キューティープリティーラブリーライフ

お前が俺の側にいる。
”昔”は虫唾と嫌悪感しか走らなかった距離に、今は何の違和感もなく。

「ねえねえ猗窩座殿」
「なんだ?」

柔らかく優しい声。ずっと”昔”から聞いていて、耳にするたび怖気が走っていたのに、今はこんなにも温かく染み渡る。

「お昼何がいい?」
「あ、そうかもうそんな時間か」

俺を抱きしめていた腕を離し、よいせっとベッドから起き上がるこいつの身体に散らばるのは、散々貪り尽くした俺のものだという所有印や噛み跡で。

「いや待て。お前は寝てろ」
「えーっ、大丈夫だよぉ。猗窩座殿、最近色々忙しかっただろ? 久しぶりだからすごいたまって」
「言うな馬鹿」

ぺしんっと頭を叩いて明け透けなこいつの口を黙らせる。ひどいぜ猗窩座殿と、太い眉毛を少しだけ下げて笑う白橡色の髪を持つ色男をベッドの中へと押し戻す。

「俺が作るから寝てろ。使ったらまずい材料はあるか?」
「うーん…特にないけど…」

むぅ、と唇を尖らせて納得がいかない幼子のような顔をする恋人の唇に触れるだけのキスを送る。
「俺がそうしたいって言ってるんだからそうさせろ」
ぺろりと唇を舐めながらそう告げてやれば、ほんのりと顔を赤く染めながら、うん…と蚊の鳴くような声で童磨は頷く。

今の俺は。
こいつのことが可愛くて大好きでたまらない。
一周回って自分でもどうにもならないくらいの想いが迸っているのが止められない。

”昔”の俺は、何も守れなかった過去に蓋をして、弱者である己を認められずにいた。
そして無名の鬼から下剋上を果たし、序列を抜かされた上弦の弐であるあいつに勝手な思い込みを抱き、忌み嫌っていた。

うさん臭い宗教団体の教祖をしているだけのこいつが。
苦労など何もしたことのないくせに。
感情をなぞって分かっているふりをして、どの口が皆と仲良くなりたい、俺を一番の友人だとのたまうのかと。

改めて考えてみれば、言いがかり以外の何物でもない。
それでもあいつは、俺にいくら頭を吹き飛ばされようとも瞬時に再生させて絡んできたし、正直ノイローゼになるかと思う程に脳内会話を交わしてきた。

あの時は心底うざったくてあの方に制限をかけてもらったが、それだって俺が言葉を重ねる手間を惜しんだ結果に過ぎない。

あいつは賢いと自負しているだけあって、きちんと言われたことは納得し、望むとおりに振る舞うことができる。

そう言えば黒死牟に窘められた際も、きちんと納得していたなと思い返しながら、俺は冷蔵庫をがぱりと開ける。

今日は寒いから、なるべく身体が暖まるものがいい。
それでいてすぐに食べられるものが望ましい。
冷蔵庫の中はしっかり整理整頓されており、ジップロックに詰められた野菜には賞味期限が書かれている。

あいつ、本当にこだわるところにはこだわるなとふ、と笑顔が自然に漏れる。

取り出した材料は、キャベツ、ニンジン、冷凍のコーン、長ネギ、ささみ肉と味噌と醤油と塩の袋麺。

野菜と肉が入った煮込みラーメンを作ることに決めた俺は、とりあえず籠に野菜を入れて洗っていく。

と、そう言えば上半身はまだ裸のままだったな。シャツを着るまでもないし、どうせなら童磨のエプロンを借りることにするか。

シンプルな黒デニム生地のエプロンは、俺よりも少しデカい上、ふわりとあいつのいい匂いが香る。

「…どうま…」

なんだかあいつの両腕に包まれているような錯覚に陥る。
本当にあいつ、何だってあんなに顔も綺麗な上、胸も柔らかいし温かいし包容力がありまくるんだ可愛い。

「ん? 呼んだ?」
「いいいいいいや、よよ呼んでないが!?!?」

くんかくんかとあいつの残り香を嗅ぎながら野菜を切っていたら、いきなり呼ばれて飛び上がった。
おい、お前、地獄耳が過ぎるだろ! それとも何か? 俺、そんな馬鹿でかい声で名前を呼んでたのか!?

「あ、それ俺のエプロン」
「おう、借りてるぞ」
「いいけど…俺、何つければいいのかな?」

ん?

「猗窩座殿の借りてもいいけど、ぱっつんぱっつんになるからなぁ」

悪かったな小さくて。というかお前が”昔”も今もデカいんだ。くそう。

じゃなくて!

「俺、飯作るって言ったよな?」
「うん、言ってたね。でもさ…、一緒にやった方が効率良いし、猗窩座殿と一緒にお昼ご飯作りたいなぁって」

ダメかな?と、ただでさえあどけない可愛い顔で、きゅるんとした虹色の瞳で見つめてくる此奴を無下にできる奴がいたらお目にかかりたい。というか上背が俺よりあるくせに上目遣いで見つめてくるってどういうことだクソ可愛い。

そう言えば”昔”もこいつは効率を重視していたよな。当時の俺からすれば余計な世話でしかないが口幅ったく女を喰えば強くなれるとも言っていた。
女は喰えないとも殺せないともあの頃の俺は言わず、その口を閉じさせようと手を上げ続けていたが、今なら純粋なアドバイスだったんだなと思えるのだから、どれだけ俺の目が塞がれていたのかを思い知らされる。

「猗窩座殿ー?」

だから、その背をかがめて両腕で胸を挟みながら見上げてくるの止めてくれ色々滾るからもうホント何なんだお前の可愛さは!!

「し、仕方がないな、お前がそこまで言うなら一緒に作らせてやらんでもない」
「ふふ♪ ありがとう猗窩座殿♡」

ちゅ、っと俺の頬にキスを一つ落としてから、シャツだけを羽織ったまま隣にある冷蔵庫の野菜室の扉を開ける童磨。あああああ俺の嫁が今日も尊くて可愛いです本当にありがとうございます!!!と、心の中で思う存分感謝のシャウトをしながら、俺は途中だった作業を再開した。

「ねえねえ猗窩座殿ー。梨とブドウとオレンジがあるけど、どれがいいー?」
「しいて言うならお前だな」
「うん、オレンジにするね」
「チッ」

あっさりとスルーされて少しだけ悔し紛れに舌打ちをする。仕方ないだろう、お前があまりにも好きすぎて、休日も相まって頭が緩々になってるんだ。
「はい、猗窩座殿」
あーんしてと、皮をそぎ落とした(カルチェ?とかいう切り方らしい)オレンジを一切れ俺の唇へと突き付けてくる。
もうこいつは息をしているだけで可愛いし尊いし、一生俺が幸せにしてやる存在だということを改めて実感しながら、すらっとした指ごとオレンジを喰ってやった。
「おっとおっと猗窩座殿、俺の指はオレンジじゃあないぜ?」
「ひってる」
はむはむと咀嚼し、指先をペロッと舐めあげてやれば、うぁっという小さな悲鳴を上げて指は引き抜かれた。
「ちょ、いきなり何するんだい!?」
「美味かったから舐めた、それだけだが?」
にやりと、故意に人の悪い笑顔を浮かべれば、俺の童磨は指を押さえながらえぇ―…と言いながら引き攣り笑いを浮かべている。
「うぅん…美味しいならいいんだけど…」
「いいのかよ」
「え、指ってなんやかんやで口に触れるものじゃないか。不味いより美味しいほうが良くない?」
「まあ…確かに」
言われてみればそうだなと俺は納得して、ごった煮になった野菜と鶏肉の鍋の中に麺を入れていく。

「味はどうする?」
「んー、今日は味噌の気分かなー?」
「分かった」
二つの味噌味の袋麺を開けてその中に放り込む。箸でかき混ぜながらほぐれてきたところで火を止めて味噌の粉末を入れた。
「わー! 美味しそう♪ ありがとう猗窩座殿♡」
「大げさだな、手抜き料理だぞ?」
「俺のために作ってくれた猗窩座殿の料理は全部ごちそうだよ?」
「ン゛ン!!」
ああ本当にお前っていう奴は…結婚しろいやする絶対娶るこれ決定事項なうん。

何度か尊死しかけたがどうにか作り終えた料理をテーブルへと運び向かい合って座る。
「あ、言い忘れてたんだが」
「ん?なぁに?」
ホカホカと湯気の立つ煮込みラーメンをよそいながら俺はこの際だからと以前から思っていたことを言おうとするが、湯気の向こうで幸せそうに俺の作った飯を食っている童磨可愛いプライスレスに再び尊死しかけることとなる。
「猗窩座どの?」
「ん゛ん゛…っ、あーそのお前…、ジップロックに食材と賞味期限書いてくれてて助かった…礼を言う」
「どういたしまして―♪ そっちの方が効率がいいからね♡」
何でもないことのように礼を返される。しかしいくら効率がいいとは言えども、食材をいちいちジップロックに入れて賞味期限を書く手間を考えると頭が下がる。
「俺は、お前のそういうところすごいなと思う」
「え…?」
ぽろりと口にした言葉に虹色の瞳がまん丸くなっている。何だどうした可愛い(鳴き声)
「いやな? お前っていつも優しいから、賢いから、効率を重視するからって言ってて、それ全部実行してるだろ? 大した奴だと改めて思ったまでだ」
そう、此奴は”昔”から有言実行を果たしてきた奴だ。やることなすこと気に入らなかった俺はあの頃到底気づけずにはいたのだが、考えなくたってこいつが大した奴だということは知っていたのにな。
ふ、と苦く笑うと、向かいからあかざ殿…と蚊の鳴く声が聞こえてくる。
「? おいどうした? 顔が赤いぞ?」
「~~っ! ああもうそういうところだぜ猗窩座殿!!」
両手で目元を覆いテーブルの上に肘をつき俯く童磨をしばし眺めて、ようやく気づく。何だお前もそういう反応をするんだなと嬉しくなる。
「何がだ? ホントのことだろ? それにお前にもやられてるからな、倍返しだ」
にやにやと笑って言えば、聞き捨てならないと言わんばかりにガバッと童磨が薄紅になった顔を上げた。
「なんだよそれー! 俺、なんも言ってないよ!? それに俺の方が猗窩座殿にやられてるもん!!」
ぷくーっと頬を膨らませながら反論する童磨(可愛い)に、流石にこちらも聞き捨てならないと俺も応戦体制に入る。
「おまっ…! お前こそそういうとこだぞ!? 俺がどれだけお前の一言一言に心臓にバズーカを打ち込まれていると思ってる!!」
「俺、そんな物騒なの猗窩座殿に向けて撃ってないもん! ていうかそんなの持ってすらいないぜ!?」
「いーや撃ってる! というか物理的な意味じゃないぞ!? お前のその無意識で無防備な攻撃を受けるごとに何度俺が鍛練しなおしたと思ってるんだ!? なのにお前は毎回毎回それを上回る攻撃を仕掛けてきおってからに…!!」
「ひ、酷いぜ猗窩座殿…! 俺は猗窩座殿が大好きな気持ちをたくさん伝えているだけなのに…!」
「そんなのは分かってる! というか俺だってお前のことが大好きだ! お前ばっかりが好きだなんて思うなよ!?」
「~~~猗窩座殿のわからずや! でも大好きなんだもんしょうがないじゃないか!!」
「それはどうもありがとうよ!! 俺だってお前のことがたまらなく好きだからな!!!」

果たして、非常にこっ恥ずかしいことを言い合っていたのに気づいたのは、せっかく作った煮込みラーメンが冷めきってしまった頃。

しばし無言になった俺と童磨だが、お互い顔を見合わせて思わず吹き出す。

「ははは、何を言い合ってんだかね俺たち」
「同感だ」
「でも! 俺の方があかざ殿のことが大好きだからね!」
「おまっ…! まだ言うか!! いくらお前でも譲れんぞ! 俺の方が…」

そうして凝りもせず繰り返される、はたから見れば不毛ながらも幸せな言い合い。
今度はカルチェのオレンジが干からびるまで続いた時は流石にお互いあきれ果てたが、やはり幸せだなと噛みしめる他なかった。

ちなみに煮込みラーメンは温めなおし、オレンジは梨とヨーグルトを付け足して今度こそ大人しく完食した。

更に言えば並んで食器を洗っているときも似たようなことで言い争い、気づけばヒートアップして泡塗れになっても勝負は一向につかなかったが、恐らくこれからも付くことはないのだろう。

お前が俺の隣で笑っていて、幸せな声で名前を呼ぶ限り、ずっと────…。

 

 
BGM:Pretty voice(大塚愛)

秋の仕事終わりの散策中に大i塚i愛の初期アルバム聞いてて思い浮かんだ話・第一弾。がっつり歌詞になぞらえて書き散らしています。いい夫婦の日にちなんで座殿がひたすら俺の嫁が可愛いと叫んでいる話にしようとしたら、どまさんも負けじと俺の座殿が可愛いと叫び返し、結果二人のIQが2~3になってしまいました/(^0^)\

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