『猗窩座殿、お待たせ』 『やあやあ猗窩座殿』 『それでね、猗窩座殿』 『猗窩座殿』 『猗窩座殿』 そう名前を呼ばれるたび、俺は例えようもない不快感と虫唾が走っていた。 やめろ、お前が俺の名前を呼ぶな。 何故何度、忌々しい声を吐き出す唇を中心に頭を吹き飛ばしてもお前は俺に絡んでくる。 『酷いなぁ、猗窩座殿』 欠片もそんなこと思っていないくせに、そんな風に笑うな。 『俺は猗窩座殿と仲良くしたいんだ』 うるさい、俺はお前などと馴れ合うつもりはない。 『ねえ、猗窩座殿』 馬鹿の一つ覚えのようになぜお前は俺の名を呼ぶ。 そんな風に親し気に。 止めろ、呼ぶな。 これ以上俺の名前を呼ぶな。 だってお前もどうせ、××や××のように────…。 「猗窩座殿!」 「あ…」 目を覚ませばそこには心配そうな表情でこちらを覗き込む童磨の顔があった。背中から伝わるのは、毎冬必需品であるお値段以上の店の目玉商品である敷きパッドとスプリングと、むちりとしつつも程好い固さのある童磨の膝だった。 「うなされていたよ。大丈夫かい?」 「あ、ああ…」 本気で心配そうな顔をする童磨を見て、ふと違和感を覚える。 ────…何だろう。 何かが、足りない。 「ねえ、あ…っ! 疲れているなら、今日はお出かけ止めておうちデートにする?」 「?」 「それとも何もしないでゴロゴロしてもいいよね。あ…っ!」 あ…? あ。 「なあ童磨」 「な、に?」 唇が、俺の名前を象ろうとして躊躇ったのを見て確信した。 先ほどまで見ていた夢。 うなされているところを起こしてくれた童磨にはきっと聞かれてしまっている。 「…名前、呼んでいいからな?」 かつてはそうだったのは否定しないが、今は微塵もそんなことを思っていないことを心から伝える。 そう言うと童磨は本当に?と小さく聞き返してくる。 たまらなくなった俺は身体を起こして、ぎゅっと童磨に抱き着いた。 〝昔〟の俺は終ぞ認めることのできなかった弱さ。 それゆえに、童磨から示される好意を遠ざけて、親交の情に唾を吐きかけて。 「いいの? 俺、あなたの名前を呼んで…」 そんな風に躊躇わせてしまうほど、俺はお前に理不尽なことばかりをしてきた。 なのにお前は俺の名前を呼びたいと、律儀に健気に問うから。 「っ、いいに決まっている…! むしろ呼んでくれ。たくさん…、俺が〝昔〟に切り捨ててしまった分まで」 「猗窩座殿…」 たちまちのうちに嬉しそうな声になる。 「ああ…」 馬鹿だな。 そんなことで嬉しそうにするな。 「猗窩座殿…」 「もっと…」 「猗窩座殿…、大好き」 「…知っている…俺もだ、童磨」 「…あかざ、どの…」 ぎゅう、と俺の肩に童磨の両腕が回される。〝昔〟、右肩に回された記憶の中の腕よりも少し華奢でそれでいて温かい。 「お前は…飽きもせずにいつも俺の名前を呼んでくれるな…」 肩口に顔を埋めて微笑みながらそう言えば、そんなに呼んでいるかなぁ、なんて苦く笑いながら言ってくるので負けじと俺も耳に唇を寄せた。 「童磨…」 「ひぁ…」 「童磨…」 「ちょ、そこで呼ぶのは…っ」 「愛している、童磨…」 「んっ…!」 「…どうま…」 徐々に耳が熱くなってきた童磨の顔を見たくて俺は体制を入れ替える。 俺の下で薄い赤に色づいた整った顔。少しだけ恥ずかしそうに揺れる潤んだオパールの瞳。ぷるりとした唇は小さくあかざどの…と、俺の名前をまた呼んだ。 また一つ、俺のことを好きだと暗に訴えてくる童磨。 〝昔〟の分も含めた好意を今生では恐らく返しきれないがそれもまたいい。 その時はまた来世で利子を付けて返せばいいと速攻で結論付けた俺は、まずは確実に一つ好意を返すために童磨の名前を呼びながら、そっと唇を重ね合わせた。 元ネタ こちらもツイッターからネタが思い浮かびました。 鬼時代、感情が薄かったどまさんは座殿の名前を呼ぶことで好意が募っていくことを期待していたのではないかなという妄想から。 彼はそれでも何も感じなかったのかもしれませんが、少なからず座殿に対しては好意を抱きたいと思っていたくらいには好感度は高かったのは原作からでも見て取れますね。 そしてそんな童磨の好意を百年と今生を合わせてドカンと受け止めるのを心に決めている座殿の組み合わせが大好きです♪ |