿?」
「…嫌な、予感が…」
髪を撫ぜていた手がゆっくりと俺の頬に降りてきてそっと触れられる。
「…いつも止まらなかったんだ…」
そのまま俺の肩口に顔を埋めてしまい、か細く小さな声で独白は続けられる。
「…”狛治”としての記憶で嫌というほどに刻み込まれた、横隔膜が痙攣して、吐きそうな気持が…、お前を前にするたび…止まらなかった」
「…そっか…そうだったんだ」
ならしょうがないよね。どんなに俺が仲良くしたいと思っていても、俺を前にするだけで吐き気がして嫌な予感が止まらないならそれは生理的に無理だったってことなんだから。
それにそういった人間がそばにいると非常に不愉快な気分になるのは、俺自身も経験していたから。
「…軽蔑、してくれ」
「どうして? 猗窩座殿は何も悪くないよ」
本心からそう思ったことを口にすれば、横向きに向かい合わせになっていた身体がひっくり返された。
少し驚いて上を見ると、豊かなまつ毛に縁どられた向日葵色の瞳を雨のような涙で濡らす猗窩座殿がいる。
「俺はッ!俺を気にかけてくれる強い奴が俺を置いて逝くのに耐えられなかった弱者だ!!ずっと予感していたのに…っ! 恋雪さんや師範が”毒殺”された予感をっ! お前にも感じていたのに俺は、俺は…っ!!」
ぼたぼたという音を立てるかの如く涙雨が俺の顔に滴り落ちてくる。唇にまで伝い落ちてくるそれは、塩辛さの中に苦みが混じっているような気がした。
「猗窩座殿…」
何でそんな風に泣くの?
だってそれは仕方がないことじゃないか。
こうして心情を吐露できるのは今だからこそであって、あの頃のあなたにはどうしようもなかったことじゃないか。
「猗窩座殿、あかざどの…、俺は気にしていない、軽蔑なんか絶対しない。だから…、お願いだから泣かないで」
俺はあなたにそんな顔させたかったわけでも、苦しませたかったわけでもない。
「謝る、な…!お前は何も悪くない、俺は、俺が、お前を…!」
俺は悲痛に謝り続けて泣きじゃくる猗窩座殿を抱き寄せることしかできない。


いつかの閨の後、昔の男の話をするのは野暮だと言われたけれど、本当にその通りだった。



BGM:シモンのパパ(雛罠)/蛍火(Dir en grey)

好奇心が強い童磨だから、きっと記憶があって転生したら聞いていたと思う。
そこには何の他意も咎めもなく、純粋にどう思っていたかを知りたかっただけで。
でも猗窩座にとっては痛みを伴う箇所でもあり、ふとした瞬間にもっと早く気づいていればという罪悪感に駆られてしまう。
という初期の頃の話です。

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