月見とパイとその比率
「んんー♪ おいひい♡」
赤地の看板に黄色いマークが目印で黒と茶色と白がメインの外観の超有名なハンバーガーチェーンにて。
窓際の席をキープした猗窩座と童磨は、毎年秋ごろに発売される月見を模したハンバーガーとパイとシェイク、その他諸々を注文して、今回の目的地に着く前に腹ごしらえをしていた。
ちなみに今回の旅程は、夏に訪れた北海道の政令指定都市よりも南寄りの”奥座敷”と呼ばれる温泉街に立ち寄ってから、更に南下してあげいもで有名な峠の茶屋を越える道中にある紅葉見物をして、”幸せになりましょう”で有名な遊園地へ再来する予定だ。宿泊先は前回童磨が買い付けてあるコンドミニアムがあるからいつ訪れても問題はない。
そのため彼らは、温泉街から峠、そしてかの高原地帯を結ぶ国道230号線に建つハンバーガーチェーン店を選んだ。奥座敷から高原地帯までは高速道路も抜け道もない一般道に続くこの国道は、紅葉のシーズンになると行きも帰りもとてつもなく混み合う。平素ならばこの都市の中心部から奥座敷に当たる温泉街まで順当に行けば大体45分ほどで着くのだが、渋滞に巻き込まれれば1時間以上は余裕でかかってしまうのだ。
しかしテイクアウトをして車の中で食べる選択肢は取らなかった。今回は最初から長期スパンでレンタカーを借りたので、出来るだけ綺麗な状態で使いたいという童磨の意向を組んでのことだ。
というのは建前で。
「相変わらず美味そうに食うなお前は」
「だっておいしいんだもん♪」
いかにも幸せですと言った顔で濃厚なチーズをふんだんに使った月に見立てたハンバーガーにかぶりつく童磨の顔を見ながら、猗窩座は一緒に注文した10ピースのナゲットにマスタードをつけながら口の中に放り込む。
真正面で、幸せそうな顔をして、月見チーズバーガーをほおばる嫁。
(可愛すぎるだろ)
そんな童磨をじっと見つめるのもよし、ちらりと見つめるのもよし、とにかく余すところなく見つめられるのはこうして向かいに座った時だ。車の中で隣り合って座っているとこうはいかない。
幸せオーラに当てられてずずっと吸い上げた月見シェイクが更に甘く感じるも、ゆず七味マヨが効いたシャカシャカポテトも抜かりなく注文したので、なんの憂いもない。
現在の時刻は昼食には若干早い。そもそも今日は平日であるため車通りもそれほど多くはないので順当に本日の目的地である温泉街には辿り着く。
夏に訪れた際はおおよそ一週間ほど滞在して英気を養い、その後東京に戻った。その間猗窩座はバイトと部活漬けの日々を送り、童磨もちょっとだけ寂しそうな顔をしていたが、全てはこの旅行のためだ。いずれ夏の旅行の礼参りとして自分から童磨にサプライズをするのだという目標を胸に秘めていた猗窩座の行動は周到だった。必修科目の単位を出来る限り稼ぎ、部活にも精を出しキチンとアルバイトもこなす。その甲斐あってか、北海道の紅葉が見ごろの時期に三日間の平日連休を捻出することができ、更には割安で飛行機のチケットや奥座敷にあるホテルの穴場プランも予約できた。
十月のこの日に旅行するからなと予約した飛行機のチケットのQRコードを見せながら告げると、流石に驚きの表情を見せたが、すぐに嬉しそうにニカーッと笑い、嬉しい! ありがとう猗窩座殿!と思いっきり抱き着かれて軽くよろめいてしまったが、そのままの勢いで抱き潰したのは記憶に新しい。
(来てよかった)
それでもわざわざ北の大地に来て、全国展開をしているハンバーガーを食べるのはどうかとは思う。だがその街の名品を三食食べるのも中々骨が折れるし、そんな決まりもない。それに地元で食べるのと旅行先で食べるのとでは色々と味わいも趣も違うものだと猗窩座は考えているので全く持って不満はない。童磨も大体同じ考えで、食材に関してはこだわるものの、食べたい物であれば地域問わずに食べる派なので全く持って問題はない。
「…それにしても」
「ん?」
すでにハンバーガーを平らげ、シャカシャカポテトも半分以上平らげ、更にはナゲットとサラダも胃の中に納まり、あんこと餅が美味なパイとシェイクを交互に口にしている童磨を見ながら猗窩座は口を開く。
「相変わらずお前は良く食うよなぁ」
「え? そうかな~?」
”昔”に比べれば少食だよぉとカラカラ笑う童磨に、そりゃ俺だってそうだと猗窩座は一気に残りのシェイクをすすり上げた。
「その割には”昔”に比べてヒョロっとしてるし…一体どこに栄養が行ってんだか」
そろそろ二口ほどで無くなりそうになったナゲットとポテトを口の中に放り込みながら猗窩座は、えーっと心外そうな声を上げる童磨をまじまじと正面からつぶさに観察するように眺めていく。
人ならざる存在だった頃の童磨は上背も高ければ身体つきも良く、それがかつての猗窩座にとって腹立だしい一因でもあった。だがよくよく思い返してみると、その身体つきは逞しさよりも艶めかしさが際立っていたように思える。さもなくばこぞってかつて彼を教祖としてあがめ立てていた信者共が引きも切らずその肉体に溺れるはずもない。
「…あ」
何かに思い至ったような猗窩座の声に、あんこ餅のパイを食べ終えた童磨が小首をかしげる。
「ん? どうしたんだい、あかざ…」
ぱふっ
殿、という敬称は声にならず呑み込まれ、変わりに音なき音が胸から聞こえたような気がした。椅子から腰を少し浮かせたかと思うと猗窩座の腕が不意に伸び、自身の胸に置かれたからだと一拍置いて童磨は気づく。
呆然とする彼を余所に、何度も何度も確認するように左右均等に両手でぱふんぱふんと叩いていた猗窩座は、ややあって合点のいった表情を見せる。
「ふむ、なるほど」
「いや、何が!? 何がなるほどなの!?」
平日の店内で奥まった席に座っていたため自分たち以外の客は見えないのが不幸中の幸いだった。いや、もしかして確信的に行ったのか?
、”昔”と比べて明らかに脈絡もない行動を取るようになった猗窩座に対し、一瞬考えることを放棄していた童磨はようやく正気を取り戻したものの、混乱のまま声を上げざるを得なかった。
「お前の栄養は、全部”ここ”に行っているのだな」
明らかにこないだよりも育っていると告げ、ニィ、と笑いながら猗窩座は置いた手で軽く胸をもみ込む。バイトや部活などで日が空くことはあっても、夜毎猗窩座に抱かれる身は甘い疼きを呼び起こしてしまう。
「~~~っ! 馬鹿ッ、猗窩座殿の馬鹿っ!」
育ちの良さに加え、誰よりも大らかで人の感情を受け入れてきた童磨にとって、罵り方のレパートリーは明らかに少ない。精いっぱいの語彙力を駆使して詰ろうとする恋人が猗窩座にとっては可愛くてたまらない。それでも無体を働いた恋人の腕をぺしんと軽く叩き落とすだけに留めたのは惚れた弱みがあってのことだろう。そういうところが俺をつけあがらせるのだと楽しそうに目を細める猗窩座の前で、どうしようもなく顔が熱くなっているのを誤魔化すように、すでに温くなりはじめている残りのシェイクを一気に童磨は一気に呑み込んだ。
そんな彼を見つめつつ清々しいほどの笑みを浮かべた猗窩座は、今夜宿泊する宿を思い切って室内風呂付にして良かったと、これから訪れる確定した時間に想いを馳せていくのだった。
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