童磨視点
がこんとそれなりに力を入れてカボチャを半分に切って、角切りにしていく。色々なレシピが頭に浮かんでくる。そぼろ餡掛けにしようかなぁ?天ぷらも捨てがたいから薄切りのものも作っていこう。
そんな風に考えていると、ガスコンロにかけていた鍋が沸騰するのが分かる。いけないいけない!こっちも味見しないと!!
脳はマルチタスクに対応していないので少しでも時間を短縮しようとして直接お玉に出来上がったビーフシチューを入れて味見をしようと口元に持っていくと思いの外熱くて顔をしかめてしまった。あちち、でも味は中々いい感じだな。
その他にも大根をおろしたり鮭をスライスして酢漬けにしたり、色んな料理をタッパーに詰め込んでは大型の冷蔵庫に入れていく。時計をちらりと見るとそろそろ猗窩座殿が帰ってくると言っていた時間に差し掛かっていた。
一緒に住もうと持ち掛けたのは猗窩座殿が大学に入学したタイミングでだ。今生では俺の方が少し早いタイミングで生まれていて大学も卒業していたし、自分にあった働き方を見つけてきちんと生計を立てていた。ちなみに別に怪しいことなんかしなくたって知識さえあればこの世の中は十分に生きていけるお金を稼げる仕組みになっている。お金は汗水たらして稼ぐものであるという考えはまあまあ理解できるけど、貴重な時間や自分自身の気持ちをどぶに捨ててまで執着するものではないというのは、”昔”の記憶と今の知識を掛けわせて導き出された答えだ。だから別に猗窩座殿が転がり込んできても十分に支えられるほどに蓄えはあるし稼げる仕組みも作れるように自分の設定を更新すればいいだけの話だが、根が真面目な猗窩座殿は当然渋りに渋った。
でもそれは”昔”によく見せていた嫌悪感を隠さない表情ではない。地獄に堕ちたとき『俺とお前は親友なんだろう』と言ってくれた言葉の通り、彼は生まれ変わって年の差があっても親友として一緒に俺のそばにいてくれて、いつしか恋人同士になっていた。恋人だから一緒にいたいと思うのも当然だという気持ちも猗窩座殿から教えてもらったんだ。だったら大学生になったタイミングで同棲したっていいじゃないかと俺は思ったのだが、彼からしてみれば『自分の身も確立出来ていないのにお前にこれ以上世話になれるか』ということだった。それでも俺は一緒にいたいと切々と訴えた。かつては自分の生死にすら執着できなかった俺なのに。もう片時たりとも彼と離れたくないという感情に突き動かされていた。俺は大丈夫だから一緒に暮らそうと言う俺に、猗窩座殿はお前が大丈夫でも俺が大丈夫じゃないと話し合いは平行線だった。本当に俺は大丈夫なのに、猗窩座殿が心配するようなことは何もないのにと、必死に言い募った。こんなにも必死になったことなんて”昔”と合わせて長い人生を生きてきた中で生まれて初めてのことだった。最終的には泣き落としになってしまった感が否めないがそれでも猗窩座殿は条件付きで渋々だけど了承してくれた。その条件は在学中四年間、きちんとかかったお金を記録してほしいとのことだった。きちんと出世払いにして返すためだという。俺はそんなこと本当に気にしていないのにと再度言ったけど、それを飲めないなら同棲は無理だときっぱり言われたので不本意ながら記録は付けている。
それでも猗窩座殿は大学生になってからアルバイトを初めて決まったお金を入れてくれた。だから実質かかったお金なんてたかが知れているし返してもらわなくたって生活に支障はない。でもお金が原因で人間関係が破綻してしまって救ってくれと泣いて縋る人たちを知っている身としては、猗窩座殿との関係が破綻する方が嫌だったのできちんと帳簿を付けている。
そんな風に紆余曲折をしながら過ごしてきた同棲してきた四年間。色んな思い出を彼と作ってきた。それより前の記憶も振り返ってみると楽しかったことや嬉しかったことしかない。たまに小さな衝突もしたけれどそれでもすぐに仲直りできた。そうやってずっと俺たちはこれからも過ごして行けるんだなと思いながら、俺は出来上がった数々の材料の仕込みをしたタッパーを重ねながら大型冷蔵庫の中にしまっていった。
全部片付いたタイミングで玄関の扉がガチャガチャと鳴る。猗窩座殿が帰ってきた。そっと俺はキッチンからリビングを突っ切り、廊下まで出迎える。
「童磨、ただいま」
靴を脱ぐ猗窩座殿の今日の装いはリクルートスーツだ。そう、今日は彼が志望していた会社の最終面接の日。
俺は猗窩座殿ならきっと合格すると信じている。そのために猗窩座殿がどんな特性を持っているのか、本当にやりたいことは何なのか、理想とする自分は何なのかについて徹底的にサポートをしてきた。
”昔”の俺はやり方を知らずに間違えていただけだ。人の幸せは他人が決める物じゃない。極楽に行くのも本人が心から望んでいなければ地獄へとなるだけなのをきちんと理解をした上で、この仕事を生業としている。
大丈夫、猗窩座殿ならきっと大丈夫。
「おかえり、猗窩座殿」
俺ははやる気持ちを押さえながら猗窩座殿の報告を待つ。
「…」
無言のまま俯く猗窩座殿。
……もしかして、ダメ、だったのかなぁ。でも大丈夫だよ猗窩座殿。それもまたいい経験となって肥やしになる。どんな経験も記憶も無駄にはならない。だって俺たちは”昔”の記憶を足がかりにして出会って結ばれたんだから。
なんて思っていたら、いきなりがバッと猗窩座殿の顔が上がる。ん?と思っていたら、まるで満開のブーゲンビリアのような笑顔で俺に飛びついてきた。
「内定貰った! やったぞ童磨!!」
「本当かい!? 流石猗窩座殿!! やったね!!」
勢いをつけて飛び込んできた猗窩座殿が俺の両手を撮って小躍りする。そんな彼に嬉しくなって俺も一緒になってぴょんぴょんと飛び上がって喜んだ。
猗窩座殿が嬉しいと俺も嬉しい。こんな風に無邪気に笑う猗窩座殿を見て俺はずっとずっと彼と一緒にいたいと切に思うんだ。
「お前のおかげだ、ありがとうな童磨」
「どういたしまして!」
まっすぐな猗窩座殿お礼を受け止める。でも俺はただ猗窩座殿をサポートしただけで、頑張ったのは他でもない猗窩座殿だ。
全部無駄なのにやり抜く愚かさを”昔”の俺は人間の儚さであり素晴らしさだと思っていた。だけどそれは間違いであることを知識を吸収していくうちに知っていった。自分自身の適正を知ろうともせず、周りの刷り込みを良しとして決められたレールに乗り、自分の本心をひたすら無視して諦めて、そこから外れないことを努力と言うのならそれは正しく時間の無駄だ。
元来素直な性格の猗窩座殿は真剣に俺の意見に耳を傾けて、徹底的に理想の自分にリアリティを持たせることを愚直なまでに実践していった。その結果努力がこうして実ったのは当然の結果だ。
全員が全員猗窩座殿のように素直ならもっと生き易いのになぁと思っていると、ぐいっと猗窩座殿の両手が俺の頬を包み込む。
「あか…」
「俺がここにいるのに他のことを考えるとはずいぶん余裕だなぁ」
ニヤリと笑いながら距離を詰めてきて、チュッと口づけられる。
「んっ…」
何で分かっちゃうのかなぁ?ほんの少し考えただけなのに。
「お前が俺以外のことを考えるときは、少しだけ遠い目をするからな」
「えっ?」
気が付けばぎゅうううっと抱きしめながら見上げてくる猗窩座殿。キラキラとした輝きを称える瞳はまるで金緑石のようだ。
「そうなんだぁ。ふふ、俺よりも俺のことを知っているね猗窩座殿♪」
「当たり前だ…。他ならぬ誰よりも大事にしたいお前のことだからな」
そんな風に熱っぽい色を持った向日葵に捉えられる。あ、これ…。
「っと、流石に今からは不味いか」
猗窩座殿が不意に壁にかかっている時計を見上げたので俺もつられて振り返る。短針は4を、長針は6を回ったところだ。
「…このままお前を堪能したいが、流石に今からだと飯を食いっぱぐれるしなぁ」
猗窩座殿が言わんとしていることが分かって俺は思わずくすりと笑う。なんだ?と首を傾げる猗窩座殿の手を引っ張って俺はキッチンへ向かい、そのまま大型冷蔵庫の扉を開けた。
「っ! これ…」
「うん、いっぱい作ってみた」
中には先ほど下ごしらえをして入れた材料のタッパーがぎっしりと詰め込まれている。猗窩座殿の大好物を何種類も作れるようにしておいた。一緒に食べようと思って買ってきたお祝いようのイチゴのプリンパフェも右上にちょこんと鎮座している。
猗窩座殿は驚いたように冷蔵庫から俺へと視線を移してくる。なんだか気恥ずかしくて思わずそっぽを向いて呟くようにこう言った。
「二人だけの時間が…欲しくて…」
本当に二人の時間が欲しかったらケータリングにした方が効率的だ。美味しいし栄養だって考えられている。でも俺は俺の手で作った料理で猗窩座殿の就職を祝いたかった。だから出来る限り手間をかけないように下準備をしたんだ。
猗窩座殿が好きだから、喜ぶ顔が見たいから。
「…なんだ、それ…」
猗窩座殿がぽつりと呟いた声を聞いて俺は思わず横に立つ彼を振り向いた。
何か落胆させちゃったかなと思ったら、猗窩座殿は顔を真っ赤にしながら嬉しいのかそれとも気恥ずかしいのかどちらとも取れる表情をしていた。
「お前これ以上俺を惚れさせてどうするつもりだ…!」
そう言いながら再びタックルをかますようにして飛びついてきた猗窩座殿を今度は受け止めきれず思わずよろめいてしまうが何とか踏みとどまった。
そんな俺の身体は猗窩座殿によってがっちりとホールドされ、そのままきつく抱きしめられた。
「…もう離してなんかやれないぞ?」
肩口に頭を預けて耳元で囁かれる声に思わずぞくりと背中が震える。
「うん…、離してくれなくてもいい」
そう言って俺も猗窩座殿の背中にそっと手を回す。
温かくてがっしりとした身体。
鼻腔をくすぐる彼の匂い。
食欲よりもまずはガッツリあなたで満たされたいなぁなんて思っていた俺だけど、同時に鳴り響いたお腹の虫たちによりその願いは一蹴された。
そんなシンクロにまた二人で笑い合って、結局少し早い夕飯を摂ることにした。
うまっ!と声を上げて幸せそうに笑う猗窩座殿を見て、改めて頑張って作ってよかったなぁと思うと同時、いつもよりも美味しいなぁなんて俺も自画自賛しながら、結局そぼろ餡掛けにしたかぼちゃに箸を伸ばしていった。
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