ソフトクリームと男心
「美味しかったねぇ♪」
「そうだな」
凍れる時の秘法を発動させたり、愛と平和という名の絨毛爆撃をかましたりしつつも、場外市場での買い物をあらかた終えた二人は、とある寿司屋で昼食をとった。
この店は寿司をはじめとした海鮮料理や一品料理も豊富にあり、海鮮丼や汁物、刺身の盛り合わせの他、ソウルフードの一つである芋持ちやホクホク系ジャガイモの代名詞とされている”黄金男爵”の名で呼ばれているフライドポテトなどなど、美味しいものがより取り見取りにある。
そんな中で童磨がいたく気に入ったのが、刺身と野菜が色とりどりにふんだんにトッピングされている海鮮サラダだ。野菜と海鮮がたくさん摂れて満足感が凄いと感激してる童磨にならい、試しに一口拝借すると確かにその通りで猗窩座も即座に注文して平らげた。その他にも天ぷらの盛り合わせや芋餅、いくらや活タコの唐揚げなども頼んだが、すべて二人の胃袋の中だ。
デザートには高級メロンがあったが、猗窩座と童磨はどちらかというと果物よりもアイスが食べたい気分だったため、G00gle先生にコンビニの場所を伺ったところ、ここから歩いて五分ほどにある地元チェーン店に立ち寄ってみることにしたのである。
活気に満ち溢れている場外市場から中央卸売市場沿いに歩いていくにつれ、閑静な雰囲気に変わっていく。
「あ、猗窩座殿ここじゃない?」
そんな中でもひときわ目立つオレンジと白を基調とした色合いに、某青い鳥のSNSを彷彿とさせるような鳥のマークを象った看板の店舗を見つけた童磨の声がわかりやすく弾んだ。
「何にしようかなー」
そう言いながら、待ちきれないといわんばかりに駆け出していく童磨にやれやれと苦笑いをしながらその後姿を猗窩座はゆっくり追っていく。
コンビニの間取りは大体同じであるが、入ってすぐのところに地元ではあまり見かけないスイーツの山がある。
しかし童磨は脇目も振らずにアイスコーナーに掛けていく。いつもの彼なら目を輝かせるのになぁと二度目の苦笑を漏らしながら、猗窩座は童磨の後をついて目的のコーナーへと進んでいく。
「ねえねえ猗窩座どの」
こっちこっちとあまりにも無邪気に手招きする童磨に、何だどうした?と猗窩座は近づく。いつもなら「何だい何だい? どうしたんだい?」と訪ねてくるのは彼の方なのに。
そんな真逆の童磨も新鮮で控えめに言って可愛いというホワホワした気持ちを抱えながら、猗窩座はケースの中を覗き見た。
「これ、美味しそうだよねぇ?」
アイスケース越しに指を指した先には、メロンソフトとハスカップソフトの二つのアイスがあった。
「このコンビニ限定かなぁ? 地元じゃ見かけないよね」
「だよな」
よく見るとメロンとハスカップ以外にもバニラ、チョコレート、ミントなどの種類が置かれており、さらにはバニラとこれらのフレーバーをミックスさせた物もある。
値段は199円と割と手ごろであり、躊躇するような額ではない。
「猗窩座殿はどっちがいい?」
「俺はハスカップにしておく」
「りょーかい☆」
じゃあ俺はメロンだねとショーケースを開けてメロンソフトを手にした童磨の後から猗窩座もハスカップソフトを手に取った。
レジに向かう途中、やはり彼らの地元ではなかなか見かけないスイーツやおにぎりなどがあり童磨は目を輝かせていたが、車の中に今晩から明日にかけて調理する食材や果物を買い込んでいたので、心なしかしょんぼりとした顔をしている。
そんな彼を見ながら、ここにいる間はいつでも来れるだろうと苦笑交じりに慰めると、そうだよな! とさくっと立ち直るものだから、あまりの単純さに猗窩座はついに吹き出した。
「むぅ、なぜ笑うんだい?」
ぷくーっとほほを膨らませる童磨に、気にするなとだけ伝えて会計を終えた猗窩座はビニール袋に入れられたソフトクリームを受け取り店を出る。
少しだけ釈然としない思いを抱えながらも、目当ての物を食べることが先決だと童磨は猗窩座の隣に並んでともにコンビニを出た。
まだまだ残暑も厳しいため、彼らはコンビニが入っているビルの日陰に移動してソフトクリームを開けていく。
「あかない…」
「貸してみろ」
開けるには少々コツがいる蓋を難なく開けた猗窩座はメロンソフトを童磨に手渡す。
「ありがとう猗窩座殿」
礼を言いながら待ちに待ったメロンソフトを食べ始める童磨の横で猗窩座も自分の分のハスカップソフトのふたを開けると、若干固いソフトクリームにかぶりついた。
冷たさは感じたものの何の問題もなく、シリアルバーを食すように1/3は猗窩座の口内に消えていったハスカップアイスを見た童磨は、あー! と声を上げる。
「猗窩座殿食べるの早すぎるぜ! 俺も食べたいのに!」
「お前の食い方がどんくさいだけだろうが」
猗窩座の食べ方は豪快なのに対し、童磨の食べ方は律儀にきちんと舐めながら食べる。”昔”の食べ方はこいつの方が割と豪快だったのになぁと思い出したがそれはどっちもどっちだということで片づけた猗窩座は、ピーピーと喚く童磨を黙らせるために、ホラと2/3の量を残しているハスカップソフトを差し出した。
「食え」
「ありがとう」
するとたちまちニカーッと笑う姿に、今泣いた烏がなんとやらだなと考えていた猗窩座の前で、童磨は空いている手で髪をかき上げながられろりと舌を出した。
そのまま前のめりになって猗窩座の差し出すハスカップソフトを軽く目を細めて舐めあげていくその仕草にもちろん他意はない、が。
「っ…!」
ハスカップソフトの匂いに微かに混じる童磨の香りと表情に否が応にも毎晩の営みの記憶が猗窩座の脳裏に思い浮かぶ。
「ん、こっちもおいしいね」
どこか舌足らずな声とその言葉に猗窩座は煩悩を吹き飛ばす意味と、本当に他意はないが自分を煽る童磨に対しての意趣返し的な意味で、彼の手に持っているメロンソフトを自分の方に引き寄せた。
「へっ? あーーーー!!」
いきなりメロンソフトを持った手を引き寄せられて何事かと顔を上げた童磨の目の前では、無情にも半分以上食べられてしまったメロンソフトの姿があった。
「いきなり何をするんだい猗窩座殿!? 俺まだ半分も食べてないのに」
再びピーピーと喚く童磨に対し、猗窩座はいたたまれなさをかき消すようにハスカップソフトのシュガーコーンをバリバリかじっていく。
あまりにお前がエロすぎるのが悪いというのは理不尽すぎるため流石に言えない。そのため隣でひどいひどいと喚く童磨を無言のままスルーするしかない。
「むぅうううううう~」
視界の端でほっぺたをハムスターのように膨らませている童磨が目に入る。だから何だってお前はそう可愛いんだ!? エロいし可愛いし綺麗だしいい匂いもするし料理上手だしもう何なんだお前結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚と思考がバグった猗窩座の耳に鋭い声が入る。
「もう猗窩座殿なんか知らないから!」
「え、はっ? おい!」
食べ物の恨みは実に恐ろしいとはよく言ったものだ。今の今まで隣や後ろ、前を歩いていたとしても振り返って満面の笑みをこちらに向けていた童磨が、自分に一瞥もしないまま置いて行こうとするのだから。
「ま、待て!! 俺が悪かったから行くな!!」
ここは意地を張って誤魔化す場面じゃないと、前世からの記憶の継承により判断した猗窩座は、珍しくへそを曲げてずんずんと先行く童磨に謝罪を投げかける。ぴたりと足を止めた童磨を確認した後、ちょっとだけ待っていろと言い置き、先ほど立ち寄ったコンビニで再度メロンソフトとハスカップソフト、そして彼が好きそうなコンビニスイーツを見繕って購入するため駆け込んだ。
外を見ると先を歩いていたはずの童磨が入り口で立っているのが見える。
––…ああもう本当に…。
先ほど二人連れで買い物に来た人物の片割れが再び訪れて、全く同じ品物と追加でスイーツを購入した自分を、目の前の店員はさぞかし不思議に、もしくは滑稽に思うだろうか。
しかしそんな風に思われても構わないほど自分は童磨に惚れているのだと、そんな存在に出会えたこと心から感謝しているのだ。
「待たせたな」
「ううん」
会計を済ませ、自動ドアを開けた先に立っている童磨に、ビニール袋をずい、と差し出す。
「開けるか?」
「今はいいや。せっかくだからホテルに戻ってから食べてもいい?」
食べ物のことでへそを曲げたことで少しばつが悪そうに笑う童磨の提案に、ああ、それがいいなと頷いた猗窩座は二つのアイスをしまい直し、童磨の指先を取って絡めるように繋いだ。
それに気が付いた童磨が一瞬虹色の瞳を大きく見開くが、やがて花が開くように笑いながら、捉えられたすらりとした指先を更に猗窩座の指に絡めて共に歩いて行った。
***
「で…」
場外市場からほど近い、この政令指定都市有数の繁華街にあるコンセプトマンション型ホテルに着いた童磨は、買い込んだ食材を備え付けられている冷蔵庫にしまいながら猗窩座に尋ねる。
「なんでいきなりあんなことしたんだい?」
「うっ゛…」
にっこりと擬音が付くほど笑う童磨に、荷ほどきをしていた猗窩座が思わず固まる。同じものと詫び品を買っても理由を話さなければ、自分とて到底納得はしない。なので童磨のその疑問は甘んじて受け止めて答えることにした。
「お前が…っ! あんな風に食うから」
「あんな風?」
しかし実際に口に出そうとすれば恥ずかしさが付いて回る。いくら恋人とは言えども普通にソフトクリームを無邪気に食べていたのに、勝手に不埒なことに脳内変換してしまったのを白状させられるのは苦行中の苦行だ。
「ソフトクリームを! あんな風に色っぽく食う奴が!! どこにいるんだ!!!」
だがしかし乗りかかった泥船だ。死なばもろともと半ばやけくそ気味に叫ぶ猗窩座に対し、童磨はキョトンとした顔のままだ。
…おい、何か言え、言ってくれくださいという猗窩座の心の叫びは無情にも童磨には中途半端に伝わった。
「え、あー、なるほど! つまり猗窩座殿は俺がソフトクリームを食べている姿に欲じょ「皆まで言わんでいい!!」」
アジアンスタイルの家具や調度品が品よく設置されている広々としたワンルームの間取りのホテルは、トイレや風呂が独立型だけではなく、洗濯機やシステムキッチンはもちろんウォークインクローゼットも備え付けられている。そのウォークインクローゼットの中に、図星を突かれた猗窩座がバターンと荷物と共に立てこもってしまったのを、最初は呆気に取られていたが、やがてやれやれと肩をすくめながら童磨は眉を下げて笑った。
ただ単にソフトクリームを食べてただけで、これっぽっちもそんなつもりはなかった。でもそんな風に勘違いして空回りして(それでも楽しみにしていたソフトクリームを勝手に食べられたのはちょっぴり不愉快だったけど)、仲直りするためにもう一度ソフトクリームと気になっていたスイーツを買ってくれた行動は純粋に嬉しいしホワホワする。
「恥ずかしい、のかなぁ?」
ソフトクリームと猗窩座殿のソレじゃ味も硬さも想い入れる感情も全然違うのに。
やっぱり猗窩座殿は面白くて可愛いなぁ。
「ねー、猗窩座どのー。気が済んだら出てきてよねー?」
無言は肯定と受け止めて童磨は、ホテルで借りることができた調理器具と共に、今晩使う食材をシンクの上に置き準備を整えていく。
昼間にしっかり、つい先ほどアイスを食べたから今の時点ではあまりお腹は空いていない。
でも…。
「俺はもう、しっかり腹を括ったんだからな♪」
この数時間後に確実にお腹が空くことになるのを見据えた童磨はぽそりとそう呟くと、買ったばかりの野菜を洗いつつフライパンを温めながら、ちゃちゃっと作れる料理に取り掛かり始めた。
更なるコソコソ猗窩童おまけ話(没にした展開)
(座殿がごまかすようにメロンソフトを半分以上食べちゃってどまちゃんが抗議をするところから)
「っ、お前が…っ!」
あまりにエロすぎるのが悪いと切って捨てるのは流石に言いがかりも甚だしい。しかし暑さのせいではなく顔を赤くする猗窩座を見て、悲しげに喚いていた童磨の表情が事情を察したのか、たちまちニマニマとしたものへと変化するのを見た猗窩座はクソっ、と悪態を吐く。
「そうかそうか、それは俺が悪かったな」
「ああ、全部お前が悪い」
この際だからもう開き直ってしまえと言わんばかりに猗窩座もその挑発に受けて立つ。そんな恋人の返しに童磨はやっぱり猗窩座殿は可愛いなぁと思いながら、煽るように猗窩座の持つハスカップソフトクリームを一度深くくわえ込んだ。
「っ…!」
「どうやったら機嫌を直してくれるんだい?」
少しかがんだまま目だけで猗窩座を見上げると、そのまま髪をつかんで顔を持ち上げられる。向日葵色の瞳に情欲の色が灯っているのを認めた童磨の腰から背中にかけてぞくっと甘い痺れが走っていく。
「決まってるだろ?」
────…好きなだけ口直しさせろ。
そうすれば機嫌を直してやってもいいとニィ、と笑う猗窩座にそのまま噛みつくように口づけられる。
「ふ、ぅ、んんっ…」
メロンとハスカップの甘ったるくも激しい口づけに、徐々に力が抜けていく童磨の手のひらからは、カップに入ったままの手つかずのシュガーコーンがするりと落ちていった。
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