その2
「猗窩座殿猗窩座殿」
「なんだ?」
「おみやげ♡」
仕事の関係でクライアントとの打ち合わせのために外出することになった童磨が帰ってきて数分経った頃。ただ今とお帰りのキスをたっぷり交し合い、ほんの少し一息着き、二人の憩いの場であるリビングに着いた時、童磨が冒頭の台詞と共にぱつぱつになったビニール袋が掲げられる。
「なんだ?」
「ふふ、いいからいいから♪」
ニコニコと嬉しそうな童磨につられ猗窩座もまた口角を引き上げてビニール袋の口を開くとそこには真っ白い長方形の箱が現れた。
「おっ!? なんだこれ?」
ビニール袋を破かないようにとそっと白い箱を持ち上げテーブルの上に置き蓋を開けて見るとそこに入っていたのは春らしい彩をした切り分けられたケーキが二切れ入っている。
「え!? おま、これ…っ!?」
「なんかね、美味しそうだから買ってきちゃった」
「いや、めっちゃこれ高級な奴だぞ!? しかも二個とか!!」
そう、猗窩座がいうようにこのケーキは割とお高めな値段設定がされている期間限定の物である。さっくりと焼き上げたタルトの上にたっぷりとしたカスタードクリームと練乳ムースの上にレモンが乗っているタルトと、滑らかな桜色のレアチーズケーキに春いちごがふんだんに乗せられたケーキだ。確かに美味しそうであるがただでさえ童磨は自分が食べたいからと言って猗窩座の分まで何の惜しげもなく買ってくるのだ。本当にお前、俺に貢ぎすぎだろう!?思わず苦言を呈したくなるくらいに。
少しだけ眉間にしわの寄ってしまった猗窩座に童磨は良いんだ良いんだと笑いかける。
「このケーキを見てね、なんだか猗窩座殿を思い出しちゃって。猗窩座殿と一緒に食べたいなぁって買ってきたんだよ」
「ん゛っ!!!!」
だから美味しく食べてね?と、きゅるんというオノマトペが着くほどに軽く首を傾げる童磨に今日も猗窩座は恋のバズーカーで心臓をぶち抜かれる羽目になる。
「分かった…! あ、いや違うな。いつもありがとうな童磨」
「どういたしまして♪」
何はともあれ買ってきてくれたことへの感謝の気持ちは欠かさずに猗窩座は童磨に告げる。一緒に食べたい、美味しそう、そして自分を思い出したたから買ってきてくれた等、非難する要因はこれっぽっちもない。
「だが童磨、今回ばかりは言わせてもらう」
「なぁに?」
少しばかり硬い表情になった猗窩座に童磨は不思議そうな顔をする。本当何でお前はそんなに可愛いんだと心の中にあるクソデカ感情を声に出しそうになったが、軽く咳払いをしてそれは回避した。
「お前から先に選べ」
「へ?」
「当然だろう。お前が買ってきてくれた物なのだから」
そう、童磨はいつだって猗窩座から先に選ばせようとするのだ。猗窩座とてお前が買ってきたものなのだからとお前が選べと言うのだが、俺は猗窩座殿が選んでいるところも好きだよなんてニコニコ笑いながら毎回殺し文句を吐かれ、今日の今日まで勝てた試しがない。
だが今日こそは何が何でも童磨から選ばせる。それにどれを選んだところで猗窩座にとっては自分の髪の色と瞳をイメージるするケーキが童磨の体内を構築するのだ。何もデメリットなどない。そう踏んだ猗窩座は初勝利の予感に胸を膨らませる。
「いやだなぁ、猗窩座殿。選ぶ必要なんかないよ?」
「へ?」
今度は猗窩座が間の抜けた声を出す番だった。
「これ。下にもまだもう一つあるんだよ?」
よいしょっとぱつぱつになって少し穴が開きかけたビニール袋からもう一つ同じ箱を取り出して中身を見せると、そこには確かにレモンムースのタルトと春いちごの桜レアチーズケーキといったラインナップがそこにあった。
「いやいやいやいや、お前ホント俺に貢ぎすぎだろ!?」
完全敗北。そんな言葉が頭によぎると同時、流石に猗窩座も突っ込んだ。こんなお高いケーキが四つ!しかも俺に似ているからと言うとんでもなく可愛らしくけしからん理由で四つも!!
「貢ぐ貢がないの話じゃないよ? 俺が買いたくて買ってきたんだからなぁ」
ぷくーっと頬を膨らませる可愛さに免じて許してやりたいが、いくらなんでもそこまでされて黙っているのは年下とはいえ男が廃る。
「お前の気持ちは確かに嬉しい。それは間違いなく本当だ」
「本当!? 良かったぁ…」
「だがこういうちょっとお高い買い物は、まあほどほどにしてくれればありがたい、かも…」
「? 何故だい猗窩座殿」
「う…っ! その、こちらとしても礼に困る、から…」
貰いっぱなしでありがとうではさようならと言う薄情な関係でも、お前は俺に貢ぐのは当然だという傲慢な関係でもない。人間はよほどの関係ではない限り好意の返報性が働く。即ち好意を返されれば好意を返したくなる生き物であり、それが将来を誓い合った伴侶であるならなおさらのことだ。社会人になってまだまだの自分はこんなにも尽くしてくれる恋人に何も返せていないのにこれ以上借りを作るのはどうか…という面子もある。だが童磨はそんなこと気にしないでとこれまた想像していた言葉を吐く。
「いや、気にさせてほしい。その辺のけじめをつけておかないとお前の好意に甘やかされて、してもらって当然だという欺瞞からお前を傷つけるとも限らないからな」
「もぅ、真面目なんだからぁ…。まあそれが猗窩座殿のいいところなんだけど」
じゃあ今度からはちょっと中流のお店の物を買ってくるねという、妥協と言っていいのか微妙な妥協を提示されやはり微妙な顔をしていた猗窩座だが、そんな彼に対し、『あとは猗窩座殿がずっと一緒にいてくれて俺を可愛がってくれたら嬉しいな』という本日二度目のバズーカーを的確にぶっ放され、猗窩座の心臓を無事に射貫いたところでこのやり取りは終了した。
「じゃあそういうことだから」
心臓を押さえながら〝俺の童磨が今日も可愛い明日もかわいいむしろ永遠に可愛すぎてもう色々ダメだ結婚しよう〟と遺言めいたことを猗窩座が垂れ流している間、童磨は油性マジックを用意していた。
「名前、書いておかないとね?」
流石に同じ形の箱に入れているならどちらがどちらを区別するための名前を書く必要がある。一つは今から二人で一緒に三時のおやつとして食べるのだが、どれを食べるかまでは流石に各々強制はしない。同じものを食べるならそれでもいいが別々のものを食べた場合、覚えていられるかと言われれば状況にもよる。あまりにも疲れているときにさあ食べようとなった時、あれ? 俺どっち食べたっけ? とならないようにするためには確実な方法だ。
「そうだな、じゃあ俺から書くな」
「うん、お願い」
童磨から油性ペンを受け取って蓋をきゅぽりと捻る。一点の曇りもない真っ白な箱はまるでキャンバスのようだと思った時、キュピーンと猗窩座の脳裏があることを閃く。
「書いたぞ」
「了解、ん?」
どうやら猗窩座は蓋の上に名前を書いたようで、一応確認しようと目を落とした童磨の虹色が見開かれる。果たしてそこに書かれていたのは『俺の童磨が買ってきてくれた俺の聖なるケーキ』とやたら流麗な文字で書かれていた。
「ちょ、なにこれー」
予想もしなかったことに思わず童磨は吹き出してしまう。隣の猗窩座はしてやったと言わんばかりにニヤニヤと笑っていた。
「わかりやすい上、お前を少しでも癒せるだろ?」
「癒されるよりも変なツボに入ったかも―」
本当に猗窩座殿は俺を飽きさせないなぁと、くつくつと笑いをこらえきれないでいる童磨に猗窩座は隙をついてキスを仕掛けた。
「ん…」
ちゅっと軽いリップ音を立てて唇で頬に触れる。真っ白な陶器のような肌は〝昔〟とは違い、温かくやわらかな感触を猗窩座に伝えてくる。
「ふふ、なあに?」
「変なツボに入った笑いは止まっただろう?」
「本当だ。効果覿面だね」
そう言って今度は嬉しそうに笑いかけてくる童磨を労わるために、そっと猗窩座は彼の頬に慈しむように触れる。
こんな風に笑う童磨を間近で見られるくらいの関係になるまで長い年月がかかった。
〝昔〟、彼の大らかさに甘やかされ胡坐をかいていた時期の分まで見届けるという決意を固めるかのように、今度は反対側の頬に猗窩座はキスをする。
「ふふ、早速俺を可愛がってくれてるなぁ」
「まだまだたっぷり可愛がるぞ? 今生だけじゃない、来世もその次もまたその次もだ」
「ふふふ、楽しみにしてるよ」
早速妥協案を実行してくれている蕩けるくらいに柔らかく温かな猗窩座の愛に包まれながら童磨もマジックを取る。
「書いたよ」
「どれど、…れ…」
キュキュッと恋人と同じように真っ白な蓋に書かれているのは『俺の可愛い猗窩座殿が美味しいって言ってくれたケーキ』というこちらも流麗な文字だった。
「おまえ…っ!」
「お返し♡」
三度目のバズーカーもきっちりと猗窩座の心臓をぶち抜くが、流石に三回も食らっていればほんの少し耐久が付いている。そのまま倒れ込むふりをして猗窩座は童磨をぎゅっと抱きしめた。
「そんなずるい返しがあるか…!」
「えー?」
ああもう俺の恋人がこんなにも可愛く愛おしいと、インサイド猗窩座が大量発生し結婚結婚さっさと結婚とメガホン片手に拳を振り上げワーワー騒いでいるのをひたすら押し隠しながら白橡の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「ちょ、急になにする…んっ」
そうして間髪入れずに猗窩座の唇がもう限界といわんばかりに童磨の唇を塞ぎにかかる。
仲良く並んだ白い箱がそれぞれの持ち主を生温くなる直前まで見守っていると、せめて冷蔵庫に入れてからして!と、キスだけで腰砕けになってしまいぷくりと頬を膨らませた童磨にせっつかれ、どこか嬉しそうな顔の猗窩座の手で片づけられるまであと数秒。
BGM:Claudio The Worm
座の書いた文言の元ネタは、『昔イタいことをしていました』という2chスレの虜さんの体験談から。
最も彼女は親戚の人に贈る八つ橋の箱に書いたとのことでしたw
話それますけどバンギャさんの中でぶっちぎりの伝説を残しているのって圧倒的に虜さんが多かった印象があります。
個人的にめちゃくちゃインパクトが強かったのは、"趣味・特技が神歌"という話です。これがきっかけで曲とバンドを知ったといういきさつがあります\(^0^)/ 曲やパフォーマンスも万世極楽教イメージソングみがあるので機会があれば聴いて下さい♪
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