がこんとそれなりに力を入れてカボチャを半分に切って、角切りにしていく。色々なレシピが頭に浮かんでくる。そぼろ餡掛けにしようかなぁ?天ぷらも捨てがたいから薄切りのものも作っていこう。 そんな風に考えていると、ガスコンロにかけていた鍋が沸騰するのが分かる。いけないいけない!こっちも味見しないと!! 脳はマルチタスクに対応していないので少しでも時間を短縮しようとして直接お玉に出来上がったビーフシチューを入れて味見をしようと口元に持っていくと思いの外熱くて顔をしかめてしまった。あちち、でも味は中々いい感じだな。 その他にも大根をおろしたり鮭をスライスして酢漬けにしたり、色んな料理をタッパーに詰め込んでは大型の冷蔵庫に入れていく。時計をちらりと見るとそろそろ猗窩座殿が帰ってくると言っていた時間に差し掛かっていた。 一緒に住もうと持ち掛けたのは猗窩座殿が大学に入学したタイミングでだ。今生では俺の方が少し早いタイミングで生まれていて大学も卒業していたし、自分にあった働き方を見つけてきちんと生計を立てていた。ちなみに別に怪しいことなんかしなくたって知識さえあればこの世の中は十分に生きていけるお金を稼げる仕組みになっている。お金は汗水たらして稼ぐものであるという考えはまあまあ理解できるけど、貴重な時間や自分自身の気持ちをどぶに捨ててまで執着するものではないというのは、〝昔〟の記憶と今の知識を掛けわせて導き出された答えだ。だから別に猗窩座殿が転がり込んできても十分に支えられるほどに蓄えはあるし稼げる仕組みも作れるように自分の設定を更新すればいいだけの話だが、根が真面目な猗窩座殿は当然渋りに渋った。 でもそれは〝昔〟によく見せていた嫌悪感を隠さない表情ではない。地獄に堕ちたとき『俺とお前は親友なんだろう』と言ってくれた言葉の通り、彼は生まれ変わって年の差があっても親友として一緒に俺のそばにいてくれて、いつしか恋人同士になっていた。恋人だから一緒にいたいと思うのも当然だという気持ちも猗窩座殿から教えてもらったんだ。だったら大学生になったタイミングで同棲したっていいじゃないかと俺は思ったのだが、彼からしてみれば『自分の身も確立出来ていないのにお前にこれ以上世話になれるか』ということだった。それでも俺は一緒にいたいと切々と訴えた。かつては自分の生死にすら執着できなかった俺なのに。もう片時たりとも彼と離れたくないという感情に突き動かされていた。俺は大丈夫だから一緒に暮らそうと言う俺に、猗窩座殿はお前が大丈夫でも俺が大丈夫じゃないと話し合いは平行線だった。本当に俺は大丈夫なのに、猗窩座殿が心配するようなことは何もないのにと、必死に言い募った。こんなにも必死になったことなんて〝昔〟と合わせて長い人生を生きてきた中で生まれて初めてのことだった。最終的には泣き落としになってしまった感が否めないがそれでも猗窩座殿は条件付きで渋々だけど了承してくれた。その条件は在学中四年間、きちんとかかったお金を記録してほしいとのことだった。きちんと出世払いにして返すためだという。俺はそんなこと本当に気にしていないのにと再度言ったけど、それを飲めないなら同棲は無理だときっぱり言われたので不本意ながら記録は付けている。 それでも猗窩座殿は大学生になってからアルバイトを初めて決まったお金を入れてくれた。だから実質かかったお金なんてたかが知れているし返してもらわなくたって生活に支障はない。でもお金が原因で人間関係が破綻してしまって救ってくれと泣いて縋る人たちを知っている身としては、猗窩座殿との関係が破綻する方が嫌だったのできちんと帳簿を付けている。 そんな風に紆余曲折をしながら過ごしてきた同棲してきた四年間。色んな思い出を彼と作ってきた。それより前の記憶も振り返ってみると楽しかったことや嬉しかったことしかない。たまに小さな衝突もしたけれどそれでもすぐに仲直りできた。そうやってずっと俺たちはこれからも過ごして行けるんだなと思いながら、俺は出来上がった数々の材料の仕込みをしたタッパーを重ねながら大型冷蔵庫の中にしまっていった。 全部片付いたタイミングで玄関の扉がガチャガチャと鳴る。猗窩座殿が帰ってきた。そっと俺はキッチンからリビングを突っ切り、廊下まで出迎える。 「童磨、ただいま」 靴を脱ぐ猗窩座殿の今日の装いはリクルートスーツだ。そう、今日は彼が志望していた会社の最終面接の日。 俺は猗窩座殿ならきっと合格すると信じている。そのために猗窩座殿がどんな特性を持っているのか、本当にやりたいことは何なのか、理想とする自分は何なのかについて徹底的にサポートをしてきた。 〝昔〟の俺はやり方を知らずに間違えていただけだ。人の幸せは他人が決める物じゃない。極楽に行くのも本人が心から望んでいなければ地獄へとなるだけなのをきちんと理解をした上で、この仕事を生業としている。 大丈夫、猗窩座殿ならきっと大丈夫。 「おかえり、猗窩座殿」 俺ははやる気持ちを押さえながら猗窩座殿の報告を待つ。 「…」 無言のまま俯く猗窩座殿。 ……もしかして、ダメ、だったのかなぁ。でも大丈夫だよ猗窩座殿。それもまたいい経験となって肥やしになる。どんな経験も記憶も無駄にはならない。だって俺たちは〝昔〟の記憶を足がかりにして出会って結ばれたんだから。 なんて思っていたら、いきなりがバッと猗窩座殿の顔が上がる。ん?と思っていたら、まるで満開のブーゲンビリアのような笑顔で俺に飛びついてきた。 「内定貰った! やったぞ童磨!!」 「本当かい!? 流石猗窩座殿!! やったね!!」 勢いをつけて飛び込んできた猗窩座殿が俺の両手を撮って小躍りする。そんな彼に嬉しくなって俺も一緒になってぴょんぴょんと飛び上がって喜んだ。 猗窩座殿が嬉しいと俺も嬉しい。こんな風に無邪気に笑う猗窩座殿を見て俺はずっとずっと彼と一緒にいたいと切に思うんだ。 「お前のおかげだ、ありがとうな童磨」 「どういたしまして!」 まっすぐな猗窩座殿お礼を受け止める。でも俺はただ猗窩座殿をサポートしただけで、頑張ったのは他でもない猗窩座殿だ。 全部無駄なのにやり抜く愚かさを〝昔〟の俺は人間の儚さであり素晴らしさだと思っていた。だけどそれは間違いであることを知識を吸収していくうちに知っていった。自分自身の適正を知ろうともせず、周りの刷り込みを良しとして決められたレールに乗り、自分の本心をひたすら無視して諦めて、そこから外れないことを努力と言うのならそれは正しく時間の無駄だ。 元来素直な性格の猗窩座殿は真剣に俺の意見に耳を傾けて、徹底的に理想の自分にリアリティを持たせることを愚直なまでに実践していった。その結果努力がこうして実ったのは当然の結果だ。 全員が全員猗窩座殿のように素直ならもっと生き易いのになぁと思っていると、ぐいっと猗窩座殿の両手が俺の頬を包み込む。 「あか…」 「俺がここにいるのに他のことを考えるとはずいぶん余裕だなぁ」 ニヤリと笑いながら距離を詰めてきて、チュッと口づけられる。 「んっ…」 何で分かっちゃうのかなぁ?ほんの少し考えただけなのに。 「お前が俺以外のことを考えるときは、少しだけ遠い目をするからな」 「えっ?」 気が付けばぎゅうううっと抱きしめながら見上げてくる猗窩座殿。キラキラとした輝きを称える瞳はまるで金緑石のようだ。 「そうなんだぁ。ふふ、俺よりも俺のことを知っているね猗窩座殿♪」 「当たり前だ…。他ならぬ誰よりも大事にしたいお前のことだからな」 そんな風に熱っぽい色を持った向日葵に捉えられる。あ、これ…。 「っと、流石に今からは不味いか」 猗窩座殿が不意に壁にかかっている時計を見上げたので俺もつられて振り返る。短針は4を、長針は6を回ったところだ。 「…このままお前を堪能したいが、流石に今からだと飯を食いっぱぐれるしなぁ」 猗窩座殿が言わんとしていることが分かって俺は思わずくすりと笑う。なんだ?と首を傾げる猗窩座殿の手を引っ張って俺はキッチンへ向かい、そのまま大型冷蔵庫の扉を開けた。 「っ! これ…」 「うん、いっぱい作ってみた」 中には先ほど下ごしらえをして入れた材料のタッパーがぎっしりと詰め込まれている。猗窩座殿の大好物を何種類も作れるようにしておいた。一緒に食べようと思って買ってきたお祝いようのイチゴのプリンパフェも右上にちょこんと鎮座している。 猗窩座殿は驚いたように冷蔵庫から俺へと視線を移してくる。なんだか気恥ずかしくて思わずそっぽを向いて呟くようにこう言った。 「二人だけの時間が…欲しくて…」 本当に二人の時間が欲しかったらケータリングにした方が効率的だ。美味しいし栄養だって考えられている。でも俺は俺の手で作った料理で猗窩座殿の就職を祝いたかった。だから出来る限り手間をかけないように下準備をしたんだ。 猗窩座殿が好きだから、喜ぶ顔が見たいから。 「…なんだ、それ…」 猗窩座殿がぽつりと呟いた声を聞いて俺は思わず横に立つ彼を振り向いた。 何か落胆させちゃったかなと思ったら、猗窩座殿は顔を真っ赤にしながら嬉しいのかそれとも気恥ずかしいのかどちらとも取れる表情をしていた。 「お前これ以上俺を惚れさせてどうするつもりだ…!」 そう言いながら再びタックルをかますようにして飛びついてきた猗窩座殿を今度は受け止めきれず思わずよろめいてしまうが何とか踏みとどまった。 そんな俺の身体は猗窩座殿によってがっちりとホールドされ、そのままきつく抱きしめられた。 「…もう離してなんかやれないぞ?」 肩口に頭を預けて耳元で囁かれる声に思わずぞくりと背中が震える。 「うん…、離してくれなくてもいい」 そう言って俺も猗窩座殿の背中にそっと手を回す。 温かくてがっしりとした身体。 鼻腔をくすぐる彼の匂い。 食欲よりもまずはガッツリあなたで満たされたいなぁなんて思っていた俺だけど、同時に鳴り響いたお腹の虫たちによりその願いは一蹴された。 そんなシンクロにまた二人で笑い合って、結局少し早い夕飯を摂ることにした。 うまっ!と声を上げて幸せそうに笑う猗窩座殿を見て、改めて頑張って作ってよかったなぁと思うと同時、いつもよりも美味しいなぁなんて俺も自画自賛しながら、結局そぼろ餡掛けにしたかぼちゃに箸を伸ばしていった。 *** 一歩一歩踏み出す足がまるでフワフワと浮いているようでとてつもなく軽い。浮足立つっていうのは言い得て妙だと感じながら俺は帰路を急いでいた。 身に纏うのはあいつと一緒に選んだリクルートスーツ。そして中に纏うのはあいつがプレゼントにとくれたオーダーシャツチケットで購入したワイシャツだ。 文字通り全身あいつの愛にたっぷり包まれて、俺は最後の戦場へと臨みそして見事に打ち勝った(内定をもらった)が、まだまだ勝負の本番はこれからだ。 一緒に住もうとあいつに持ち掛けられたのは、俺が大学に入学したタイミングだった。今生では俺はあいつよりも遅いタイミングで生まれてきたのもあって、早くに再会は出来ていたが学生生活は殆ど堪能することは出来なかった。だからデートにしたって何にしたって年下の俺に合わせてくれるあいつの優しさは健在で、それは嬉しくもありもどかしくもあった。 あいつはキチンと〝昔〟から言うようにその賢さでもって自分の特性を生かした働き方を見つけていてちゃんと生計を立てていた。もちろん詐欺まがいなことなんか何一つしないまっとうなやり方で、だ。〝昔〟の記憶を所持していた俺からすれば現代の生活はまさに天国のようなものだったし、金なんかどこの誰とも知らない馬の骨共に羨まれるほど稼ぐ必要なんかない。病弱だった親父は人並みの体力を持っていたし、早くに亡くなった母親も健在だ。ちなみに双子の兄として狛治も転生していたが、こっちもこっちで記憶がある上に、更に幼なじみとして恋雪さんとも将来を誓い合って仲睦まじくやっている。 そんな二人を見るたびに俺も地獄で邂逅し、再会の約束を果たしたあいつに早く会いたいと心から思い探し続けてきた。 だから不意に街中で出会ったときは身も世もなく駆け寄り、あいつの胸の中に飛び込んで泣きじゃくってしまったのは情けなくもあるが、それ以上に最高に幸せな瞬間だったと今でも思う。 その幸せに比べたら今生で俺が彼奴よりも年下であるというのは些末な問題ではあったが、片や一大学生の俺が立派に社会人としてやっているあいつの家に転がり込む話になった時、俺は初めて年の差の壁を痛感した。 あいつが共に住もうと言ってくれたのは純粋なる善意からなのは伝わってきた。むかしっからお節介と言うか世話焼きと言うか誰彼構わずアドバイスを送っていて俺もまあ鬱陶しくは思っていたが、決して騙したりなんかしなかった。『俺は猗窩座殿が転がり込んできたって支えられるくらいの貯蓄はあるから、受け止めて欲しいんだ』なんて言われても、むかしと合わせても多大なる借りを持つ俺としてはハイそうですかと安易に頷くことなんかできやしない。 だって今度こそお前と親友になると地獄で言った。その言葉通り親友になってくれた。それだけでは飽きたらず恋人になって欲しいと言う俺の告白を受け入れてくれた。そんなお前にこれ以上甘えられるかという矜持からだ。断じてこいつに借りを作るなら死んだ方がマシだとか、そんな薄らくだらないプライドなどからくるものではない。 好きだからこそ、譲れない。 コイツの大らかさに胡坐をかいて甘やかされて、暴力でもって返していたあの頃とは違うんだ。 恋人だから一緒にいたいと思うのは当然だ。だがそれは互いが互いに確立してからこそだろう。どうあがいたって俺は大学生でお前は社会人。お前の負担にはなれど支えにはなれない。精神的な意味での支えではなく経済的な意味でだ。 飯も部屋代も光熱費も人一人だけで結構かかるもんなんだ。お前がきちんと生計を立てているのは部屋の内装から見ても分かる。セレブや芸能人が住むような無駄に煌びやかな物件じゃなくても、間取りも広いこの部屋は決してお安くはないはずだ。 お金のことなんか気にしないで、俺は猗窩座殿と一緒にいたいと切々と訴えられて俺の心はぐらぐらと揺れ動く。かつて生死にすら執着できなかったと地獄での語らいでそう言っていたお前がこれほどまでに俺を求めてくれているのは正直喜ばしいし叶えてやりたい。 だがそれでもこればかりはダメだ。きちんと甲斐性を付けてからでないと対等にはならないと俺はひたすら突っぱねた。 ふと静かになった瞬間、目の前の愛しい者の虹色の瞳がゆらりと潤む。え、と思った瞬間ぽろぽろと涙をこぼしているのを俺は愕然としながら見つめていた。 〝昔〟は信者共を相手に涙を零して見せていたのだと言うが、今、この場面で泣く必要なんかないはずだ。そして童磨も自分の身に何が起きているのかわからないらしく、どうして、なんで…?と戸惑った声を上げて必死に涙を止めようとする。その姿を見て俺の甲斐性とコイツへの愛しさの天秤は一気に後者へと傾いた。 コイツを本気で泣かせてまで自分の矜持を押し通す場面ではない。渋々といった体を取ってしまったがこればかりはどうか許してほしい。 そして俺は童磨にある条件を突き付けた。それは俺が大学に通う四年間、かかった費用を記録して貰いたいというもの。社会人になった時、その分をきっちりと返して初めて俺とお前は対等になれるのだと。 この期に及んでこいつはまだ、俺はそんなこと本当に気にしていないのにと零していたが、いい加減俺の気持ちも分かってくれと言う思いを込めて、それを飲めないなら同棲は無理だとバッサリ言い切った。 そんなわけで始めた同棲生活だが、予想以上に快適だった。お前よく今まで変な奴に搾取されなかったな!?と驚くくらいあいつは俺に尽くしてくれた。なのでこれではいつまでたっても対等になれないと考え、俺はアルバイトを始め、せめてこれだけはという金額を毎月手渡した。茶封筒を手渡すたびに複雑そうに垂れ下がった眉が困ったように顰められるが、こればかりは譲れない。お金よりも大事なものがあるんだからとあいつは言うがそれでも金銭がもたらす人間関係の捻じれは怖いものなのだ。大学でだって金の貸し借りで泥沼にはまっている人間の噂は聞くし、連日流れてくるニュースでだって金銭トラブルで刺した刺されたという物騒な事件に発展するなどザラにある。〝昔〟にあいつとの関係を放棄して現在再構築真っただ中の今だからこそ、兆しの芽は摘み取れるうちに摘み取るべきだ。 そんな風に考えながら俺はあいつと暮らす家へと戻ってきた。思えばもう四年も経過するんだな。 色んな思い出を彼と作ってきた。思い返してみてもアイツといて楽しかったことや嬉しかったことしか記憶にない。たまに小さな衝突もしたけれど、すぐにあいつは大らかに笑って水に流してくれたんだ。そうやってずっと俺たちはこれからも過ごして行けるんだなと思いながら、俺は再び浮足立つ気持ちのままエントランスを通り過ぎてエレベーターに乗り込むと、あいつが待つ愛の巣へのボタンを押した。 あらかじめ予告していた帰宅時間とほぼ同時に帰ってきた俺は、合鍵を差し込みノブを回して扉を開ける。 「童磨、ただいま」 玄関に入りながら靴を脱いでいると、パタパタと音を響かせながら童磨がこっそりとリビングから顔を出した。 ブルーとアイボリーのストライプシャツと白のスウェットの上から付けているシンプルなデザインのベージュ色のエプロン姿が眩しい。くん、と鼻を効かせれば淡く美味しそうな香りがそっと鼻腔をくすぐっていく。 こんな風に出迎えてくれる童磨が愛しくてたまらない。 ずっと俺を支えてくれた。自己否定に走りがちな俺を大丈夫だからと徹底的にサポートしてくれた。 〝昔〟のコイツは人を救うやり方は間違えていただけで、その本質は微塵の曇りもなく人のために尽くしたいというものだった。だからこそ今生はそれぞれにあった幸せや適性を発掘させる職業を生業としている。 優しく穏やかな口調で『猗窩座殿はどうしたいのかな?』『思いつめないでゆっくりでいいんだよ』『猗窩座殿は頑張り屋さんだから』という言葉にどれだけ俺が救われたか。何度言っても足りないくらいだ。 「おかえり、猗窩座殿」 ふわりと笑いかけてくる童磨の笑顔がとても綺麗で、不意にドキリと心臓を高鳴らせてしまった俺は、ふとあることを思いついて反射的に無言のまま俯かせた。 「…」 ほんの少しだけ芽生えた悪戯心だ。お前が今よりももっと喜んでくれる顔が見たいから。だからどうか許してほしい。 童磨が押し黙ってしまったタイミングを見計らいがばっと顔を上げる。一瞬呆気にとられたような表情を見せた童磨に俺は勢いよく飛びついた。 「内定貰った! やったぞ童磨!!」 「本当かい!? 流石猗窩座殿!! やったね!!」 パアアアっと花が咲くように笑う童磨の両手を取ってぴょんぴょんと跳ね上がりながら小躍りすれば、童磨も一緒になってウサギのように跳ね上がる。 そんな無邪気な動作もたまらなく可愛いし愛おしい。 こんな風に我がことのように心から喜んでくれるこいつとずっと一緒にいたい。 「お前のおかげだ、ありがとうな童磨」 「どういたしまして!」 心からの礼を伝える。仕事の合間を縫って俺の就活のサポートをしてくれた童磨に報いることができたことに心が躍る。 強くあらなければ持って帰れない。弱い自分を認めたくない。そんな頑なさゆえにたくさんの罪を犯した。元は自分より弱かったのに俺よりも強くなり、それでいて俺を気にかけてくれたコイツに対し、認知的不協和を解消するために何の落ち度もないのに手をあげ続けた。自責の念に駆られてうずくまる俺を童磨は辛抱強く引き上げてくれた。 大丈夫、猗窩座殿。俺は何も気にしていないから。ね、もう手放していいんだよ。 きちんと自分が犯した罪や内面を認めることから始まって、その執着は理想の自分に不要なものであれば手放してもいいものだと繰り返し何度も教えてくれたのだ。 だからとことん向き合った。アドバイスを受けながら自分自身を掘り下げていき、どうしようもないほど深い部分に挟まっていた本音までたどり着いたときは訳も分からずだばだばと涙が溢れて止まらなかった。そんな俺を童磨は偉い、よく頑張ったねと抱きしめてくれた。 俺が手放せなくて許せなかったことは、貧しさのせいにして持っていた特技を活かそうともしなかったこと。手先が器用なら内職でもなんでもして父親の薬を買えたのに、手っ取り早く結果を求めたことで親父を死に至らしめたこと。 だが今は親父は元気で過ごしている。勿体ないくらいに平和な時間を過ごせている。ならばそれを享受して当たり前の自分が理想ならばそれを採用すればいいという童磨のアドバイス通りに、〝昔〟の自責の念は丁寧に手放すことができた。 ただ、まだ俺はお前を傷つけてしまったことは手放せそうにないと素直に話すと、こればかりは猗窩座殿次第だからなぁと少し複雑な顔をして笑っていた。 そんなことを思いながら童磨の顔を見ると、少しだけ遠い目をしている。ああ、また別ごとを考えているな。こんなにもお前のことを思っている俺を差し置いて。 グイッと両手で童磨の頬を包み込むと、俺以外のことを思っていた綺麗な虹色がようやく俺を包み込んだ。 「あか…」 意外そうな顔をして俺を見下ろしてくる童磨の表情はとても可愛いし新鮮だ。 「俺がここにいるのに他のことを考えるとはずいぶん余裕だなぁ」 ニヤリと笑いながら距離を詰めて、チュッとその唇にキスをする。 「んっ…」 軽く啄むキスをすると、なんでわかっちゃったのかなぁと言う顔をしているので俺は笑って答える。 「お前が俺以外のことを考えるときは、少しだけ遠い目をするからな」 「えっ?」 なんだ気づいていなかったのか。だがそんなところもひっくるめて愛しくて仕方がないとおれはぎゅうううっと〝昔〟より華奢になった童磨の身体を抱きしめる。優しく微笑みかけてくる虹色の瞳はオパールのようでいつだって俺を魅了するのだ。 「そうなんだぁ。ふふ、俺よりも俺のことを知っているね猗窩座殿♪」 そう言ってお前は幸せそうに笑う。 「当たり前だ…。他ならぬ誰よりも大事にしたいお前のことだからな」 そんな風に笑うお前をもっともっとこの手で甘やかしてドロドロに溶かして幸福の底まで溺れさせたくなる。 だがしかし。 「っと、流石に今からは不味いか」 廊下にかかっている壁時計を見上げるとつられたように童磨も見る。二人で見上げた時計の短針は4を、長針は6を回ったところだ。 「…このままお前を堪能したいが、流石に今からだと飯を食いっぱぐれるしなぁ」 ダイニングキッチンから漂ってくる香りから、確実にこいつは俺のために美味い飯を作ってくれたのだろう。俺がやりたいからやるだけだぜなんていつも俺を甘やかすお前の飯を一番美味いときに食えないなんて冒涜もいいところだと、ひとまず性欲から食欲に切り替えた俺を見た童磨はクスリと笑った。 「なんだ?」 その微笑みが気になり思わず首を傾げれば、童磨はまるでいたずらっ子のような笑みを見せながら俺の手をきゅっと掴むとそのままキッチンへと連れて行き、大型冷蔵庫の扉を開けた。 「っ! これ…」 「うん、いっぱい作ってみた」 中身を見た俺は思わず息を飲む。 まず目に飛び込んできたのはデカい鍋。サーモンのマリネ、カボチャの角切り、その他色々な材料が下ごしらえされたタッパーが所狭しと詰め込まれている。どれもこれも俺が美味しいとまた作ってくれと言った物ばかりだ。そしてふと冷蔵庫の右上を見れば、デパ地下デートをした際に俺が食いたいと言っていたイチゴの大き目なプリンパフェも二つちょこりと仕舞われている。 驚きに目を見張っていたのも束の間、どうしてこんなに大量に用意してあるんだ? と言う気持ちを込めて童磨へ視線を向ける。するとコイツは何故だか気恥ずかしそうな表情を浮かべて俺から少し目線を外すと、独り言のように小さく呟いた。 「二人だけの時間が…欲しくて…」 そう言いながらはにかむ童磨に思わずポカンとしたが、心の奥底からじわじわと温かいものがあふれ、あっという間に愛しさが濁流のように湧き上がってきた。 「…なんだ、それ…」 ようやく俺はお前と対等になれたと思ったのに。ずっと支えてきてくれたお前を支えていこうと思ったのに。どうしてお前はこんなにも俺を喜ばせるのだ。甘やかすのだ。心を奪うのだ。 「お前これ以上俺を惚れさせてどうするつもりだ…!」 顔が熱くなってくるのが分かる。嬉しい。可愛い。愛おしい。そんな言葉じゃ伝えたりない。言葉だけじゃ伝えきれない。 今すぐにでもお前を貰い受けたくて仕方がない。 すぐ隣にいる童磨に勢いをつけて飛びついてしまう。一秒刹那でもわずかにでも離れていたくなかった。ぐぇっと声を上げてよろめく身体をしっかり両腕で固く抱きしめる。 「…もう離してなんかやれないぞ?」 一生かけても、否、今生だけでは物足りない。来世、来々世、来来来世だって俺はお前を幸せにする。報いてみせる。 肩口に頭を預けて耳元で吐息を吹き込むように囁きかければ、腕の中の身体がピクリと跳ねるのが分かる。 「うん…、離してくれなくてもいい」 頭上から響く心地が良い甘い声。 俺の背中に回される手の温かさ。 温かくてどこか柔らかな豊満な身体。 どことなく甘く俺をいつも安心させる匂い。 お前の作ってくれた料理を堪能する前に、まずはお前を思う存分貪りたいと思っていた俺だったが、まるで抗議するように同時に鳴り響いた腹の虫たちによってその欲望はかき消された。 一瞬の沈黙の後、こんな風にシンクロするようになってきたことをお互い笑い合って、結局まずは食欲を満たすために少し早い夕飯にしようという運びになった。 「うまっ! 本当にお前の作る飯は最高だな!!」 「もぅ、猗窩座殿ったら…」 心からの言葉を伝えながら、白米をかき込みながらビーフシチューに舌鼓を打ち、サーモンマリネでさっぱりとした味を楽しむ。 そんな俺を見てニコニコと嬉しそうに笑う童磨の顔がますます飯の美味さを引き立てて、一生胃袋と心を鷲掴みにされたことを確信した俺は、一生支えてやると固く決意し、カボチャのそぼろ餡掛けにも箸を伸ばしていったのだった。 元ネタ これを見た瞬間、『めっちゃうちの猗窩童やんけ!!』と滾り書き殴りました。前半はどまさん・後半は座殿視点。 どまさんの職業についても割とこの話で深く切り込んで書いているのですが、彼にとってこの職業はガチで天職だと思います。 鬼時代の彼は導く側であり、他に手段が思いつかなかっただけでああいった方法で救済していましたが、きちんとした知識があれば如何なく多くの人を本当の意味で救うことができると思います。 その反面座殿の職業がもう本当に思いつかない/(^0^)\ 北の大地デートシリーズで出張に行かせているので、出張を伴いながらも彼らしい仕事の案があればご教授ください割と真剣に。 |