人間椅子と桜もち スプリングカムパイイズアイ

ふかふかで温かく柔らかな感触を背中に感じながら、さくさくとした食感のこんがりとした生地を一口齧る。
今まで様々な期間限定のパイを食べてきたがピンク色の焼き色は初めてだ。しかし文句なしに美味しいと猗窩座は顔をほころばせる。
箱を開けた時点から桜の風味がフワフワと香ってきてその時点で甘い予感に食欲をそそられたがパイの香ばしさでまずは昂りを一度落ち着かせ、そこからすぐに現れた餡子で桜もちの期待と魅力にどっぷり漬からせるやり方は流石に大手企業と言ったところか。
パイとマッチする餡子はただ甘いだけではなく、塩漬けの葉っぱが細かく刻まれている桜もちが練り込まれているので、まさにその名に恥ずかしくないほど見事な桜もちのパイである。
「ね、猗窩座殿、俺も」
「お、そうだったな。ホラ」
そんな猗窩座の桜もちパイを強請ったのは、彼が誰よりも愛してやまない恋人の童磨である。諸事情があって今手が離せない童磨があーんと口を開けたのを見計らい、猗窩座は一口齧った桜もちパイを差し出して食べさせてやった。
「んん~♡おいひぃ~~♪」
「な、美味いよなコレ」
「うん♡」
「まだ食うか?」
「お願い♡」
童磨の甘い声のおねだりにでろでろに溶け切った顔の猗窩座が、身体を預けているクッションのような童磨の胸に更にもたれかかるようにして体制を変えて、更にパイを差し出す。
さくりという音と共に甘じょっぱい餡子と桜の香りが童磨の口いっぱいに広がり、更なる甘さに顔をほころばせている様子を猗窩座は幸せな顔で頬ずりができるほど傍で見守っていた。

そう、現在猗窩座は童磨の身体にもたれかかりながら桜もちパイを食べているのである。
何故そんなことになったのかと言うと、つい先日まで猗窩座の会社が年度末の繁忙期で上へ下へのクソ忙しさに見舞われていたのに端を発する。猗窩座も例外ではなく始発から出かけ終電で帰ってくるという生活を余儀なくされていた。
その分童磨は出来る限り猗窩座のサポートをした。とはいっても猗窩座も猗窩座で「俺のことに構わなくていいから」とあらかじめどこまでも尽くしてしまう童磨にがっつりと釘を刺してはいた。だから結局のところ童磨は猗窩座に対して栄養があって時短で食べられる美味しい食事の提供と朝の見送りぐらいしかできなかった。行ってらっしゃいのキスをするのもはばかれるくらいにくたくたに疲れている猗窩座のことを労わりたいと思っても、「お前だって忙しいんだから無理はするな」と却下される。自分を想ってそう言ってくれることは分かっている。だから変に反論してただでさえ忙しい猗窩座に余計な心の軋轢を生じさせたくない童磨は渋々そのことに納得はしていた。だが繁忙期も半ばも過ぎた頃、日付が変わってすぐに玄関先で倒れ込んで寝息を立てている猗窩座を、たまたまその日仕事を夜中まで片づけていた童磨が発見するのだが、流石に何かがプチリと切れた音がどこかで聞こえはしたもののそのまま無言で部屋に運び込んだ。
それから数時間後。玄関先で落ちた記憶はあるのに自分が寝室にいること、そして隣で寝ているはずの童磨がいないことに気づいた猗窩座の顔色が青ざめたのは言うまでもない。
『目が覚めた? おはよう猗窩座殿』という温度のない声が寝室外から聞こえてきた猗窩座はそのままベッドの上で五体投地をする羽目になった。
『うん、それはいいから早く来て』とやはり抑揚のないた声で促され、猗窩座はまるで死刑宣告をされた囚人のようにギギギ…と寝間着のままリビングへと直行した。

その後、淡々とした口調のまま猗窩座は童磨により切々と訴えられてしまった。曰く、何でそこまで疲れてるのに俺のことばかり気にするの?と。
俺のこと気遣ってくれるのは嬉しいけど、猗窩座殿だってすごくすごく忙しいじゃないか。俺は本気で猗窩座殿のこと心配してるのに…と、どんどん尻すぼみになっていく童磨の言葉に思わず猗窩座は涙ぐんでしまう。
『そりゃ家にいる俺に出来ることなんて、会社に半日以上いる猗窩座殿にできることは限られているけどさ…。それでもせめてお帰りなさいって出迎えて、すぐにお休みできる環境に整えたいのに』
ぽろり、と零れ落ちた涙は果たしてどちらが先だっただろうか。
『すまん…俺はお前のことを心配しているようで、俺のことしか考えていなかった…。口ではお前を想うようなことを言っておきながら…結局お前に心労をかけてしま、って…』
連日の忙しさであちこちにガタが来てそれが涙腺にまで及んでいるのが分かる。童磨の心からの想いに触れ、ぼだぼだと零れる涙が止まらない。
『…っ、おれ、だって…っ、こんなこと言って猗窩座殿を困らせたくないのに…っ!』
虹色の瞳からぽろぽろと涙を零しながら、童磨も必死にしゃくりあげる。

後はもう朝からある意味での修羅場だった。大の男二人が泣きながらお互いに無理をしないでと言い合いながら謝り合う。傍から見れば何だこいつ等という状況だったが、当人たちにとっては笑い事ではない。

それでも二人はきちんと向き合った。”昔”のように一方的な関係ではなく、お互いを大切にしたいと想う相手だからこそ、妥協できるところをお互いに話し合った。
童磨は絶対に無理はしない・無理だと思ったら連絡して先に休むという条件で朝のお見送り以外にもお帰りのお出迎えやスーツの片づけを猗窩座から頼まれた(最もかなり渋りに渋ったがそこは童磨が押し切った)。そして許可を得た代わりに童磨が猗窩座に、して欲しいことがあったら言ってくれという提案を出した。
『は? 何だそれは?』と猗窩座は反論する。当然だ。自分にばかり有利な条件を提示されているのにこれ以上示されてはいそうですかと頷けるはずもない。
『お願いだよ猗窩座殿。今の状況であなたに出来ることは本当に限られているんだ。本当ならあなたの会社に乗り込んでいって一緒にお仕事したいくらいなんだよ? でもそんなことされたって困るでしょう』
いやむしろ困らないのだがと、即返そうとしたが流石に思いとどまる。元の性根が優しい童磨にとって愛する猗窩座の嫌がることや悲しむことはしたくないというのは分かってはいる。だがそれ以上に自分がやりたいからどうしてもと我を通したという自覚があるのだろう。だから交換条件としてそのワガママの見返りを猗窩座に求めるというのは確かに理には叶っているとは思う。
『っ…』
ああ、なんていじらしくも可愛く健気な恋人なのだろうか。
もしも繁忙期でなく疲れてさえいなければ、心の赴くままに思う存分愛でまくっていた。その大らかさと優しさを具現化したかのような豊満で温かな肉体を思う存分堪能して、どれだけ自分が惚れているかを分からせてやるところだったと後に猗窩座は振り返る。

『じゃ、じゃあ…』
そういった事も踏まえて猗窩座は繁忙期が終わったら是非童磨にしてもらいたいことがあるのだということでこの話は折り合いが付いた。


つまりそのやりたいことと言うのが、童磨の身体をソファに見立てそこでくつろぎながら、某有名ハンバーガーチェーン店から発売される童磨の胸の権化ともいえる春限定のパイを食べたいというものである。


ポカポカと温かな春の陽気がバルコニーに繋がる大きめな窓から入ってくる中で、ふかふかのラグの上に座り、愛しい者の温もりと身体をその身で感じながら、彼の人の胸のような柔らかく甘い餅が入っているパイと言う名の愛を身体に取り込む。

これぞまさに至高の幸福ではないかと猗窩座は身に余るほどの充足感をじーんと噛みしめていた。


そんな猗窩座のブーゲンビリア色の頭が幸せそうに揺れるのを背後から見つめながら、童磨はふふ、と忍び笑いを漏らした。

『いいか? パイを食べるということはすなわち愛を食べるということだ。愛を食べるということはまずお前という存在を思う存分心身ともに感じるということだ。つまりお前を背後に感じながらお前のシンボル(仮)を彷彿とさせるこの桜もちのパイを食べることで、俺はお前の愛や想いをこの身に取り込み、もっともっとお前を感じることができ、至高の愛や想い以上の大きなかけがえのないものが生まれるのだと俺は信じている』

正直途中から何を言っているかよくわからなかったが、つまり自分の身体をクッションにしながら今春に某有名ハンバーガーチェーン店から発売される期間限定のパイを食べたいということは理解できた。
猗窩座と同じ性を有しているので、そんなに言うほど俺の身体って柔らかいのかなと童磨は思うのだが、自分も猗窩座に対して柔らかい髪だねぇと一緒にお風呂に入りながら髪を洗っているときに言うたびに意外そうな顔をされるから多分それと同じなのだろう。
それにいつもは正面からぎゅっと胸に顔を埋めるように、そして時々自分は座ったままで膝立ち状態の猗窩座の胸に顔を埋める形で抱きしめられる童磨にしてみれば、自分がこうして猗窩座を背後から抱きしめるのはとても新鮮な気持ちでいっぱいだった。
ローテーブルの上にはテイクアウトした桜もちのパイとポンカンとピンクグレープフルーツのフィズが一つずつ。そして口直し用のポテトナゲットのセットが置かれている。完全に人間椅子になることをお願いされたので自分で食べられないし飲めないのは不便だが、声をかければ猗窩座が食べさせてくれるから何も問題はない。

「猗窩座殿、おいしい?」
「さいっこうに美味い」

自分の胸にもたれかかって無邪気に美味しい美味しいと桜もちパイを食べながら見上げてくるその顔は本当に幸せそうで可愛くてたまらない。

(あ)

不意に猗窩座の唇の端に桜もちパイの欠片が付いているのが分かった。取ってあげた方が良いかな? でもまだもう一つの桜もちパイもポテナゲも残ってるしなぁと考えている童磨の唇に、ニヤリと笑った猗窩座が不意に首を伸ばしてチュッと口づけてくる。

「ん…っ!」

突然ふさがれた唇から伝わってくるのは、何故だか今までよりも甘く感じる桜もちの味。すぐに猗窩座は離れていったが、甘さはじわじわと童磨の唇と胸を焦がしていく。

「も、ぅ…急に何をするんだか」
「なんだか物寂しそうだったからな」

悪戯めいて笑う猗窩座にそんなつもりじゃなかったんだけどなぁと苦笑いする。

「そうなのか? 随分熱心に俺の唇を眺めていたからそうだと思っていたが」
「うん、それは確かに…」

あなたの唇の端についていた桜もちのかけらが気になってと言おうとした童磨だが再び押し当てられた猗窩座の唇にその言葉は飲み込まれる。

「ん…っ」

もぞもぞと猗窩座の身体が反転し童磨の方を振り向いてそのまま正面から膝立ちになって口づけられる。ああ、いつもの猗窩座殿からのキスだなぁと桜もちの香りと味がいっぱいに広がる幸福な口づけに、童磨もここ数日間の猗窩座欠乏症がゆっくり埋められていくのを感じていた。

「ふ…」

ゆっくりと離されていく唇と猗窩座の顔に名残惜しさを感じてしまうが、ぽすんと再び猗窩座の身体が童磨の胸を背にして収まってしまう。
「ふは、口直し完了」
「なにそれー」

更に無邪気な顔で見上げてくる猗窩座の表情に思わず童磨も笑ってしまう。
唇の端についていた桜もちパイの切れ端はいつの間にかきちんと取れていた。

「まだまだこんなにあるのだからな。その分お前で口直しをさせろ」
「えー?」

そう言いながら今度下からすくいあげるようにキスをされる。先ほどよりも甘く感じる口づけを受けながら童磨は後ろから猗窩座の胴に回していた両腕をホワホワとした幸せを籠めてギュッと抱きしめ返したのだった。












途中の座殿の長台詞は、マシンガンズの愛媛ライブの『愛こそすべて』のすしさんの前振りの台詞がモチーフです。
以下、つべ動画を見ながら聞いたのを書き殴り。

『いいか?愛を知るということはその前にまず恋を知ることだ。恋を知る前にはときめきが必要だ。そう、ここ愛媛で今日お前らの心をときめかせえてやる。そしてお前らも十分に俺たちをときめかせてくれ。そうしたならば俺とお前と恋を乗り越え愛を乗り越えもっと大きなものが生まれると俺は信じている。
だからこそ手始めにもっともっとお前にときめきを与えてやる』

音質もそうですが、すしさんかなり活舌がいいからめっちゃ聞き取りやすかったですw
毎回聞くたび思うんだけど、この後に演奏される曲がガチ浮気正当化ソングの前振りってかなりえぐいと思います。非常にどうでもいいですね。

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