Be happy summer vacation2

ハートビート

そんな猗窩座のリクエストを叶えるため、二人はアナベルが植えられている坂道を上り、ウエストマウンテンの中腹部分にやってきた。
観覧車を筆頭にバイキングやフリーウォールなどが設置されており、少し離れたところにはアヒルレースと書かれた看板も見える。
「あ、あれなんかいいんじゃないか?」
そんなアトラクションの中で童磨がいいと思ったのは、ほぼ垂直にまで回転し、座席も縦横無尽に動き回るハートビートだった。
”暴れる観覧車”という別名があり、それなりに動きも激しく隣り合う席も近いので、顔は断然見やすい乗り物である。
「ほぅ、よさそうだな」
「うん!乗ってみようよ猗窩座殿」
ここまで来るのに汗だくになったが、白い肌を紅潮させながら楽しそうに笑い、己の手を引く童磨は悪くはない。むしろいいところしかない。
今生での年齢差はどうあがいても覆らないし、甲斐性は今のところ叶わない。だけどこんな風に無防備な笑顔を間近で見られるのは我ながら単純だとは思うが心が弾む。
というか甲斐性だって絶対に覆してやるのだからと、この場に見合わない決意を胸に抱きながら、猗窩座は繋がれた指先をぎゅっと握り返した。

入口にしばらく並び、順番がやってきて隣り合う席を見繕う。鉄製のブランコのような椅子に座ると意外と地面との距離があった。
「意外と高いねぇ」
「そうだな」
安全バーを自分で下し、更にベルトをはめ込みながら会話をする二人。
ちなみにかなりの勢いで回るので飛ばされやすいものは荷物入れの中に預けるように言われた二人は帽子を取っているし、童磨に至っては一応サングラスも外している。
白橡の髪とブーゲンビリアの髪が並んで座る様子は否が応にも目立っているが、虹色の瞳は猗窩座だけに向けられている。
太陽の下でキラキラと輝く虹色の瞳には当然のことながら上弦の文字と数字はない。
こんなにも綺麗な瞳なら、欲しがる人間が居ても不思議じゃないし、事あるごとにかつての鬼の始祖に捧げようとしたのも頷ける。
「あかざどのー?」
黙ったままじっと自分を見つめる猗窩座に思うことがあったのか、童磨がひらひらと手を振った。
「大丈夫?のぼせちゃった??」
やっぱ日差し強いしねぇとぼやく童磨に、確かにお前の瞳にのぼせていたとは幾らなんでも言えない猗窩座は適当に言葉を濁してごまかす。
と、その時係員が来て安全バーが確実に下りているかを確認しにやってきて、一通りのチェックが終わり操縦室へと入っていく。
「おっ、動くね」
「しっかりとお前の間抜け面を見届けてやるからな?」
「ふふ、期待してるよ猗窩座殿♡」
そうしてガタンと音がし、ひときわ機体が浮遊すれば徐々に回転速度は早まっていく。
「ちょ、ちょー!これ、思ってたよりこわ…わーーーっ!」
隣で童磨の余裕のない叫び声が聞こえてきたためチャンスと思いそちらを見ようとする猗窩座だが、彼もそれどころではない。
正直、ほどほどの絶叫度だという肩書だが腐っても絶叫系。
童磨にああいった手前猗窩座は悲鳴をこらえていたが、ほぼ垂直に傾いて一気に落とされる感覚は味わったことのない経験だった。
「~っ!…~~っ!!」
「でもなんかっ、楽しいねー!あかざどのー!」
生き生きと自分を呼ぶ叫び声に、どうにか顔を横に向けると、一瞬だが楽しくて楽しくて仕方がないと言わんばかりの童磨がいた。
「っああ、あー!?」
返事をするつもりだったが思わず叫んでしまったのはわざとだと、後に猗窩座は供述している。
長いようで短い時間、回り続けていた機体は勢いを徐々にひそめていく。
「ねえねえ猗窩座殿、俺の間抜け面しっかり拝んでくれたかい?」
「…」
分かっていてそうニヤニヤとしながら隣からつんのこをしてくる童磨に、猗窩座はすん顔をするしかなかった。
「ふふ、まだまだ挽回するチャンスはあるんだから。そんな、すんって顔しないでよ猗窩座殿?」
「…ふん」
有言実行ができなかった悔しさからそっぽを向くしかない猗窩座に童磨は笑いながら安全バーを外そうとして軽く下に引き寄せた。
「へ?」
その時不意に間の抜けた小さな声が童磨から漏れる。
「う、そ?え、ホントに…?」
心底驚いているという独りごとに、流石に気になってそちらを見ると、あかざどの…とひきつった笑いを浮かべている童磨がいた。
「?どうした?」
取り澄ましたいつもの顔とは確かに違う。だが、明らかに様子がおかしいため猗窩座が声をかけると、童磨は恐る恐る安全バーを指さしながらこう言った。

「安全バー…完全に下りてなかったみたい」
「は?」
「いや、あのね? 今降りるために安全バーを上げようとして一回下げたんだけどさぁ…」

そう説明しながら安全バーを持ち上げようとするも、うんともすんとも動かない。
つまりはそういうことだった。

「…」
「あはは、はは、一気に涼しくなった、ねぇ…?」

乾いた笑いを漏らす童磨に対し、猗窩座もかける言葉を失う。真冬以上の涼しさが二人の背筋を駆け抜けていった。

「メシ、食いに行くか?」
「うん、そうしよっか…」

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