圧倒的ホワイトデー


「いや、本当に雪って侮れないなぁ」
「完全に同感だ」

関東地方に大雪が降ったある夜のこと。雪の重みで電線が切断され童磨が暮らすマンション一帯が停電に見舞われた。
なのでもちろんエアコンを始めとする暖房器具も全部消えてしまい、ひたひたと寒さが忍び寄る時間を余儀なくされた。

「復旧はいつぐらいになるのかなぁ?」
「早く復旧してほしいがこの雪だからなぁ」

スマホのライトを利用して童磨は非常用具が仕舞われているパントリーを開け、カセットガス式ストーブと毎年クリスマスに使用するLEDランタン型のオブジェを取り出して、リビングに持っていく。

「本当に役に立ったね」

猗窩座に笑いかけながら童磨はガラステーブルの上に置いたそれのスイッチを入れた。たちまちのうちに幻想的にランタンが光り雪が舞い、森の奥の教会に冬が訪れる。

「一足早いクリスマス、か…」
「えーっ! 流石に早すぎるよぉ」

この前クリスマスが来たばかりなのにと、猗窩座の言葉に童磨はカラカラと笑いながら、何となしにランタンオブジェを眺めていく。

電気の落ちた静かな部屋に、ただただしんしんと雪の降るオブジェを眺める時間。
カセットガス式ストーブがもたらす温かさで寒さに震えることはないが、やはりいつ復旧するか分からないためあまり最大風量にはできない。

なので二人は何も言わずともぴったりと身体をくっつけ合って寄り添った。

「猗窩座殿は温かいなぁ」
「お前もな」

お揃いで買った着る毛布を身に付け、そんなことを言いながら二人は更に密着する。

無言のまままるで猫のように暖を取り合いじゃれ合う二人。
〝昔〟はこんなに近くに寄り添うことなど感じることも終ぞなかった。たまに童磨が背後から猗窩座の肩を戯れに組んだけれど、すぐに吹き飛ばされてしまったため温もりを感じる暇もなかったといった方が正しい。そもそも人ならざるものであったのだから温もりなぞ感じはしなかった。

だからだろう。着る毛布越しに互いの体温が伝わってくるのはすごく安心できるし心もまたポカポカと温かくなるのだ。

しばらくそうしていた二人だが、くぅぅう、ぎゅるるるるうるという何とも言い難い音がどちらからともなく腹から鳴り響いて思わず互いに顔を見合わせた。

「…お前、相変わらず食い意地が張ってる腹の虫の鳴り方だな」
「えーっ!? 俺の音じゃないもん! 猗窩座殿のお腹の音だろう?」
「いーや、俺の音はもっとささやかだ」
「お腹の音にささやかも食い意地が張っているもないでしょー?!」

そんな風に軽く言い合いになりながらも、童磨はすっと立ち上がる。音の是非はともかく空腹と寒さは人を苛立たせる。冗談じみたじゃれ合いからだんだん本気モードになっていってお互い不毛な思いをするくらいなら、サクッと何かしらを胃に詰めて不便さをやり過ごした方が良いという判断からだった。

「おい、どこに行く」
「ん? キッチンだよ。何か食べ物あったかなって」

まだ勝負は終わっていないと言わんばかりの声で問いかける猗窩座に、童磨はさらりと答えた。

「あ、ランタンは置いていくから大丈夫だよ」
そう言ってキッチンへ向かおうとして踵を返した童磨の腰に、ガシッとした何かが回される。
その何かの心当たりなど一つ…否、一人しかない童磨は苦く笑いながらちらりと流し目で後ろを見た。

「…猗窩座殿…」
「俺を置いて行くな」

童磨よりも8㎝ばかり背の低い猗窩座は肩ではなくて腰を抱く癖がある。片腕だけで腰を引き寄せて自分のものであるというアピールをする姿を童磨は好ましく思っている。だが些かこれは大げさすぎではないかという考えは否めない。
「…すぐに戻ってくるから、ね?」
「俺も行く」
「…猗窩座殿、もしかして暗いのダメだった?」
口にしてみてからそんなわけないかと童磨はその考えを打ち消す。お互い夜目が効く鬼として生きてきてその記憶を所持して今を生きているのだ。確かに今は生身の人間であり昔とは比べ物にならないほどの様々な文明の利器に肖れているためそれに慣れてしまってはいるが、灯り変わりのランタンがあるしカーテンを開いてベランダの積雪からの雪明りを利用しているので、暗闇とは程遠い状況だった。
にも拘らず猗窩座はべったりと童磨にくっついて離れない。
「暗いのがダメなんじゃない」
「だよねぇ」
「寒いのがダメなんだ」
「え、でもまだストーブのガスボンベはあるはず…」
「お前が一番暖かいだろ」
間髪入れずにそう答えた猗窩座に思わず童磨はポカンとしてしまうが、やがて胸の中にじわじわとした温かいものが灯っていく。
そうしている間も猗窩座の両腕はぎゅうぎゅうと童磨の腰に巻き付いていき、俺をこれ以上寒いところに置くなという無言の訴えがビシバシと伝わってくるのを童磨はフワフワとした心地よさでもって受け止めていた。
「分かったよ猗窩座殿。一緒に探そう?」
「ん…」
少しだけ腰に回された腕の力が緩み、身動きが取れるようになった童磨が先にキッチンへ入る。
スマホの明かりだけを頼りに、しゃがみ込んでシンクの下に備え付けられている戸棚を開き中を照らしてみる。
「うーーーん…」
唸りながら童磨は片っ端から中の物を取り出して確認はするものの、パッとするようなものは見当たらない。
「お?」
「あ、何かあった?」
観音開きの戸棚を反対側からのぞき込んでいた猗窩座が眼の良さから何かを見つけて引っ張り出す。すると出てきたのは日の清いメーカーから出ている天ぷらそば二つだった。
「お、美味しそうだねぇ♪」
基本的に家で仕事をしていてなおかつ料理が趣味の童磨が買い物へと行くのだが、こうしたインスタント食品はめったに買わない。なので猗窩座が買ったものだと即座に分かったが、それを見つけた猗窩座も何でこれを買ったのかよく覚えていないとぼやきながら首を傾げてそれを取り出した。
「うーん…、すごくお腹が空いていた時に入店したとか?」
「…そうなのだろうか? お前の作る美味い飯が待っているのが分かっているのにコンビニやスーパーの類には寄らないようにしているのだが…?」
さらりとそんな口説き文句を吐かれて、童磨の胸の内は雪の礫がコツリとぶつかるような感覚に見舞われる。だが当の本人は気づくことはなく、まあこれで幾分かは腹は満たせるかと言いながら、雪平鍋に水を入れてガスコンロに火をかけた。
「…猗窩座殿って…」
「ん? ああ蓋開けといてくれ」
何も気に留めていないようにさらりとインスタントうどんを作る指示を出す猗窩座の余裕がほんの少しだけ面白くない。
湯を沸かすためにつけられた火に照らされる猗窩座殿の顔は普段のあどけなさが嘘のように大人びていて、とくり、と童磨の胸が鳴った。

なんだかなぁ、なんだかなぁ。こんなにも格好いいなんて反則だよなぁ。
〝昔〟は俺の方が振り回していたように思えたけどなぁ。

「そろそろ湯が沸いた…ってどうした? そんな顔して」
「むぅ、何でもない」
軽く唇を尖らせた童磨に怪訝そうな顔をしながら、それでも猗窩座は言い募る。
「何でもないわけないだろう? 何か気になることがあるなら何でも話してほしい」
「っ…」

ああもうそういうところだよ猗窩座殿ったら!

口に出していったところできっと猗窩座は『どういうところだ?』とニマニマしながら聞いてくる。そういう茶目っ気のあるところも好きなのだが、してやられっぱなしなのはちょっとだけ癪に障るというか。
だから不意打ちにちゅっとキスをしてやった。
持ち上げようとしていた雪平鍋の中の沸いた湯がゆらりと揺れ動く。

「っておい…!」
「ふふ、久しぶりに見たなぁ猗窩座殿のそんな顔♪」

ご満悦と言わんばかりに童磨は笑う。余裕のある表情はもちろん好きだが、呆気にとられたちょっと間の抜けた顔も大好きなのだ。
非日常的な暗闇がそんな童磨の悪戯心をくすぐり、見事にそれは成功したのだが、そこで終わってくれるほど”今”の猗窩座は甘くはなかった。
「さ、お湯淹れようか♪」
蓋をぺりとめくろうとした刹那、がっしと猗窩座の手が童磨の手首を強く掴んだ。
「へ?」
ピクリとも動かせなくなるほど捕まれた手。隣から発せられる闘気にしては不純な色が入り混じるそれに、そっちを振り向くのがちょっと怖いなぁと思った童磨の顔がぐいっと引き寄せられる。
「んむっ…!」
そのまま有無を言わせないほどに激しいキスが下方から与えられていく。
「んぁ、ふ、ぁ…っ」
後頭部もがっしり掴まれちゅ、ちゅく、と水音を立てるぐらいに口内をかき回され童磨の足はがくがくと震え始める。
「んんっ、んっ、ぁ…、ま…」
食欲が別の欲に置き換わっていくのが分かる。でも今は停電中でいつ復旧するか分からない。行為後のシャワーなどで貴重な電気を使うのは憚られる。
なので童磨は空いている方の手で猗窩座の胸を軽く叩きながら不埒なキスの侵攻を止めようとするも、天は猗窩座の味方に付いた。
「「あ」」
頭上がパッと明るくなる。停電にも関わらずいつもの癖でキッチンの電気スイッチを猗窩座は入れていたのだ。思っていた以上に日本の電力会社の優秀さを思い知るのと同時、戦況は一気に童磨の不利にと傾いていく。

「あ、の…、あかざ、どの?」
「一件落着、だな」

キスを解いた猗窩座のニッコリした笑顔が眩しい。更に言えばどこか凄味を感じさせる上に、再び腰を拘束する両腕は力強さ増していく。


「たっぷりと温め合おうではないか」

清々しいまでの笑顔で言い放った猗窩座の両腕は童磨の身体を有無を言わさず軽々と抱き上げる。
こうなってしまえば梃子でも動かない…というか自分も動けない童磨は蚊の鳴くような声で、お手柔らかにお願いします…とだけ呟きながら、どのみちこのインスタントうどんは数時間後に食べることになるなぁとぼんやり考えているうちに、嬉々とした猗窩座によって寝室へテイクアウトされたのだった。




この話はこれと同時期に書いていたのですが、続きが思いつかずにお蔵入り状態でした。
しかしホワイトデーの次の日に地元で割と雪が降ったのでホワイトデーの話としてアップしようと決意して日の目を見たというコソコソがありますw
何だかんだで二人寄り添いながら仲良くじゃれ合う猗窩童が大好きなのです。

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