ランチタイム
微妙な空気を払拭するために、丁度昼時になったため猗窩座と童磨は中腹から少し急な斜面を下って麓へと戻っていく。
丁度いい具合にばらけて設営されている園内の飲食店はジャンクフード、スナック系、洋食系などバリエーションもそこそこあり、どこもかしこもそれなりの人で溢れていた。
「何が食いたい?」
「んーっとね…」
流石にこの広い園内に、一つのフードコートとして固まっているわけではないので、カバンの中に無造作に突っ込んでいたパンフレットを広げながら猗窩座は童磨に尋ねる。
太陽が一番上に上る時間帯なのもあり、流石に暑さに耐えられなくなった二人は少しだけ人通りの少ない木陰に避難しながら身を寄せ合うように並んでいた。
真剣に悩んでいる童磨の顔を猗窩座はちらりと盗み見ながら思う。
(コイツはこんな外見だがカトラリーを使わない料理の食べ方は意外に下手だったんだよなぁ)
思わず”昔”を思い出して遠い目になる猗窩座だが、ふと”今”の童磨とそういったものを食べていないなと自覚する。
(いや、今はさすがにあんな食い方は…)
しないはずだと考えるが、そこにふとフランクフルトや綿あめを食べ歩いている親子連れが猗窩座の視界に入る。
「…」
フランクフルトをほおばっているのはいかにもやんちゃな子供だった。だが、もし今の童磨が未だに食べ方が下手だとしてと仮定して、フランクフルトをほおばったらどうなるかを想像しかけたとき、よし!決めた!!という明るい声が隣から聞こえてきた。
「猗窩座殿! 俺、ここがいい!」
「黙れ」
「えええ!!?急に何!?!?」
いい具合に働きかけたインスピレーションを他でもない当人がぶち壊したことに理不尽だとは分かっていても一言言わずにはいられなかった。
「猗窩座殿~、俺何かしたかい?」
「行くぞ」
「無視!?ねえ、猗窩座殿ってばぁ~」
情けなく太眉を下げてすたすたと歩いて行こうとする自分の後をついてくる童磨の顔を、今だけは罪悪感で猗窩座は見ることができなかった。
二人がやってきたのは、キッズパークとカフェを併設した屋内施設であり、ピザやパスタ、パンケーキなどのメニューが充実している。
入り口近くの席が丁度空いていたのでそこに座ると、童磨はえーっと…と言いながらメニューを開く。
カフェスペースは全体的に木の温もりを生かしたホッとするようなデザインで、周りからは無邪気な子供の笑い声と、澄んだ楽器の音が聞こえてくる。
客層は家族連れが多かったが、女性同士、男女入り混じったグループの他に自分たち以外にも男性同士で来ている者もそれなりにいたので、特に自分たちは浮くことはなくこの場に溶け込んでいるのだろうかと猗窩座は思った。
”昔”と違って限られた時間での生。悠久の時の中を、目の前の男を理解しようとしないままに終わった前の生。
何の因果か、鬼の頃の記憶を所持したまま人に生れ落ち、再会した童磨も同じように記憶を所持していた。これが奇跡ではないなら何だというのだろう。
今は同性同士でも、パートナーシップ制度を使えば共に一緒にいられる。同性同士で子供を望む場合、まだまだ法整備は整っていないけど、自分も童磨もそれは特に望んではいない。
(何を考えている)
こんな時に、こんな場所で思い浮かべるにふさわしくない考えに猗窩座は軽く首を振る。
人として生きることは、個を殺して生きることでは決してない。童磨に想いを打ち明けて、同棲を持ちかけた時点で、鬼として生きていた頃とは違う生き辛さに晒される覚悟はとっくにしていたはずだ。
「あかざどの?」
「ん? 決まったのか?」
今考えていたことをおくびに出さず、向かいに座る童磨に声をかける。
「あ、うん、トマトとプロシュートの冷製パスタとチョコバナナのパンケーキがいいな」
「え?」
「え?」
望みどおりに食べたいものを伝えたところ、意外そうな声を上げられたので童磨もつられて声を上げる。
「え?何かまずかったかい?」
「いや、そうじゃなくてお前、それだけでいいのか?」
恐る恐る猗窩座は尋ねる。
平素の童磨の食欲からすればあり得ないほど少ない。本来ならばその他にもピザ2枚やパフェやソフトクリームなども付随して注文するはずなのに。
「暑さで食欲が減退したか…?」
鬼の身では言わずもがな、人の身体でも体調如何によっては不調をきたすほどの気温と日差しの中、長時間歩き回っていたのだ。帽子をかぶり水分補給を怠っていなかったとはいえ、髪や肌の色素が薄い童磨にとっては思っていた以上に負担だったのかもしれない。
「違うよぉ」
そんな猗窩座の心配する様子を受け止めた童磨はへにゃりと太い眉を下げて笑う。
「っ…」
いつぞやの人を喰ったかのようなどこか歪な笑い方ではない。心の底から嬉しさを表現する笑みに、猗窩座の心臓がとくりと高鳴った。
「あのね、俺、今凄い胸がいっぱいなんだぁ」
まるで大事なものを包み込むような手つきで、心臓の部分に両手を持って行く童磨は、サングラス越しからでも判るほどに柔らかく蕩けさせた虹色の瞳をまっすぐ猗窩座に向けた。
「猗窩座殿と一緒に、こんな風に過ごすことができて、嬉しくて嬉しくてたまらないんだぁ」
だからその分あまりお腹が空かなくって…と笑う童磨に、思わず猗窩座は胸を押さえて呻きながら、ゴガンと物凄い音を立ててテーブルに倒れ込んだ。
「え!? 猗窩座殿こそ大丈夫かい?!?!」
突然の猗窩座の異変に瞬時に焦りの表情に切り替わったのは、まだまだ”昔”の感情が希薄な頃の名残なのかもしれないが、心から猗窩座を心配する気持ちは本物である。
それがありありと伝わってきたからこそ、愛しさとその他諸々を抑えきれずにキャパオーバーしてしまい、結果、猗窩座は尊みのあまり突っ伏してしまったのだ。
「だ、いじょうぶだ…」
もう決めた。今決めた。改めて決めた。俺はコイツを絶対に幸せにする。今生だけじゃない、
来世・来来世・来来来世もだ。コイツの返事なんざ待たんし聞かん。もうお前は俺のものだ。
テーブルの上に頭を乗せたままサムズアップする猗窩座とそれを本気で心配する童磨。
ちなみに様子を目撃していた一般人の中にも、猗窩座と同じように胸を押さえて「尊みの極み…!」とうずくまる者や「守りたいあの二人…!」と妙に凛々しい笑顔でサムズアップする者が多数いたとかいなかったとか。
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